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「夢じゃねえんだよな」

 雅久が、長ベンチの背もたれに寄りかかり、空を見上げながらぽつりと言った。


 昼休みを迎えると、湊輔は雅久に屋上へと誘われた。

 きっと、異空間(あそこ)の話をしている最中、他のクラスメートに話しかけられたくなかったからだろう。


 昼時の外はそこそこ暖かい。

 雲のまったくない快晴だからか、日差しがやけに強く感じる。


「剣持って、屍人型(アンデッド)骨人型(スケルトン)、えっと、牛頭型(バイコーン)? あと、至極の山羊(バフォメット)……? と戦った」

 湊輔はひざ上の弁当箱に目を落としたまま、記憶の断片をつまんでつぶやいた。


「だよなあ。やっぱそーなんだよなあ」

 雅久は右腕を掲げた。

 なにかをつかんでいるように拳を丸めて。

 それから顔を真正面に向けるなり、右腕を振り下ろして視線の高さで止めた。


「……体、大丈夫なのかよ?」


「おう。こっち戻ってきたらなんともなくなってたからな」


 湊輔は「そっか」と答えたかったものの、すでに弁当の品を頬張っており、頷くことで返事をした。


 お互い無言になってまもなく、塔屋の扉が開いた。


「お……泉さん、だよな?」

 雅久が湊輔に流し目を向けた。


 重厚な扉をゆっくりと開けて出てきたのは、ついさっき異空間で一緒に戦った有紗だ。

 扉を静かに閉めると、まっすぐ二人の下に歩み寄ってきた。


「今、いいかしら?」


「おう、いいぜ」

 雅久が即答した。


 有紗は視線を湊輔に移す。

「さっきは……その、ありがとう」


「え……あ、えぇっと……」

 湊輔は目を泳がせ、

「ごめん、なんだっけ……?」

 とひどくぎこちない笑みを浮かべてみせた。


 有紗は丸くした切れ長の目をまばたかせた。

「憶えてないの……?」

 か細く、愕然と引きつった声。


「ご、ごめん……」

 湊輔は謝りながら俯いた。


「あー、あのさ」

 雅久が口を挟んだ。

「泉さんって昼飯弁当?」


「えぇ、そうね」


「なんか長くなりそうだし、よかったら一緒にどうよ?」


 有紗は一瞬目を伏せてから、

「ちょっと待ってて」

 と言って(きびす)を返した。


 やがて有紗が塔屋の中に入っていくと、雅久が小突いてきた。

「おい湊輔、なんだっけ? じゃねえだろ? せっかくお礼言ってくれたってのによ」


「そう言われてもな……」

 湊輔はため息をついた。

 いやだって、まさか話しかけられるとか思わなかったから。

 声かけられた途端、頭の中真っ白になったし……。


「そんなんでいいのかよ」


 雅久の言葉はあまりに鋭く、湊輔は「うぅ」と顔をしかめた。


 それからまもなく、有紗が戻ってきた。


「あ、そうだ」

 雅久は立ち上がるなり、背後にあるフェンスに沿って離れていく。

 その先には、もう一つの長ベンチが。

 有紗のために持ってくる気だろう。


「お待たせ」


「あ、う、うん」


 雅久の背中を眺めているうちに、有紗がやってきて、湊輔はぎこちなく頷いた。


 ガラガラという音が聞こえてそちらを見れば、雅久がベンチを引きずっている。


「お、おい、引きずるなよ……」


 湊輔は立ち上がり、雅久に駆け寄った。

 正直なところ、有紗との間が持たないから。


 有紗は向かい合うように置かれた、二つ目のベンチに腰かけた。


「それで、さっきの話だけどよ」

 有紗が小ぶりな弁当箱の品を口に運んだところで、雅久が切り出した。


 有紗は口の中のものを飲み込み、持っていた弁当と箸を脇に置いた。

「さっき、あの異空間っていうところで、助けてもらったから――」雅久に向けていた視線を右に移す。

「遠山くんに」


 湊輔はようやく頭が冷えてきて、思い出した。

「あ、ああ……牛頭型(バイコーン)に追いかけられたとき、だよね?」

 自信なさげに尻すぼみする声。


 有紗は俯き、

「そう」

 とか細い声音で答えた。


「え、あの」

 湊輔は気づいた。

 かすかに震えた、有紗の声と、ひざに置かれた手に。

「どうしたの?」


 有紗の体がぴたりと制止した。

 まもなく右手の甲で口元を押さえたかと思えば、すぐに下ろし、凛然(りんぜん)とした眼差しを湊輔に向けた。

「ごめんなさい。なんでもないわ」


「そ、そっか」

 湊輔は半ば()に落ちないものを感じつつ、しかしこれ以上踏み込むのも気が引けて口をつぐんだ。

「いったッ」


 肩を思い切り叩いてきた雅久を見てみれば、妙に険しい面持ちをしていた。


「あんときマジでびびったんだぜ? 湊輔、死ぬんじゃねえかって」


 湊輔はひざに向かって俯いた。

 死ぬんじゃないか、というより、実際死んでいた――気がする。


 あのとき、確かに見た。

 重大な凶刃に斬り裂かれる光景を。

 その直前には、もはやそんなことがあったのかすら判然としない記憶を。


 上目遣いに視線を前に、横にと移してみる。

 有紗も雅久も気難しい、というより、憂いを覚える表情をしていた。


 どう答えようかと考えながら口を開きかけたとき、また塔屋の扉が開いた。

 有紗のように丁寧な感じではなく、勢いよく開け放たれ、ギイィッと重々しくうなった。


「おぉー、いたいたぁ」

 朗々と弾んだ声音。

 巧聖だ。

「いやぁよかった、有紗も一緒で」


「荒井先輩うッス。あ、体大丈夫ッスか……?」


 心配そうな雅久をよそに、巧聖は「ははっ」とおどけるように笑った。

「うん、全然大丈夫。まさかあんなバカでかい手にビンタされるなんてね。つーか、ここに戻ってくれば傷とか痛みとかなくなるのよ。どういう理屈かは知らないけど」


「そーなんスよね。俺もぶっ飛ばされた割にどこも痛くないんスよ。で、俺らになんか用ッスか?」


 巧聖は有紗に

「あ、隣いい?」

 と()き、頷くのを見ると腰かけた。

「リレイトって使ってる?」


 ここ数年で世間的に普及したコミュニケーションアプリ『リレイト』。

 湊輔も当然のように使っている。


 三人はスマートフォンを取り出した。


「えっとねぇ、あの異空間で戦ってる人たちのグループがあるのよね。まあ、三人を誘いに来たってわけ。あ、これほぼ強制だから。なんせ、俺たち命かけて戦ってるわけだし、情報交換はしとかないとね」

 巧聖は三人とIDの相互登録を済ませ、グループへの招待をした。


 湊輔はなにを気にするでもなくグループに参加する。

 メンバーの一覧を見ると、今参加した三人を除いて十人の、おそらく先輩であろう名前が連なっていた。

 アイコンの中に、赤茶色や桜色に染まった髪をした人物の自撮り写真がある。

 なんか不良っぽい人いるんだけど……と思わず眉をひそめた。

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