その9
なにせ身長の高さはウィークポイントだと思って生きてきたので、理想とまで言われると少し嬉しくなってしまう。
子役は年齢が高くて背が低い方が、さらに下の年齢を演じられて有利なのである。
僕の背は小学校高学年の頃に急激に伸びた。そのことでなし崩し的に子役を辞めることになったので、この上背にはやや苦い思いがある。
まあ、背の件がなくても潮時だっただろうけれど。
さて、八重垣先輩にとって僕は理想のパパということらしいけれど、それもまあ、なんだか奇妙ではあるけれど、悪い気はしない。
僕も父親という存在には強い憧れがあるから、その理想なんて言われると、悪い気はしない。
悪い気はしないので、もうちょっと話を聞くことにした。
「……僕がパパになれば八重垣先輩が娘になるというのがメリットですか?」
「それもメリットの一つではありますが、もっと大きなメリットもあります」
「大きなメリット?」
「この学校に貴方が入学してそれなりに時間が経ちましたけれど、貴方、こう思っているでしょう? 『ヤバい! ちょっと勉強付いていけてないかも!』って」
「うぐっ」
八重垣先輩の言っていることが正鵠を射すぎていて、思わず呻き声を漏らす。
そう、僕がこの学校に入学して早いものでもう三か月が経過したのだけれど、びっくりするくらい早い段階で、僕はもう落ちこぼれまっしぐらの危機にあった。
理由は簡単で、そもそも自分の身の丈に合わない学校を選んでしまったからだ。
翼美に熱心に誘われたので、彼女に教えて貰いながらなんとかギリギリ受かったものの、今では授業の速度にまるでついていけない現状にある。
「よくある勘違いですけれど、受験勉強を頑張れば後は自由……ではないのですよね。より良い学校に入学させる為にご両親等はそう言いますけれど、実際は受験勉強が終わってからが本番で、頑張れば頑張った分だけ自分の実力以上の学校に3年通うことになって、結果、追いつくために自由はどんどん減るわけです」
「いや、まあ、はい、その通りですよね……」
受験番号を見つけた時には喜び勇んで飛び跳ねたものだったけれど、今はちょっと後悔している僕なので、八重垣先輩の言葉はよく分かる。
自由というのは、義務を果たして初めて得られるものなのだなぁ。
「そもそも子役というのは学業を犠牲にして成り立っているところがありますから、貴方はスタートダッシュが遅れていたという理由もあるかもしれませんが」
「あー、それは関係ないです。それくらいの遅れは簡単に取り返す人の方が多いですし、僕がただ馬鹿なだけです」
自分の馬鹿を子役全体のものにしては申し訳ない。
咄嗟に否定する僕に、やはり八重垣先輩は微笑みを持って応える。
「言い訳はしないというのは大変宜しい! さて、そんな偉い貴方に朗報です! 私立妻籠実高校きっての秀才がお勉強を教えてあげましょう」
「それってもしや……」
「そう、私です!」
「ふ、普通に魅力的!」
八重垣先輩のその提案はお金よりもずっとありがたいもので、僕は思わず飛びつきたくなる自分を抑える。
今更人に教わったところで何とかなる問題なのかと思う人もいるだろうけれど、個人的には勉強というのは本を読む以上に、頭の良い人に習うのが一番だと思っている。
結局、頭が良いというのは要領が良く、そしてコツを掴んでいるということなので、僕のようなものが一人で頑張るよりも、八重垣先輩に教わる方が圧倒的に効率的なのは確かなのだ。
しかも今は1年の初めという時期、ここで教わればこれからの3年間がグッと楽になることは想像に難くない。
ううっ、ほ、欲しい! 最強の家庭教師が!
でも、これって娘になりたいという話なんだから、娘に教わることになるのでは!?
「僕がパパになったとして、八重垣先輩はパパに教えることに拒否感はないのですか?」
「あらあら、パパ知識が足りていませんね。これは要勉強ですよ」
「パパ知識まで教わることになるんですか……」
「いいですか? 世の中のお父さんお母さんはですね──高校の勉強なんてもう全て忘れてしまっているんです!!!! ですから私の方がパパより頭が良いというのは当たり前なんですよ!!!!!!!!!」
「な、なるほどー!」
い、言われてみれば確かにー!