その8
「貴方、子役だったんですね! 芸名は佐野命。演技派で知られていて、バラエティにもそれなりに登場するなどかなり有名だった。みこと君と言えば今の二十代以上の人は大体分かるそうですね。私の母も知っていましたよ」
「うっ……」
見事に黒歴史が暴かれてしまって、思わず僕はうめき声を洩らす。
そしてその佐野命という名前……それを聞くだけで胃が痛くなる自分がいた。
引退してから今日まで、背も伸びて声も低くなって、男の子からすっかり男になった僕の姿と『みこと君』を結び付けられる人は全くいなかったと言うのに。
それがまさか、嘘発見器という能力を介してばれてしまうなんて!
「いや、あの、有名と言っても一時期ですから、今はもう忘れられた人です。『あの人は今』とかに出られるレベルの」
「いえいえ、謙遜なさらずに! 実際に貴方の出演する『フェイクファミリー』見させてもらいましたよ」
弾む声で話す八重垣先輩とは反対に、僕の気持ちはどんどん落ち込んでいった。
今の僕はただの学生で間違いない。
なんの仕事もしてないし、本当に日々を漫然と過ごしているだけ。
けれど、昔は違った。
昔は人に見られるのが仕事で、演じるのが生業だった。
それを思い出すだけで……嗚呼、恥ずかしい!
あの頃の僕、すっごい調子に乗ってたんだよなぁ!!!!!!!!!
本当、見ていられないほどに!
生意気過ぎて反吐が出るほど人を見下していた。
自分が誰よりも大人だとでも思っていたのだろうが……なんのことはない、ただのガキだったというのに。
『フェイクファミリー』は僕をそんなスター気分に押し上げた罪深い作品だ。
これが大ヒットしてしまったが故に、僕も調子に乗る羽目に──
いや、これは酷い言い訳だな。
作品に罪はない……『フェイクファミリー』は名作だ。
掛け値なしに。
「素晴らしい作品でしたね。偽物の父、偽物の母、偽物の子供、そんな偽物の家族が日々を過ごすホームドラマ。笑いと涙のバランスがハイレベルで取れていたと思います!」
「まあ、葦引雫先生の原作がまず面白いですからね」
「あのドラマで一番目立っていたのが、貴方でした。演技力がずば抜けていた……純粋なのにどこか不安定で心に傷を負ったそんな複雑なキャラを完璧に演じていました。最終回の泣き演技もすごかったですね。あれ、どうやればあんなに上手く泣けるんですか?」
「ええっと、泣く為のキーワードを作って置いて……いや、そうじゃなくて! 僕の過去とパパになって欲しいというお願いのつながりが見えないんですけれど?」
これでは只々恥ずかしい過去が暴露されただけである。
もうあの頃とは決別して生きていたいと思って、過去は墓に埋めたつもりだったのに、土の中から這い上がって来て貰っても困る。
思い出ゾンビ、駄目、絶対。
「貴方は良いパパになれるということです。別に演じなくても、勝手になってしまうでしょう。貴方の演技は人生です」
八重垣先輩はそういうと、またにっこり笑う。
その言葉の真意は何となく分かった。
演技にも二種類ある。
理詰めでやるタイプと、本能でやるタイプ。
僕は後者だった。
憑依型と言われるのだけど、完全に役に入りきるとキャラがまるで幽霊のように自分に降りてくるのだ。
まあ、幼いころの話なので今は違うのだけれど……でも、今でも勝手に演じていることは多い。
もう無意識のものになってしまって、だから、父親役も自然にできるだろうと八重垣先輩は言っているのだろうけれど……それとこれとでは話がまるで違う!
「父親なんて演じたことありませんから!」
「いいえ、貴方ならできます! 貴方は子役時代の経験から高校生ながらパパのように人生経験があり、その時の失敗からパパのように温かみがあり、パパのように大きな体を持って、パパのように嘘を付ける……私の理想すぎます!」
八重垣先輩は興奮したように腕をブンブンと振り回す。
パパにかける情熱と熱量がすごすぎて、思わず後退りしてしまう。
パパのように嘘をつけるとは!?
けれども、同時にやや照れしまう自分もいた。