その6
「ぱ、パパパパ?」
「パパパパパーン!」
意味が分からずパの音を繰り返す僕に、八重垣先輩はおめでとうございますと言わんばかりにラッパの音のようなものを口にする。
そう、笑顔のままで。
その姿はまるで子供のようだった。
急に別人になったかのようなその無邪気な変貌に僕は二重人格すら疑ったけれど、どうにもそういうことではないらしく、八重垣先輩はニコニコと話を続ける。
「見ての通り私は可愛いんです! 美貌には自信があります! それ相応の努力もしていますが、だからこそ20年やそこらで崩れるものだとも思いません! そんな可愛い娘を得られるなんて、男性の夢ではありませんか?」
「ちょ、ちょっと待ってください。パパって、えっと、その、男女間においてはいかがわしい関係においてもパパという表現を使いますが、それですか?」
「そんなわけないでしょう! 怒りますよ⁉ 私は、貴方と、父と娘の関係になろうと言っているんです! 親子です親子!」
我ながら失礼なことを言ってしまったけれど、それくらい今の僕は混乱していた。
ぱ、パパになって欲しい?
なにその強すぎる言葉は。
プロポーズの言葉としてはギリギリ成立している気もするけれど、それでも色々おかしいだろう。
「こ、告白されるかもしれないと思ってきたのですが」
「はい! 告白ですよ! 好きですと伝えるのも、パパになってくださいと伝えるのも、どちらも告白ですよね?」
「そ、そうですかねぇ」
心の中を打ち明けるという意味では、告白と言っても問題はないのだろうけれど、あまりにも意味合いが違い過ぎて頭がくらくらしてくる。
当初推理した通りラブレターではなかったわけだけど……まさかその斜め上が来るとは。
「パパが欲しいんです。甘えられる存在であり、同時に叱ってくれる存在でもあり、時に頼りがいがあり、時に抜けていて、かっこよくて可愛くてたくましいパパが欲しいんです。そんな気持ち、分かりませんか?」
「…………すいません、分かりません」
「ええ、そういう反応になることは予測してました。ですので、今からご説明いたしましょう」
八重垣先輩はカバンを手に持つと、中からホッチキスで止められた謎の冊子を取り出し、僕に渡してくれる。
そこには『八重垣穂美香を娘にするとこんなに得がある~穂美香の十の秘密~』と書かれていた。
企業パンフレット感あるけど、いかがわしさがすごいな。
「まずは何故この話をパパに持ち掛けたのかという話ですが」
「既にパパという呼び名になっている!?」
「貴方、理想のパパなんですよね。包容力がありますし、優しいですし、家事もできますし、時々ユニークで、上背もありますし、何と言っても手が大きいですしね」
「いや、あの、背はまあまあ高いですが、後輩ですよ自分は?」
「関係ありません」
「えぇ……」
年上の娘なんて聞いたことがないのだけど、八重垣先輩からしてみれば何も問題にはならないらしい。
本当にパパが欲しいというより、パパという概念を欲しているのか……。