その4
ひめ川公園は坂道に沿うように、ひっそりと、隠れるように設置された穴場的公園だ。
周囲には家々が立ち並ぶものの、あまりここで子供が遊んでいるところは見ない。
もっと広い公園が近くにあるので、そちらが選ばれがちなのだろう。
そんなわけでひめ川公園を坂道の上から覗いてみると……確かに八重垣先輩はそこにいた。
ジャングルジムの上に腰かけて、仰ぐように空を見つめている八重垣先輩の姿は非常に様になっていて、まるで一枚の絵のようだったけれど、冷静に考えてみれば、ジャングルジムに一人で登ってぼんやりしている女子高生は色々おかしい。
そもそも、八重垣先輩ってそんなキャラだったっけ?
「八重垣先輩ってあんなに無邪気だったか?」
「ううん、明らかにいつもと違うよ。浮かれてるのかもしれないね」
「もしくは見られていることも意識してポーズを取っているかだな」
「それはありそう」
もうこちらの行動は全て読まれている思って動いた方が良いだろう。
つまりこうやって高所から様子見していることも、八重垣先輩の想定の範囲内なわけで……やっぱり怖いなこの人。
「じゃあ、行ってらっしゃい、八雲ちゃん。私は八雲ちゃんが穂美香様と接触したのを見届けたら帰るから」
「畜生! 自分に求められている動きを完璧にこなそうとしやがって!」
穂美香様信者な翼美は己の役目を全うする気満々だった。
友情ってものはないのかよ!
「今日は推しVtuberの大型コラボもあるからねぇ。急いで帰らないと」
「まさかそこまで想定して翼美が帰宅する流れを作ってるんじゃないだろうな」
「あるかもねぇ」
翼美はもう何もかもを受け入れる姿勢を見せているが、僕はまだ心臓が破裂しそうなほどにドンドコドンドコしていて、落ち着ける気配がない。
むしろ翼美は自分の尊敬する先輩が僕に告ろうと?しているのによく冷静でいられるものだ。
「翼美は八重垣先輩が僕に告る分には平気なのか?」
「私の推しスタンスは推しが幸せならそれでいいだからね」
当たり前のようにそう言うけれど、なかなか辿り着けない境地に僕は驚く。
「出来たファンだな……」
「まあ、そう思わない人も多いだろうから、八雲ちゃん、今日のことはなるべく人に話さないようにしようね」
「言っても信用されない気もするがな」
「あはははっ! それもそうだね!」
とてもじゃないが僕が八重垣先輩から手紙を貰うなんて、現実の話とは思えない……というか僕もまだ現実かどうか疑っている。
そのレベルなので、まあ、言ってもあまり問題はないのかもしれない。
けれど、万が一もあるので、やはり話さない方が良いだろうな。
いつまでも上から公園を見下ろしているわけにもいかないので、僕はようやく重い腰を上げ、度胸を振り絞る。
「よし、じゃあ行ってくる。また明日な」
「うい~、行ってら~」
軽い調子で送り出された僕は坂の途中にある階段を下りて公園に向かう。
緊張しつつも、なるべくそれが表情に出ないように意識しつつ、一歩一歩踏みしめていく。
すると、途中で八重垣先輩が僕の方に振り返った。
その表情は……いつも通りの美しい無表情だ。
「翼美さんはまだいますか?」
「いや、もう帰ったと思います。僕と先輩の接触を見届けたら去ると言っていましたから」
「今日はライオットライブ全員が参加するコラボ生放送があるから、それを見に行ったのでしょうね」
「やはりそこまで想定済みですか……」
ライオットライブ、略してライライは翼美の推しVtuber『秋山ゆらむ』の所属する事務所である。
翼美の一押しはそのゆらむちゃんであるものの、基本は箱推し……つまり全員が好きなのでその全体コラボとなっては見逃す手はない。
だからこそ、この場に長居せず早々に帰宅するだろうと予想できたわけだ。
これにより僕を連行させた上に、自主的に帰宅させるという指示を命令なしでこなすことに成功しているわけで……八重垣先輩、あまりにも読みが鋭すぎる。
そんな人と今から対面で話すと思うと、心臓が縮こまる思いだった。
「来てくれて本当に嬉しいです」