その3
未来予知のような内容の手紙にビビって、もう全てを投げ出したくなる僕だが、一度は決めた覚悟を簡単に翻すわけにもいかず歯を食いしばり読み進める。
こんなものが送られてきた後の授業に集中なんて……できるわけないだろ!
普通に怒られたわ!
『恐らく横には翼美さんがいるのでしょう。この手紙の内容に関しては基本的に秘密にして欲しいのですが、翼美さんに限っては内容を話すことを許可します』
「いやどっかで見てる!?」
横に翼美がいることまで把握されているのはもう只々ホラーだった。
思わず周囲を見渡すが、当然、目の前に座る翼美以外の気配はない。
嘘発見器だけじゃなく、未来予知まで習得しているのか?
「さっきから反応がオーバーすぎるんだけど、八雲ちゃん、大丈夫?」
心配してくれる翼美だが、その目は少し笑っていて、この状況を楽しんでいることが窺えた。
「正直、何も大丈夫じゃないが、一つ言えることがある……これは八重垣先輩の手紙だ」
「じゃあすっごい特徴的なんだね」
「特徴的っていうか、特異的というか」
こんな超能力染みてぶっ飛んだ手紙を書けるのは八重垣先輩以外ありえない。
逆にこんないたずらの手紙を書けたら、八重垣先輩クラスの人間がこの学校に二人いることになるのだけど、そんな地球が二個並んで存在するみたいな奇跡が起こるはずがなかった。
『私のような者から急に手紙を貰って驚いているでしょうが、安心してください。怪しい手紙ではありません。宗教に勧誘することも、絵を売りつけることも、無理やりチケットや布団を買わせることもありません』
ここまで必死に怪しくないアピールをされると逆に何かあるんじゃないかと不安になるな……。
『むしろ上手くいけば貴方は大金を手にするでしょう』
「一気に怪しくなった!」
もう胡散臭さしかない広告みたいなことを急に言い出したな!
この前までの怪しくないアピールが台無しだよ!?
『ひめ川公園で待っています。翼美さんがいるので嫌でも来させられるとは思いますが、念のため言っておきますと、来るまで待ちます。ずっと』
「怖えよー!」
最後の方はもう完全に脅しを目的とした文章だった。
こちらの良心を揺さぶってくるどころか、直接良心をぶん殴っている!
しかも自分のファンである翼美を利用して確実にこちらに来させようとしているのだから、そこはさすがの頭の良さだった。
ここまでされると、まるで逃げられる気がしない。
「なになに? 恐怖の手紙だったの?」
「ある意味、全文恐怖だったよ。翼美、読んでいいらしいから読んでみてくれ」
「えっ、本当? じゃあ、遠慮なく」
渡された手紙を恭しく両手で、そして低い姿勢で受け取る翼美。
穂美香様のものと思えば自然とそうなるらしい。
そしてその中身を読んでいくと──その表情はにこやかなものに変化していった。
こいつ……やっぱり楽しんでやがる!
他人事だと思って!
「いやぁ、穂美香様も乙女ですなぁ」
手紙を読んだ翼美の感想は僕の予想しないものだった。
乙女と?
「その手紙のどの辺に乙女要素があるんだ!?」
「こっちの気を引く気満々だよこれ。きっとすっごい時間を掛けて書いてると思うな」
「ああ、確かに時間はかかりそうか」
気を引く気かどうかは分からないけれど、確かに思いついてその日に書ける類のものではない。
こちらの行動を完全に読み切らないと書けない文章なのだから、つまり、行動を把握する時間も必要だったはず。
それはいくら天才八重垣穂美香といえども簡単な作業ではなかったはずだ。
八重垣先輩はそれくらいこの手紙に情熱を注いで来ている……いや、さらに怖い!
「それで、行くの? 行かないの? 吉野?」
「吉野って言ったらお前が一緒にいてくれるのか?」
「それは穂美香様に申し訳ないからできないけど、公園の入り口までは連れてってあげよう!」
吉野とはあまり呼ばれない翼美はにやにやした笑みを顔に浮かべつつ、同行を願い出る。
正直ビビりな僕なのでありがたいけれど、気恥ずかしさの方もかなり大きい。
「いや、やっぱりなんか恥ずかしいからやめて欲しいんだが」
「手紙の内容的に、穂美香様は私に八雲ちゃんを連行することを期待してるみたいだし、無理やりでも付いていくよ」
「しまった! そこまで考えて翼美にも読んで良いって書いてたのか⁉」
「上手いよねぇ。さすが穂美香様」
どうやら僕など八重垣先輩からしてみれば、手のひらで転がる玉も同じらしい。
翼美に読ませたくなることまで考えて、ちょっと不思議な、そして人に話したくなるような手紙を書いたのかもしれないと思うと、もはや何もかも八重垣先輩の策略にすら思えてくる程だ。
どうやら、もう僕に抵抗する術はないようだし、行くしかないか……ひめ川公園に。
「がしぃっと服を掴みまして、さあ行こう、今行こう、ひめ川公園へ!」
「はぁ……気が重い」
「これから穂美香様に告られるのに、そんな態度じゃ駄目だよ。八雲ちゃん」
「本当にこれがラブレターか怪しくなってきたけどな」
何もかも不審に思いながらも、僕は翼美に服の裾を掴まれたまま、グイグイと引っ張られて教室を出ていく。
ひめ川公園は学校から歩いて5分ほどの場所にある。
きっと僕らが到着する時刻も八重垣先輩からすればお見通しなんだろうな……。