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その12


「ふーん……まあいいけどね! 教えてあげよう! 穂美香様も隠しているようなことじゃないし」


 何かを察したのか、それとも何も察しないようにしたのか、どちらかは分からないけれど、翼美はそれ以上の詮索を止めた。

 ありがたい限りだけれど、しかし『隠しているようなことじゃないし』と言うのは、普通は隠しますけれどね?みたいな意味合いが感じられる。


「やっぱり何かあるのか? お父さんが広島にタバコを買いに行っているとか……」

「そんな古い死の表現使う人は初めて見たよ! いやいや、別に死んではいないよ。ご存命ご存命」


 てっきりあの強烈な父親への感情にはそれくらいの背景があると思ったけれど、どうやらそれは勘違いだったようだ。

 まあ、人の性癖を全て過去の喪失から来るものだと考えるそのものがことがそもそも、あまり褒められたものではないが。


「でも離婚はしているみたい。今はお母さんと2人暮らしだそうだよ」

「……なるほど」

「珍しい話じゃないけれどね」


 そう、確かに珍しい話ではない。

 むしろ極々あり触れた話であり、もはやそれを問題と思う人も少ないくらいだろう。

 そのことが現在の八重垣先輩のパパ好きの一因となっている……と考えるのもやや違う気がする。

 ただ、親近感は湧いた。


 何故なら、僕もまた父がいないからである。

 とはいっても離婚ではなく、死亡なのだけれど。

 もしかすると、僕が子役をしていたのは家に人がいないからと言うのも理由の一つだったのかもしれない。

 もっと大きな理由は母にあるのだけれど……まあ、今は置いておこう。


「ありがとう翼美、お礼にオススメされてた漫画買ってみるよ」

「マジィ!? いやいやいやいや、買わなくていいよ! 今度持っていくからさ! ついでに店舗特典の四コマペーパーも持っていくし! 任せてよ!」


 オタクの心に火をつけてしまい、後日大変なことになりそうだった。

 とはいえ、明日明後日の土日には忙しいので相手をしてやれないけれど。

 月曜日までに八重垣先輩に返答しないといけないのだから、休んでいる暇はなかった。

 いや、今日からだ。今日からやらなくてはならない。

 僕はスマホをポケットに直すと、進路を図書館へと切り替えた。





 私、八重垣穂美香は我ながら無感情な方の人間だと言わざるを得ません。

 それは何故かと言えば、先を見通すのが得意だからという答えになるでしょう。

 感動とは未体験・新発見・脱既存が大事ですので、予想の範囲内の答えではなかなか震えないものなのです。

 とはいえ、予想の範囲内で最高の答えを出すことが最高の感動を生むこともまた事実なのですが……そういうのは中々お目にかかれるものでもありませんからね。


 そんな私が考えるに今回の『パパになってください大作戦』はかなり微妙な手ごたえでした。

 最初から無茶苦茶なお願いですし、勢いに任せで押し切ってもなお、ワンチャンスあるかどうか程度のつもりでやっていたのですが……残念ながら八雲くんは大人過ぎました。

 落ち着いて家に帰って考えたら、パパになろうなんてなかなか思うものではないでしょう。

 可能性があるとすればエロ目的のみなのですが、彼は下心でパパになろうとする人でもありませんし、うーん、希望が見えません。


 そんな誠実で大人な彼だからこそパパになって欲しいとはいえ、その誠実さ故にパパになって貰えない確率が高い。

 これは苦しい二律背反です。

 そうなのですよね。私の理想のパパは軽々しくパパになったりしないのです。

 そもそも積極的にパパになろうとする人は明らかな変態なのでお断りですから。


 ……偽の父を欲している変態の癖に、我ながらなかなか要求が高いですね?

 私も同じ変態相手がお似合いだろとは思うのですが、しかし、欲求とは誤魔化しの通じない感情なので仕方がないのです。

 そして私は諦めの悪い変態でもあるので、断られたら土下座でも何でもしてパパになって貰う気も満々でした。

 本当は金で済めば手っ取り早いのですが、彼は子役上がりなので金はもう十分に持ってそうなのですよねぇ。


 そんなことを土日にモヤモヤと考えながらやって来た月曜日、少し緊張して学校に登校したのですが……様子を窺ってみたところ、どうやら本日、八雲くんは学校に来ていないようでした。

 ここに来てのお休みは精神的なダメージが大きいです。

 明らかに私が原因ですからね!


 うーん、そこまで悩ませてしまったとしたら非常に申し訳ない限りなのですが、これは予想外です。

 土日にモヤモヤした感情が、更に先延ばしになってしまいました。

 勿論、その気になれば八雲くんの電話番号なんて秒で分かりますし、電話してみるのが一番だとは思うのですが、流石にそこまですると嫌がられる気もします。

 

 大人しく明日を待つしかありませんか。

 それともお見舞いと称して家に行ってみるとか……などと考えていたら、自然と私の足は先日の人気のない公園へ向かっていました。

 何となくそのオレンジ色に染まった公園を見ているとセンチな気分にさせられます。

 別にこの公園で遊んだ記憶なんてないというのに。


 ここで待っていた時はドキドキしたのですが、やはりいきなりパパになれなんて、無茶でしたかね。 

 どうしてこんなことしちゃったかなぁーなんて、少々の後悔を覚えつつ、若さゆえの過ちを悔やんでいると──彼は現れました。

 いや、最初からずっといたのかもしれません。

 夕暮れの中、私の目の前にやって来たのは八雲くんでした。

 

 ただ、一瞬私は彼を八雲辰くんだとは認識できず、思わず見惚れてしまいます。

 な、なんだか雰囲気が違うような……。

 元々背の高い八雲くんがいつもより大きく見えて、いつもよりかっこよく見えます。

 そして彼はこちらに手を伸ばしながら、こう言いました。


「穂美香、遅かったな」


 その優しくも逞しい声を聞いた瞬間、私は震えてしまいました。

 そこにいたのはいつもの八雲辰くんではなく……私の理想のパパだったのです!

 私は思わず顔を真っ赤にして心中で叫びました。

 ふぉ、ふぉわああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!

 良すぎるッ!!!!!!


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