名前
悪魔っ娘の案内のもと、村へ向かう運びとなった。
その道中、そういえば、と彼女がこちらに尋ねてくる。
「君ってさぁ、なんて名前なのー?」
「あー……」
一人は歩き、もう一人はどういう理屈か浮遊して進む。翼を使っているようには見えない。
後ろから俺の首に腕を回し、こちらを抱きしめながらの浮遊飛行。顔がだいぶ近い。
割と憧れてた、歩きながらの異性との会話。しかも相手は綺麗な女性。
でもこのドキドキはきっと、恐怖からくるもの。
「ボクはねー、ルリスって言うんだぁ」
「ルリスさん……いい名前ですね」
「えへへー」
名前、名前かぁ。
どうしよう。ルリスさんには悪いけれど、なんだか正直教えたくないぞ。
だってこの子、恐ろしい。
最初から、血だらけで出てきたり死骸を放り投げたりと滅茶苦茶をやっていたが、その上、ゴブリンの件で見せた圧倒的パワー。
怖すぎ。
正直逃げたい。
そんな訳だから本名は教えない意向。
怪しいサイトで個人情報入力しないのと同じだ。俺含め現代の子供はネットリテラシーが高いのだよ。多分。
ちなみに、村に着いたらそれとなく、いい感じに別れを告げて、全力で逃げるつもりである。もしかしたら、彼女が許してくれないかもしれないけれど。
まあそしたら当然従う。対抗手段なんてないわけだから、喜んで従ってみせる。靴を舐めてでも従ってみせる。
そんな心意気。
「メ、メル、です……」
チョイスしたのは、主にソシャゲで使ってる名前。由来はゲームのキャラ。
だいぶ馴染みのある名前だが、口に出すとなかなか恥ずかしいものがあった。
ネトゲのオフ会とかってこんな風に名乗るのかな、なんて妄想。
ネットでもコミュ障な俺には縁のない話だけど。
「へーぇ、メルちゃん……ふふふっ、可愛い」
そう言って彼女は頬にちゅっ。尻尾も絡めてきたりなんかして。
やはり彼女、スキンシップが多い。童貞には刺激が強い。好きになりそう。
でも彼女の本性を思い出し、理性も本能も全力でそれに待ったをかける。やっぱり中身は大事だ。
そんなこんなで獣道を歩くこと数十分ほど。
視界に柵が映ったかと思えば、なにやら連なる建造物が見え始めた。
「あそこですか?」
「そーだよぉ」
「あ……」
そのまま足を前へ伸ばし、思いとどまる。
だいぶ慣れて忘れてたけど、俺今裸じゃん。
まさかこのまま公衆の面前へ登場するわけにもいかない。
死体と池に入ったことはあっても、俺は変態なわけではないのだ。決して。
尻尾を絡められてゾクゾクしていたのは内緒。
「あの、このままだと入りずらいような……」
「んー、なんでぇ?」
「いやその、人前で裸は……あ」
人がうつ伏せで倒れていた。
よく見ると、何があったか頭に大きな風穴。地面に染みたドス黒い赤。
頭をよぎったのは最悪の光景。
「人はいないよぉ、ボクが殺しちゃったぁ」
「……」
「行こー? お洋服、沢山あるよぉ?」
そう言って、亡骸を気にした様子もなく進む彼女。
うーん、これは根っからの人でなし。
この人非人に連れられて村へ足を踏み入れると、当然の如く、目に入ってきたのは死体の山。そこらに転がる死体、それに群がる虫、充満した酷い臭い。
女子供など何も関係ないようで、全部まとめて死人と化している。
地獄を絵に描いたような場所だ。
呪われそう。
「あ、そうだぁ。ボクがいっぱいお洋服持って来てあげるねぇ」
吐き気を必死に引っ込めながら歩いてると、唐突に彼女がそう言ってきた。
好きなとこで待っててぇ、と言葉を残しどこかへ飛んで行ってしまう。洋服がある場所に心当たりがあるよう。
そして、地獄の中に残された俺。
なんか心細い。
だいぶイカれた女の子だが、そんな彼女がいるだけでも、だいぶ心の支えになっていたのかも知れない。いや彼女がいなければここには沢山人がいたわけだけど。
「入ってみるか」
村の中、一際大きな建物を見つけた。気になったので入ってみる。
大きな扉が印象的な建物だ。そこらに並ぶ民家と比べて、素材も上等なもののように思える。
扉を開けると、当たり前のように転がる死体。それを一旦無視すれば、特徴的なのはずらっと並んだ椅子と、向かって正面の壁にある大きなステンドグラス。
「教会だ」
見るからに教会。そして、ここはいわゆる礼拝堂と呼ばれる場所だろう。入ったのは初めてだ。
当たり前かも知れないが、ゲームなどで見かけるデザインと同じような感じでちょっと感動した。血に染まってなければ完璧なのに。
(良かったわ、教会に入ってくれて)
突然、どこからか声が響いた。
キョロキョロと辺りを見渡せば、あれ、ここはどこだろう。
声の主が見つからないだけに留まらず、いつの間にか場所が教会ではなくなっている。
白、ただ白が続くだけの空間だ。それ以外には何もないみたい。
(どーもー、神様です)
軽い調子で挨拶してきた相手は、神様ということらしい。
(今から貴方が疑問に思ってるだろうことを、ちゃちゃっと説明しちゃうわね)
そう言って唐突に現れた自称神様は一方的に語り始めた。
(まあこういう、異世界の人間をこっちの世界に転生させるっていうことは定期的に行ってるのよ。ほら、こっちの人が中々しないようなことをしてくれるから、観察する方としても面白いじゃない? それで、貴方はそれに偶然選ばれたわけね。何に転生するかも完全にランダムだから、貴方は割と……)
止まらない神様トーク。こちらに喋らせる気はないみたいだ。
喋り相手に飢えていたりするんだろうか、とか考えつつ、とりあえず所々に相槌を打って応戦。
それが気に入ったのか、ノリに乗ってきた神様は話のスピードを一段階ギアアップ。話し方からウキウキな感じが伝わってきて可愛いよ神様。
とりあえず、特にこちらに何かしてくるわけでもないらしくて一安心。
教会を、というか村を一つ壊滅させた奴と一緒にいたもんだから、天罰とか降ってしまうのではないかと実のところ内心バクバクだった。優しい神様で良かった。声も可愛いよ神様。
できれば姿も拝んでみたい。
(……なのよね。あ、そんでそんで、貴方と一緒にいる悪魔ちゃんいるじゃない?)
ちょっと流して聞いていたところ、気になる話が話題に上がった。
これはまずいかも知れない。
(あの子が貴方を気に入ってるのは、私が貴方に授けたスキルの影響なのよね。ほら、貴方究極の愛が欲しいとか何とか、死の間際に思ってたわよね?)
語られたのは予想してた内容とは違ったもの。
究極の愛が云云かんぬんはなんとなく覚えてるような、覚えてないような。
(で、究極の愛って言われたらやっぱり親の愛情でしょ? だからね、鳥とかが卵から産まれて最初に見た人を親と認識する、みたいなやつ? 『刷り込み』って言うのがあるじゃない? その逆が起こるようなスキルを、貴方に転生特典として授けたのよ。適当に『刷り込まれ』って名前にしたわ)
なるほど? ということはつまり……、
(まあつまり、あの悪魔ちゃんは貴方に対する親心が芽生えてるはずよ。良かったわね、母からの情愛という名の究極の愛を手に入れられて)
可愛らしい声で告げられたのは衝撃の事実。
違うんだ、違うんだよ神様。
欲しかったのは恋人であって、人殺しに何の抵抗もない人外悪魔の母親ではないんだ。そこんところ、間違えないで欲しかった。
(……このスキルっていうのは、やり直したりできますか?)
少し文句を言いたくなるくらいには、間違えないで欲しかったよ。




