起きたら異世界でネコ耳少女になってた
「はぁ、はぁ……!」
朝の会に間に合うか間に合わないかの瀬戸際。交差点に架かる歩道橋でのこと。
いつもは生徒でごった返すこの道も、この時間ともなるとポツポツと視界に映る程度。どうやら彼らはもう諦めているようで、全速力で走るのは俺だけだ。
確かに一時間目に間に合えば問題はないのかも知れない。知れないが、コミュ障の俺に朝の回を飛ばして授業に堂々と居座る勇気はない。ゆえの全力疾走。
「っマジか」
しかしその全力疾走は突如終わりを迎えた。
脚がもつれ、頭から真っ逆さま。前に降り階段が待ち構えていることから、これはあれだ、絶体絶命というやつ。
咄嗟に口から漏れたのはなんてことない三文字。
スローモーションの世界で、ゆっくり歩くカップルを視界に捉えた。
ラブコメ、したかった。
朝の会とか授業とか遅刻とか、そんなのどうでもいいだろ。
人生において大事なのは恋愛。それを置いて何があると言うのか。なんて語ってみる死にかけ恋愛弱者。
人生これからな年齢ではあるけれど既に十代後半。これだけ生きてきて、これまでにラブでコメなことが一回もない。いや、小学生の時に告白イベントはあったような。
しかしこれだけ。なんなら、あの時が全盛期のような気がする。
地面が眼前に迫る。
「──」
衝撃が体を襲った。黒が視界を急速に侵食していく。
あー愛されたい。愛されたいし愛したい。欲しいのは究極の愛。
溺れるほどの愛でもウェルカム。自慢じゃないが泳ぎにはそれなりに自信がある。自分、個人メドレーできます。
そんな深夜テンションな脳内も、意識とともに消えてなくなった。
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「んぅ……」
瞼に光が差し込む感覚を受けて、微睡の中、思考できるほどの意識を手にする。つまるところ、朝になったらしい。
そしていつも通りスマホに手を伸ばし……空を切る。
めげずに腕を動かすも、やはりスマホは見つからない。というより、ベッドの柵すらも捕捉できない。
小学生の頃から使っており慣れ親しんでる都合、何となく大きさは分かっているつもりだ。それなのにこの体たらく。
仕方がないので、瞼を擦り上体を起こす。本日のお目覚めポチポチタイムは中止らしい。
「どこだここ」
そして気づいた。ここ家じゃないじゃん。
視界に映る大半は緑色。草木が生い茂り、葉が陽光を遮っていて辺りは薄暗い。地面に漏れた微かな光だけが頼りだろうか。
ジャングルと言えばいいのか、とかく現地は深い森の中のようである。幸い、寝転がっていた地点から数メートルほどは拓けているよう。
だが当然周りに人がいる気配はなく一人きり。ぼっち。ぼっち陰キャである。
学校での日常も、TPO的に考えて今はかなりまずい。主に場所と場合が。
だってこちとら森々の中裸で突っ立ってるんだもの。
側から見たら原始人だが、現代を生きる怠け者な俺は普通に遭難者。しかも帰り道どころか、ここがどこなのかも全くわからん。
そもそもなんでこんなとこにいるんだよ。
「え……?」
そんなこんなで混乱の最中。またしても見落としていた、重要なことに気がついた。
もう何から手をつけていいか分からなくなっちゃう。
「俺の、俺がない……」
そんな馬鹿な。そう思いながら腿の内を弄る。
しかし、ない。
何度見ても何度触っても未使用の剣はそこにない。
いつか来る日に向けてほぼ毎日欠かさずに研ぎ澄ませていたというのに、ああ、どうしてこんなことに。
代わりとでも言うかのように、そこには小さな谷。亀裂が在る。
失くしてはいけないものを失くしてしまったこの喪失感と、しかし同じくらいの好奇心が湧き上がってくる。いや、余裕で好奇心が勝ってる。だって知り尽くした剣と違って、それは全てが未知の領域。
人間だもの、知らないことは知りたくなるよ。
「──!」
触れるか触れまいかという頃合い。
股の間から、細長い何か毛むくじゃらの黒いものが視界に映る。脚にピタッとくっついている。
これに気づいた変態野郎の手は咄嗟にそこから離脱。
まさかこんなゼロ距離に生き物がいるなんて考えていないから、体は勝手にビクッと跳ねた。それはもうアニメのように。
顔から血の気がひくような、例えるなら自室でGと対面してしまったかのような感覚に襲われる。下手には動けない。
「……」
とにかくじっと見つめること数分。相手に動きがないことを確認し、意を決して触ってみることにした。
とりあえずこれを蛇だと仮定して、一瞬だけ持ってそこらに投げてみようという作戦である。巨大毛虫だとは思いたくない。
「ふぅ……」
呼吸を整える。
テレビなどで蛇を掴むシーンは見たことがあるが、まさか生でやるとは思わなんだ。なんか誰も彼も頭を持ってるイメージがあるので、頭近くを持ってのスルーアウェイだろうか。
足下から背中に向かう進路をとる彼の頭の位置は、おそらく臀部の辺り。くっつかれてる都合、それは分かる。
やるしかないような状況。
ゆっくりと手を後ろに伸ばし、素早くそれを鷲掴んだ。
「ん"っ!?」
瞬間、身体中に迸る強烈な刺激。
それと同時に思わず漏れた嬌声。可愛らしい声が辺りに響いた。
立つことさえ難しく、掴んだそれを離してへなっと地面に倒れ込む。この身に一体何が起きてしまったのか。
横になったまま、自然と見る勇気のなかった背中に目が向かった。
捉えたのは尻から伸びる毛むくじゃら。まさか入ってしまったかなんて想像が頭をよぎるけど、どちらの穴も健在。純潔は守られているよう。
その事実を確認すると、自ずと一つの可能性にたどり着いた。
「尻尾……?」
そう尻尾だ。よく見るとどう考えても尻尾だ。こんな毛むくじゃらスタイルの蛇いないし、毛虫にしては余りにもでかい。
勇気があと一歩足りなかったのが今回の敗因らしい。
ただ、尻尾ねえ……コスプレした覚えはないんだけど。てか神経通ってるんだけど。
手慰みに尻尾をもてあそぶ。今度は優しく撫でるようにした。またさっきの刺激は勘弁である。
でもアニメなんかのケモ耳キャラでよく見る、尻尾ギュを実際に体験できてちょっと嬉しい。
体は起こして直立二足。座りたくはあったが、流石に裸でこの大自然に直座りはキツい。
「おー……」
軽く掴んでみたり撫でてみたり、動く尻尾と戯れる。
わんちゃんねこちゃんが尻尾で遊ぶ理由、分かってしまったかもしれない。だってちょっと楽しい。
これ実感したことある人、なかなかいないはずだ。人類初の快挙かもしれない。
触り始めてから数分ほど経つと、ある程度自在に操れるようになった。
「……どうしよう」
しかし突然現実を直視してしまった。
尻尾の扱いが上達したところで、この状況が変わるわけでもなく、言わば現実逃避をしていたわけなんだが、夢から覚めてしまった。
詰め込もうと思ってたテスト前夜、まあいいかと眠りについて迎えた登校時間みたいな。そんな絶望感。
とりあえず尻尾は腰に巻いて所在を落ち着かせる。なんか腹巻きみたいでいいかもしれない。
尻尾で遊ぶの楽しいけど、この状況だと無限に遊んじゃいそうで怖いが故の腹巻き化。でも尻尾遊びしたい。けどどうするか考えないと。
……ひとまず歩いてみるか。
「っ、光ってる」
すると遠巻きに見えた光る何か。
草木を分けて近づくと、水辺だと分かった。差し込んだ光を受けてキラキラと輝いている。
教室ほどの大きさのある池だ。水が澄んでて超綺麗。写真を撮ってSNSに上げたらバズりそうだ。
そんなことを考えながら、水に触れようとして──、
「えっ……!?」
目の当たりにした光景に驚いた。
尻尾に次いで頭の上から生えたケモ耳……を差し置いて一番気になったのは自身の顔。
どこにでもいそうな日本人、言うなれば誰の目にも止まらないであろうモブ顔。そんな顔面から一転、そのお顔はなんと可愛らしい美少女フェイス。
エクスカリバーを失くした時点で正直ちょっと期待してはいたが、なんだこのお人形さんみたいな顔は。可愛すぎる。
可愛すぎるんだが。
「可愛すぎるだろ……」
ルビーのように赤いクリクリのお目々。絹のように滑らかな白い肌。人形のように整った目鼻立ち。黒髪ロングから生えたふわふわケモ耳。
水面には国宝級の美少女がいた。
ぺたぺた体を触ってみたり、腕を伸ばして眺めてみたり。どこを見ても触っても国の宝。
この可愛さをもってすれば、なんかもう何をしても生きていけそうだ。
身長は分からないが、この華奢な体つきから見て相当小さいことが窺える。
よし、家に帰ったら絶対自撮りを撮ろう。それをSNSに上げよう。そんでそっち方面で生活していくんだ。周りからチヤホヤされながら、それだけで生活していくんだ。
俄然、家に帰るモチベーションが高まっていくのを感じる。
人間誰しもが持つ承認欲求。この人間の惨めな欲望が、今の状況から脱する鍵になるかもしれない。端的に言えば、俺、めちゃくちゃ醜い。
「あれっ、誰かいるー」
「っ!」
自身の新たな一面を発見した頃合い、突然、背後から声が聞こえてきた。
慌てて顔を向けると、そこにいたのは恐らく白髪の女性。髪を含め全身が赤黒く染まっている。角やら羽やら尻尾を生やしているが、これはお互い様だろうか。
そしてその右手には──、
「ゔっ、ぷ」
人の亡骸。
思わず戻してしまいそうになるも、すんでのところでこれを回避。グロは得意じゃないから勘弁して欲しい。
凄惨な死に方をされたようで、腑は溢れ、片腕は千切れ、下半身は見つからなオロロロ。
うう、ゲロった。せっかく一回耐えたのに。口ん中気持ち悪っ。
「こんなとこに珍しいねー、どこから来たの?」
こっちの惨状に目もくれず、彼女は至って普通の調子で語りかけてくる。でも右手には遺体。
なんかこっちの感覚がバグりそうで怖い。あれ、死んだ人の頭持って引き摺り回してもいいんだっけ、みたいな。
「あ、あのー、その右手のものって、ちょっと離れたところに置いてもらえたりできますかね?」
「あーこれぇ?」
相手がフレンドリーなので、こちらも同じ感じでの対応を試みる。
「はい、それです。ちょっと死体は苦手でして」
「んー、そうなの? いいよぉ、ボクもこれもう要らないし」
そう言うや否や、死体をぽーんと放り投げる。
血を撒き散らしてくるくる回りながら、俺の頭上を通過。都合、血が雨のように降りかかる。最悪。
最終的に綺麗な弧を描いたそれは、池の中へざぶん。透明な水を赤く染めながら沈んでいった。
「これでいーい?」
「あ、ありがとうございます……」
まさか文句を言えるはずもなく、感謝の言葉を投げかける。
「「……」」
そして訪れる静寂。
陰キャにはキツいぞ、女子との一対一なんて。そう考えるとさっき話せたのはファインプレー。
彼女の方はというと、なんだか考え込んでるようで、神妙な面持ちで中空を見つめていらっしゃる。
聞きたいことは沢山あれど、相手を不快にさせたなら、何をされるか分かったもんじゃない。ここは一つ、気の利いた一言だ。
「み、水あるんで、入って汚れ落としますか?」
「……あーうん、それもいいかもねぇ」
ミスった。死体でブレンドされてんの忘れてた。




