prologue2 狂気
お久しぶりです。更新詐欺3回の後の投稿です。
よろしくお願いします。
ぴょんぴょんと飛び跳ねるようにして雪山を下るセックのあとを、半ば引っ張られるような形で追従していく。斜面は下へ下っていくほど緩やかになっていき、次第にあまり急ぐ必要もなくなってきたのか彼女の走るペースが緩むタイミングがいくらか見受けられた。
「結構タフだね、ナナシくん。普通の人だったらそろそろ値を上げてもいいくらいだと思うんだけど、やっぱり私飲み込んだとおりね」
どうやらセックは軽く息切れをしているようだったが、一向につかれているようには見えない。一方の自分の体はというと、息切れ一つもすることなく、ただ黙々と力任せに地をけって彼女についていくようにしていた。自分のことが何も分からないからこそ、この差に少しばかり気持ち悪いものを感じる。
「いったいどういう体のつくりをしてるんだかさっぱりだよ。洞窟の中では特に気にならなかったけど、キミ案外しっかりした体してるんだね」
そう言ってセックは僕の背後に回って背中を指で一撫ですると「よし、乗ろう」とつぶやき、これまたウサギのようにぴょんと僕の背に飛び乗ってきた。
確かに明るいところで自分の体を見てみると、全体的にがっちりとした印象に見える。筋骨隆々と言われても遜色ないのではないか。
「道案内はするからさ、鍛錬だと思ってついでに私を運んでよ」
今のところ鍛錬などをする気はないし、彼女が先導したほうが明らかに効率がいいのは確かだからこんな提案の意味はまったく分からないが、僕個人は急いでいるわけでもないので、彼女がそれでいいというのならばそれで構わないとそのまま山を下ることにした。
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山を下り始めて数時間、ようやく山のふもとへとたどり着いたのだが、そこには全身の筋肉が異様に肥大化した毛むくじゃらの老いた巨人が立っていた。
「よぉう、久しぶりじゃァねぇか、r」
彼が何か後に続く言葉を発しようとした瞬間、僕の背中から猛烈な寒気が噴き出すように起こって、セックが背から消えていた。
「それを口にしたらあの雷野郎が飛んでくるだろうが、このボケ老人!! もう一度息子にぼこぼこにされて来ればいいわ!」
ボコスカという擬音がいかにも似合いそうなほどに殺気のこもった拳で老巨人のことをたたき続ける。そのセックの攻撃がまるで聞いていないとでもいうように、老巨人はゲラゲラと笑いながらセックに向かって応答する。
「今のお前の攻撃なんざイタかァねぇよ。いい加減舐めた態度ばっかりとってやがるならァ、お前のことを食うぞ? こんの尻軽女ァ」
笑いながら言っているはずなのに、その言葉には独特の重みがあり、本当に食べられてしまいそうだという恐怖感を仰ぐようなざらついた声だった。
「できるならやってみればいいじゃない? そもそもする気もない癖に」
「ハハハッ、違いねェ! その通りだな。ああ、その通りだ!」
「怒ったり笑ったり忙しい人たちだなぁ」
旧知の仲なのか色々と積もる話をし出した2人のことを視界の端に入れつつ、ここから進む予定の道のりを見える範囲で確認する。
多くの山々に挟まれるような形でできたこの渓谷のような一本道は、上から見るとまっすぐの一本道に見えていたけれど、ところどころ、各山々に通じるような整備された小道が用意されている。
雪に埋もれて見えなくなるのが普通のはずなのに、その道だけは降る雪がよけているようだった。
自分に備わっている一般的な知識だとこのような現象は異常事態なのだけれど、先ほどから大体不思議なことばかりが起きているので今更かと思いなおす。
「しっかし、外は臭うなァ……ん……? おい坊主、お前ギリシアの出身か? ここに封印されてたってガラじゃァねぇよなァ?」
2人の話の区切りが着いたのか、老巨人がそう言って鼻をすすりながらこちらによって来る。
「なんかよぅ、お前からクソ息子のにおいがするんだわ。ギリシアの縁者か何かか……?」
言葉の意味が分からない。ギリシアの縁者? 彼はいったい何のことを言っているんだ?
「おいクロノス、あまり強く圧をかけないで上げて。彼は記憶喪失なのよ。封印が解けたタイミングで私の洞窟の中で倒れてたのよ」
「おいおい、システムの性質上、記憶は永久に保持されるはずだろ? 記憶喪失とか頭に蛆でも湧いてんのか? とっとと本当のことを話せェ!」
「うおっ!?」
セックの言葉を信じることなく突然殴りかかってくる老巨人。その拳は異様に早く、自分の体が反射で勝手によけてくれなかったら今頃はその拳によって体を砕かれてしまっていただろう。
老巨人は全身を掻きむしりながらひたすらに叫び続ける。
「アァ、クサイクサイクサイクサイクサイクサイィィ!!」
「短気、嫌悪、発狂……どれもエラーの特徴ね……最初こそまともに会話ができているように見えたからもしかしてと思っていたけど! あなたにもやっぱりエラーが発生していたのね」
セックはそういってこちらに向かって走ってくる。
「道はさっき言った通りよ! そのまま進んで!」
セックが僕と老巨人クロノスの間に立ちふさがるようにして割り込んでくる。
「えっ、セックは?」
「私の事はいいから早く行って!」
一緒に逃げると思っていたのであっけにとられるも、なぜか彼女の言うことには逆らわないほうがよいような気がして全速力で走り続ける。
案外がっちりとしていた僕の体はやはり、老巨人クロノスを一瞬にして視界から消すことができるほどには速く走った。
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「こうなる気はしてたけど、速すぎるわ……まさか一番まともなほうだったあなたから、精神が崩壊しているだなんて」
「オレは壊れてなんかいねぇよぅ!!」
ドスドスと大きな足音を立てて向かってくるクロノスを、セックは飛び蹴りで大きく吹き飛ばす。
何度も何度もこの代わり映えのしない、クロノスだけが一方的にダメージを受けるような地味な戦いがかなり長く続いた。
全身がボロボロで、もう立っているのがやっとであろうはずのクロノスだが、彼はその大口を開けて大声で笑う。
「昔っからそうだな! 透かした顔で俺ら市民を嘲笑うような態度ばかり取りやがって……役職持ち様方がたいそう羨ましくて堪らねえよォ!!」
大きな叫びを上げながら、今までの日にならない速度でラッシュをしてくるクロノスだったが、その全てをセックは大きく飛ぶことで簡単に回避していた。
「……私はそんなふうに思ったことは無いけどね?」
「お前のことなんか知ったこっちゃねえよ!」
なおも向かってくるクロノスを、彼女は右手の大振りで薙ぎ払う。
大きく横に吹き飛ばされたクロノスのその左足には、何かにかみつかれたかのような巨大な歯形が食い込み、かなりいい勢いで流血をしている。
「あぁ……もう一度、あの世界で……」
「いったいこの四千年の間に何があったっていうのよ……」
ぎろりときつい目つきでクロノスにそう問いかけるセックだったが、彼の体はしばらくの痙攣の後に、白目を剥いて全く動かなくなってしまった。
そっと彼女が近づいて彼の脈を図ろうと試みると、そこに残っていたのはもはや巨大な男の躯であるということがわかるのみだった。
「……肉体強度も下がってる……? それとも私の力が上昇している?」
あっさりと知人を殺してしまったにもかかわらず、彼女は異様に軽薄だった。
クロノスをあっさりと消して見せたセックは、光の粒子になって消えていくクロノスの身体をハイライトの無い瞳で見つめながら、ブツブツと呟き何かを考え始めた。
「最後に表に出たのはこっちの時間で数千年前……その間に何かあった……? 外界からのアクセスはありえないし……」
彼女はそう言いながら何かを操作するように宙で腕を振るい、気持ち悪いほどに口角をあげてニヤリと笑う。
「なんで半数も減ってるの!!」
激しく頭を掻きむしりながら彼女は何かを探すように必死で腕を動かす。
彼女がそうしだしてからそこそこに時間が経った頃、ようやく彼女の目標であるその名前が見つかった。
「アイツが、ロスト……?」
その場に崩れ落ちた彼女は、激しく大声を出して笑い出す。
しかし、その目からは大粒の涙が溢れていた。
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ナナシがセックと合流できたのは、彼女の泣き声を聞いたナナシが、彼女の生存を確かめるためにひっそりと戻ってきたからだった。
異様に健脚な彼にとってはこの程度の雪山など全く障害にはならないようで、ナナシ自身もその事に大きく動揺した。
あまりの状況の異様さに驚き、遠巻きに見つめることしか出来なかったが、彼女が落ち着くのを待って、彼らは再び旅を再開した。
読んでくださりありがとうございます。
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