3話
どういう意味だったのだろう。似ている? 人間と魔族が? そんなのありえない。だって魔族は化け物で、人間は人間なんだから。あの吸血鬼の言っていることは、私には理解できなかった。
与えられた部屋で一人、やることもなくベッドに横たわる。そのまま少しぼうっとしていたが、不意に扉がノックされたことで跳ね起きた。自然と剣を握る。さっきまであのよく分からない空気に飲み込まれかけていたが、ここは敵陣なのだ。少し気を抜いた自分に舌打ちしつつ、
扉をにらむ。
「……あれ? いないのかな」
扉の向こうからは角の少年の声がした。
「……何の用」
扉に声をかけると、少年は明るい声で、
「少しよろしいでしょうか? 退屈していると思って。庭を案内しようと思うのですが」
と言った。庭の案内? 連れ出そうとしているのだろうか。
「どうして」
「いやぁ、今日は天気もいいですし、バラ園も雨上がりでよく香りが立っているのでどうかと思ったのですが」
「……」
少し考える。こいつは私をおびき出そうとしているのか? それとも本当にただの善意で? いや、こいつらに善意なんてあるものか。何かあると思った方がいい。しかし、この部屋に閉じこもっていたところで状況は何も変わらないことは確かだ。ならばここは誘いに乗って、多少なりとも行動するべきか。少なくとも、今すぐに私を殺そうとはしていないらしいし。
「分かったわ。ついていく」
そう答えると、扉の向こうからは一段と明るい声色が聞こえてきた。
「よかった。ではこちらでお待ちしています。ああ、そんなに急がなくても大丈夫ですよ。ゆっくりで大丈夫です」
「いや、このままでいい」
細心の注意を払って扉を開ける。特に何もおこらず、少年はただ扉のわきに控えていただけだった。
「ではいきましょう。こっちです」
そういってまた、人懐っこい笑顔を浮かべる。少年は私がついてきているのを確認すると、こちらの歩調に合わせるように案内を始めた。
「…………」
開いた口が塞がらないとは、こういうことを言うのだろうか。昨日の晩、ここで吸血鬼に敗れたときはもっと禍々しい、ひどく暗い場所のように思っていたのだが、今太陽に明るく照らされている庭は美しいの一言に限る。円形の広間には中央の噴水を囲むようにして色とりどりの花々が咲き誇っている。遠目に見ても分かるほどに葉もみずみずしく、昨日の雨が露となってきらきらと輝いている。決して派手すぎず、静かな色合いで配置された花は、石畳の床をあざやかに彩っていた。
「すごい……」
おもわず声が漏れる。そこではたと気づくと、隣の少年はすくすくと笑っていた。
「お気に召していただけましたか? 僕自慢の庭です」
気恥ずかしくなり、視線をそらす。それを見て肯定と受け取ったのか、満足そうに微笑み、
「まだまだです。今度はバラ園に行きましょう」と言って、歩き出す。バラ園へと続く道は表の庭の右端にある植物のアーチから行く事が出来た。植物のアーチもよく手入れされているようで、伸びすぎた蔦や日光を遮ぎりすぎる葉や花はなかった。
しばらくついて歩くと、芳醇な甘い香りが漂ってきた。
「そろそろですよ」
植物のアーチを抜けた先は、それこそおとぎ話のような光景が広がっていた。あたり一面には満開のバラたちが咲き誇り、甘美な香りを放っている。赤に白、桃色に黄色と、様々な色をした花弁が絨毯のように広がっている。その一つ一つも、朝露に濡れて輝き、一層きらびやかな印象になる。その中でも気になったのは一画に少しだけある蒼い、空のような色をした花だった。あれもバラなのだろうか、あんな色は見たことがない。
「わぁ……」
今度こそ、見とれてしまっていた。絵本の中でしか見たことがないような光景を前に、まだかすかに残っていた少女の心を躍らせないわけにはいかなかった。
「ふふっ、僕はここで作業していますから、どうぞご自由に見ていってください」
そういうと少年は近くにおいてあった道具を持ってバラ園の手入れへと向かった。私の足も、自然とバラ園へと向かう。こんなに綺麗に咲くものなのかと、感心しながらゆっくりと鑑賞する。一つ一つがしっかりと花をつけ、葉も青々としている。近くに行くとより香りが強くなる。この甘い香りを嗅いでいるだけで、いい気分になってくる。
ふと気になった青いバラの方にも行ってみる。そこでは少年が作業していた。
麦藁帽をかぶってはいるが、額から生える角は良く見えた。
「あ、どうです? この青いバラ。珍しいですよね。ユリカのお気に入りなんです」
私に気付いた少年が、こちらを見上げる。まるで空の色のように青い大きな瞳は、私と空を映しだしていた。
この少年も、だ。この少年もあの吸血鬼のようにまるで人間然としたふるまいをしている。角さえなければ、園芸に精を出すかわいい好青年だ。敵愾心など、みじんも感じられない。
「……なんでお前は、お前たちは私に対して何の敵愾心も見せないの。私は人間で、お前たちは私の敵のはず。お前たちからしても、私は敵のはずよ」
その問いに、少年は少し動きを止め、考えるようなそぶりを見せると、困ったような笑顔を
浮かべた。
「確かに、貴方たちからしたら僕たちは敵なのだろうし、僕も何回も人間に襲われていますから、怖くないかと言われればウソになります」
「じゃぁなんで? なんで私に敵意を向けないの。私はあなたたちを倒しに来たのに」
「人間すべてが、同じではありませんから。似ていたとしても、同じ人ではありません」
その問いに対して、少年はまっすぐにこちらを見て、何の疑いもないような声で言った。
「それに、ご主人様が恋をしたという方なら、安心できるからです」
にっこりと、少年は笑った。
バラ園を後にした私は、部屋に戻るために屋敷に入っていた。あの少年の言っていることを思い返しているうちに、どうやら部屋のある廊下ではない、違う廊下に出てしまっていたようだ。
「しまった……気を抜きすぎだ」
そういって踵を返してきた道を戻ろうとすると、向いた先の曲がり角から、翼の生えたメイドが出てくるところだった。
「あら、騎士様。お散歩ですか?」
柔和な笑みをたたえて、こちらに歩み寄ってくる。この少女からも、敵意は感じられなかった。私の目の前にまで来ると、少女は首をかしげる仕草をした。
「ああ。バラ園に行ってらしたのですね。ほのかに甘い香りがします」
と言って、相変わらずふわふわとした雰囲気を出している。
「あのバラ園はいいですよね。お気に召していただけましたか?」
大きなたれ目を輝かせて、彼女は訊いてきた。
「そ、そうね。よかったわ」
思わず感想を言ってしまう。それを聞いた彼女はまるで自分がほめられたかのようにうれしそうだ。
「そ、それよりも。自分の部屋に戻りたいの。ここからどう行けば近いのかしら」
「騎士様の部屋ですか? それでしたらご案内いたしますよ。ちょうどシーツを保管庫においてきたところですので」
そういって彼女は、こちらですと言って案内をはじめてしまう。小動物のようなてこてことした歩みで、先を行く少女。ふわっとした赤毛が目の前で揺れる。
「屋敷のお庭はいかがでしたでしょうか。よいところですよね」
歩きながら、少女はこちらに少し振り返って訊いてきた。
「……」
「騎士様?」
反応のない私に、不思議そうにこちらを見る。その姿は愛らしく、人間の少女であったのなら男は放っておかないだろう。それでも、背中には大きな鳥の翼。人間ではないのだ。それなのにどうして――。
「どうしてあなたも、私に敵意を向けないの?」
あの少年と同じように、普通の客人を迎えるような、ともすれば姉にでも接しているかのような、まったくの敵意の無さ。この少女も同じだった。
「……私、何度か人間たちに襲われそうになったことがあるんです。私の種族の羽は、高く売れるし、人よりも力の弱い種族ですから、女の人は特に狙われるんです」
ふんわりとした笑顔で、彼女はそういった。
「でもそのたびに、クシェル君が助けてくれてたんです。私は力が弱いから。この翼も、せいぜいちょっと浮ける程度です」
パタパタと、薄紅色の羽を動かして見せる。
「この屋敷に仕えるようになるよりも昔から、クシェル君とは仲が良かったんです。いつも一緒にいたから、守ってもらえていたんです。でも、ある時私はクシェル君に内緒で、一人で遠出してしまったんです。この屋敷に咲いている蒼いバラが欲しくて」
彼女は窓際の方へ歩き、外を眺めた。ちょうど、その下では少年が庭の手入れをしていた。
「その途中、私は盗賊の人たちに見つかってしまい、追われました。必死に逃げましたが、戦う力もない、逃げ切る足の速さもない私は捕まってしまいました」
見た目は、翼を除けば本当に愛らしい姿をした少女だ。賊の目に留まったら確かに襲われてもおかしくはないかもしれない。少女の笑顔は変わらなかったが、その目には一瞬、影が差していた。
「もう駄目かな、と思ったとき、いなくなった私を探していたクシェル君が来てくれたんです。ご主人様を連れて。そのおかげで、私は無事に助かりました。そして二人でここの使用人として仕えるようになったんです」
にっこりと笑う。その笑顔は、綺麗だと思った。でも、おかしいとも思った。
「……なんでそれで、あなたは笑えているの」
賊でも男でもないが、私だって人間だ。一度でなく何度も襲われそうになっているというのに、どうして。
「最初は憎んでいました。野蛮な種族だって。クシェル君のことも傷つける奴らだと……でも、ご主人様がおっしゃっていたんです。それですべてを憎む理由にはならないと。君は敵しか見ていないのだと」
なぜかその言葉に、胸の奥がちくりと、刺したような痛みを持った。
「それから、私たちはご主人様に仕えながら、いろいろなことを教えていただきました。
ちょっと変装したりして、人間の国でお買い物をしたりもして……そうしていくうちに分かったんです。ご主人様の言葉の意味が。だから、私は今も笑っていられるし、騎士様を憎むようなこともしません」
えへへ、とはにかむと、つまらないことをお聞かせしてしまいましたね。忘れてくださいと言ってほんのりと頬を朱に染めた。
「お部屋でしたよね、ご案内いたします」
彼女はまた、てこてこと歩き出した。
「…………」
少女に部屋に連れてきてもらってから数刻、部屋で一人ベッドに横たわった。頭の中では少女の言葉が渦巻いていた。敵しか見ていない。それは私にも言えるのだろうか。いやしかし、私の父はここで死んだのだ。あの吸血鬼の手によって。ならばあいつは私の敵だ。
「…………」
じゃあ、あの少年と少女は私の敵なのか? 化け物に変わりはない。人間ではないのだから。でも、それですべてを恨む理由になるのだろうか。
「わかんないよ……お父さん」
枕に顔をうずめる。どうしていいのか、分からない。その時、ドアがノックされ、その音に驚き飛び上がってしまう。
「お客人。よろしいですかな?」
向こうからは老執事の柔和な声が聞こえてきた。
「どうぞ……」
許可すると、執事は扉を開け、その場で礼をした。
「昼食が出来上がりました。どうぞお越しください」
「……わかったわ」
執事が先導する廊下を歩く。一見人間のようにも見えるこの執事も、気配で分かるが魔族だ。でもやはり、屋敷の外にいた魔族たちとは違い、まったくと言っていいほど敵意がない。目についた生き物を惨殺していくような野蛮さはかけらもない。やはりこの執事も、少年少女と同じなのだろうか。
食事をする部屋の前に着くと、執事は扉をノックする。すると中から少女が顔を出した。
「あ、騎士様にアルメさん。どうぞお入りください」
そう言って扉を開けると、かわいらしく胸を張って、
「本日は鴨を使った料理になります。私が作ったんですよ」
と自慢げな顔をする少女。実際、テーブルに並べられた料理はどれもおいしそうだった。
「ユリカさんの料理も、大変おいしいですよ」
そう言って執事は椅子を引き、私に座るように促す。私がおとなしくその椅子に座ると、今度は庭仕事を終えた少年が部屋に入ってきた。
「あれ、ご主人様は?」
そういえば見当たらない。
「坊ちゃんは所用で出かけております。帰ってくるのは夜頃になるということでしたので、昼食は食べておけということです」
そんなに珍しいことでもないのか、少年はそうなんですかぁ、と対して驚いてもいない風で、自分の席へと着いた。その間に少女も自分の席に着き、皆に料理を取り分けた。
「さぁ、冷めないうちに召し上がれ」
よく脂ののった鴨と新鮮な野菜。それに麺をソースで和えた初めて見る食べ物はとてもおいしかった。
「元気になってきてよかったです」
そういって少年がこちらに笑いかける。
「どうでしょうか? 今日のは自信作なんです」
少女も、明るい笑顔でいる。素直においしかったと答えると、あちらもまた本当にうれしそうに笑った。
「どうぞ、食後の紅茶です」
執事の出してきてくれた紅茶は、今朝飲んだのとは違う香りを放っていた。
居心地がいい、そう思ってしまったことは認める。きっと私が普通の町娘で、魔族などへの知識も全くなかったら、父さんが死んでいなかったら、心の底から笑顔になれる場所なのかもしれない。そう、勘違いしてしまうほどに居心地のいい空間だ。
でも、ありえないのだ。これは勘違い。間違った世界だ。父さんの死はなかったことにならないし、私が騎士であることも変わらない。
まるで冬のベッドから抜け出すように、私は席を立ち部屋に戻ろうとする。自分でも、もう少し居たいという気持ちがあることが許せなかった。のろのろと扉を目指して歩く私の背中に、また優しい声がかけられた。
「三時ごろに、おやつをお出しする予定なのですが、お客人はタルトとクッキー、どちらがよろしいですかな?」
「……」
本当に、なんでこうも優しいのだろう。私には、まだ分からない。
「……どちらでも構わないわ」
重い足を引きずって、私は部屋へと戻った。
三時ごろになって、ノックが部屋に響いた。
「おやつをお持ちいたしましたよ」
執事の声だ。相変わらず、孫に語りかけるような優しい声。
彼も、あの少年や少女たちと同じなのだろうか。
「……どうぞ」
「失礼いたします」
丁寧な所作で扉を開け、台に乗せた紅茶と小さな籠を運び入れる。
「リンゴのクッキーを焼いてまいりました。どうぞ」
そういって、部屋の中にあるテーブルの上へ紅茶とクッキーを並べていく。ベッドから降りて、なんとなく老執事をよく見てみた。
しっかりと後ろに撫でつけられた白い髪は乱れなく、燕尾服も完璧な着こなしだ。老人にしてはしっかりとした背筋と肩幅。そしてその顔は優しく、切れ長の目はまだ強い光を放っていた。
「……あなたも、彼らと同じなの?」
よどみなく紅茶を注ぐ執事に、私は訊いた。彼からも、敵意は感じられない。あの二人と同じ、不思議な感覚。
「……どうでしょうな。私はクシェル殿とユリカ殿のようでありますかな?」
優しげな瞳で、彼は私に訊いてきた。
「……わかりません」
「そうですか」
紅茶の用意を終えると、執事は立っている私へ、椅子を引く。その椅子に素直に座る。紅茶の湯気と共に豊かな香りが鼻を通りぬけた。
「似ている、とは思っておりますよ。ただ、同じではないでしょうな」
「どういうこと?」
「まずは種族です。私は人間でございます。もっとも、坊ちゃんの血を頂いてからは、元人間ですが」
「もともとは人間だったの?」
少し驚いた。でもなぜ、人間がここに。
「ええ。元人間です。まず同じと言えないのはここですね。でも、貴女のききたい『同じ』は、違うことのようですな」
まるで孫にでも語りかけるように、ゆっくりと、言葉を紡いでいく。
「同じではありません。同じものなどいない、というのが坊ちゃんの言葉です。私もそう思います。しかし似ている物はある。私たちはそこが似ているから、坊ちゃんに仕えているのです」
「……何が、似ているの?」
「ここにいる皆のことを愛している、ということが似ているのですよ。もちろん、私の感じる愛とクシェル殿とユリカ殿との間にある愛とは別物ですが、少なくとも私は彼らを、坊ちゃんを愛しております」
ふと、私のことを愛してくれていた父さんと、その執事の瞳が重なった気がした。
「なんで人間のあなたが、ここに仕えているの? 人間をやめてまで」
問うと、執事はまるで遠くを見るように、部屋にある燭台を眺めた。
「私は坊ちゃんがまだ小さいころの時代の人間です。坊ちゃんが幼いころ、よく私の家に遊びに来てくださいましてね」
あの吸血鬼の幼いころ、想像もできないがその時代の人間ともなるとかなり昔の時代の人なのか。
「あのころはまだ人間以外の種族などあまり知られてはおりませんでした。しかし、国から離れた村などでは、比較的魔族の被害は多かったのです。それでも、場所によってはお互いの利害が一致して共存していた村もあったようですが」
「共存……ですって!」
思いがけない衝撃的な発言に、思わず椅子から立ち上がってしまった。
「共存なんてありえないわ! 人間と魔族は出会ってからこれまでずっと争い続けて……!」
そう、国で学んだ。今ではどんな辺境の村でさえも常識だ。人と魔族が手を組んだことなどない。天使と悪魔のように相容れない存在だと。
「まぁ、落ち着いて下され。信じてもらわなくても構いませぬよ。ただし、実際にそういう村はあるのです。生き証人ですので」
優しくたしなめられて、少しずつ冷静さを取り戻していく。椅子に再び座りなおした私を見た執事は、話を続けた。
「まぁ、私自身は共存していた村の出身ではなく、どちらかと言えば対立していた村だったのですが……それは置いておいて、坊ちゃんはあの時、いつの間にか私の牧羊犬と遊んでおられ
ましてね、迷い子か捨て子かとあわてたものです」
なつかしむように笑って、整えられたひげを撫でる。
「そんな坊ちゃんが自分は人間ではないという。事実、当時から人間とはかけ離れた雰囲気を
お持ちの方だった故、すぐ魔族の子かと思い、遠くに捨ててしまおうとも考えました。でも、牧羊犬と元気に走り回る坊ちゃんを見ていたらそんな気も起きませんで、結局、たびたびくる坊ちゃんを迎えていたのです。そんな毎日が続いてしばらくして、私の村に魔族がやってきたのです。皆古びた鎧を着こんで、狂ったように畑や家畜を荒らし始めました。そんな中、私は坊ちゃんを守ろうと家に入るように言ったのですが、坊ちゃんは魔族の群れに向かい、こう申されたのです。『貴様らの飢えと傷は我が屋敷で癒してやろう。今すぐにここを立ち去れ』と。しかし魔族はそんな子供の言葉など聞きもせず、坊ちゃんに襲い掛かりました。危ないと思いましたが、坊ちゃんは一瞬で魔族を散らしてしまい、村は被害から救われました」
穏やかな表情のまま、執事は昔話を聞かせるように、優しく言葉を続ける。
「しかし、村人たちは救われたとは思わず、坊ちゃんを、そしてその坊ちゃんと親しくしていた私を、村から追いだしました。行く当てを失った私は、坊ちゃんに連れられ、この屋敷に来たのです。そこで執事として、たった一人この屋敷に住まわれていた坊ちゃんのお世話をさせていただくことになったのです」
紅茶の湯気は、もうなくなっていた。それを見た執事は紅茶を変えようとカップを手に取り、新しい紅茶を注ぎ始める。
「人間も、魔族も、私にとってはあまり変わらぬことなのです。どちらも似ている。きっと村を襲った魔族たちも、身なりから人間に襲われ、住処を奪われた後だったのでしょう。自分と違うものを受け入れられない。それは私たち〈こころ〉のあるものが皆持つ感情です」
注ぎ終わった紅茶が、ソーサーの上に静かに置かれる。
「それでも、同じように〈こころ〉を持つ者同士で、その〈こころ〉に惹かれる。姿でも、身分でもなく。そうやって集まった私達だからこそ、似ているのかもしれませんね」
そう言って笑う執事の顔は、孫に向けるそれと変わらなかった。
手に取る紅茶は、私には少し熱かった。