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小学校時代に、放送委員会が昼食の際に流す放送があったのだが、それが一時期問題になったことがあった。問題とはいえ、当時の徹にしてみれば些細な話であった。「放送中に笑って誤魔化すな」当時はその意味をしっかりとは理解できていなかったのだと思う。ある生徒は、突然放送中に噴き出した。大方、放送している人間の後ろ側にいる者の仕業だろう。低学年の生徒たちはそれをお笑い番組でも見ているかのようにはやし立てて笑ったが、教員は違った。そのあと、放送中に笑ってしまった、という事実を残してしまった生徒はこっぴどく叱られることとなる。
今ではラジオ番組なども知っているので、報道ニュースとラジオの差異を比べては、ああ確かに伝えるという仕事は誤魔化してはいけないんだ、ということがなんとなくわかる。特に報道ニュースなんて笑っているリポーターもキャスターを見たことがない。事件の悲惨さにそぐわないからだろうか、なんて思っていた。
今の茜の仕草は、そのとき笑って誤魔化した生徒と重なっていた。大体はつられて笑ってしまう低学年の生徒になるが、ごくごく少数、あのとき笑って誤魔化した生徒をこっぴどく叱った教員みたいなやつがいる。騙されないのだ。表面的な雰囲気に騙されず、茜が笑ったから徹もつられて笑うといったようなことにはならない。このときの徹は、あのときの教員と同じ立場だった。茜が笑ったのにもかかわらず、徹はじっと茜の顔を見つめていた。
茜は自分一人だけ笑っているということを知ったのか、笑いはだんだんと苦笑になり、ついには笑うのをやめ、ベンチの背もたれに寄りかかった。
少し、空を仰いでいた。
煌びやかな髪が、風によってさらさらと後ろへ流れる。
「こうやってだんだん一緒にいる時間が減っていくと、互いに知らないことも増えるのかな。大学は別々になって、社会人になれば仕事で早々は会えなくなるだろうし、当然職場も同じところなんて行けないだろうしさ。今でさえ昔に比べれば徹と一緒にいる時間とか徹のくだらない話聞くの減っちゃったってうのにさ、これからどんどん減っていくのかって思うとちょっと寂しいな」
「じゃあ明日結婚するか」
茜は背もたれから咄嗟に背を離す、「本当?」と窺ってくる、その笑顔に苦笑も誤魔化しもない。そんな徹の安価な妄想は呆気なく元からなかったかのように消えた。
茜は背もたれに寄りかかったままだった。空を仰いでいたままだった。煌びやかな髪は靡いたままだった。風はまだ止んでいない。
ふわっと風に靡いていた髪は、背中へとゆっくり着地していった。
「優しさが苦しい」
ただその横顔を徹は見つめていた。赤いリップの塗られた唇の先が、かすかに動く。
俺は果たして優しいと苦しいを同時に理解できる人間であっただろうか、と徹は思った。




