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最近やけに大々的なニュースが多いような気がしている。高齢者運転の交通事故。狂気殺人。殺人の中でも、愛に溢れた女や、孤独に踏みつぶされそうになった男など、前例はあってもここまで騒がしくなるほどの報道は珍しい。そんな事件が毎週どころか数日おきに起こり、毎日立て続けにネット、テレビなどのメディア界隈を賑わわせていた。
漆戸徹は、そんなネットニュースを高校の自席に座って眺める。肩肘をつき、掌に頬をのせて、惰性で画面をスクロールする。
――最近こういうよくわかんない事件増えたな。一年おきならまだしも、毎週のように起きてんじゃん。まさか、どこの誰かも知らない奴の殺人に感化されて、じゃあ俺も私もって次々に殺ってるわけじゃないよな。テレビやネットニュースに載る殺人者に妙な親近感を抱いてるわけじゃないよな。
そんなことを頭に浮かべては次のニュースへと移る。
『以前にもあった! ○○狂気殺人』
そんなタイトルに目を光らせたのではない。徹は、惰性で一番上から一番下の記事まで目を通そうとしていただけだ。図らずも、人差し指はその記事へと伸びていた。
しかし、思ったほかこの記事は興味をそそるようなものだった。他の記事は、有料会員でないと最後まで読めないせいか、事実ばかりが書かれていて似たようなものばかりだったが、この記事は少し違った。タイトルにもある通り、以前にもこのような事件があったということを紹介している。
徹は肩肘をついていた体制から、真面目に教科書を読むかのように正面を向いた。両手でスマートフォンを持ち、画面に連なっている文字列を見入るようにしていた。
一番下までスクロールし、記事を読み終えた。最後の文の一番下には白黒の写真が添付されていた。
奇妙な写真だった。今で言うスーツのような黒ずくめの男たちに囲まれた真ん中には、着物姿の女性が笑っていた。え、こいつって記事を読む限りじゃ殺人犯の女だよね?
それだけではなく、どこから現れたのかわからないような軽装の一般人が、着物の女の前をとおせんぼしている。まるで芸能人の出待ち。気にはかかったが、驚くようなものでもなかった。なんとなく珍しいな。風刺画みたいだな。ただそれだけ。
その画像の上を長押しし、画像は端末にダウンロードされる。驚くような画像ではないが、保存は、する。それとこれとは、べつ。
スマートフォンを机上に置き、窓の外へと目を向けた。窓際の生徒が必死に板書をノートへと書き写していた。その彼を飛び越えて、視線は窓の奥へ奥へといった。
狂気殺人とばかり書かれていたため、想像するのはその極悪非道の殺人鬼。どうやって殺したのか。周りの風景、表情、その他もろもろ自分がもし無関係の一般人を刺すとしたらどうだろうかなんて、考えても答えが出ないのは知っている。だが、逆はどうだろうと思った。もし仮に、その殺人鬼に自分がナイフで刺されたとしたら。それも夜中のコンビニからの帰宅途中。周りには誰もいない、頼れる人はいない、頼りない街灯と真っ暗な夜道で。
徐に徹の頭に浮かび上がったのは、ネットニュースの上段に映る自分の顔だった。ネットニュースに被害者として載る自分の写真を想像したのだ。
酷く羞恥を覚えた。
自身は何もしていないにもかかわらず、寧ろ被害者の徹がネット上で拡散され続ける。さらされる。一生残る。
それはなんか嫌だなと思った。多分刺されたら、家にも帰らず、どこかの空き家に入って一生を終えるかもしれないな、なんて空想を働かせる。死人に己が死んだという事実など伝わらないし、世間の情勢どころか誰かの悲しみ憂い喜怒哀楽な態度でさえ、届かないのだから。
まあ、もしもの話だった。心配事の多くは起きないで終わると知っている。妄想が現実に起こることなんてそうそうない。どぶで鯛を捕まえるのと同じくらい滅多にあるはずもない。なくはないとも言えるのだが。
頭を使うのをやめ、徹は作業に夢中になれていた。学校とは言っても、先生の話を聞いたところで入ってくる声と入ってこない声があった。ただ事実関係を並べ、つらつらと出された声に、徹の興味など向くはずもなかった。
古典、漢文だってそうだ。要約するところまではいいのだが、意味合いや奥ゆかしさを深堀りしようとはせず、活用や上下する漢字を順序良く読めるかどうかばかり。そこは重要ではないだろう。でも重要でもある。だけど、徹はもっと古典の美学、これを詠んだ人はどんな状況で、どんな環境に置かれていて、誰を想って、どう解釈してほしくて、自分の感情を詩に乗せたのか、そこに焦点を当てたかった。
怠惰な授業。整髪料で頭部がバーコードみたいになった髪の薄い教師が、つらつらと翻訳している。定年間近の真面目そうなおじさんだった。
どうせ受けるなら、もっと人間らしい問いへの疑問を浮かべた方が面白いのに。いっそのこと、この怠惰な授業に無理やり意味を見出してみようか。そう思ったところで自分の感性や興味がすぐに変わるはずもなかった。今日が終わって初めて、無駄な時間を過ごしてしまったのかもしれない、そう思うのだから。




