8.桃オイルと姫君たちのお茶会
途中別視点挟みますのでご注意ください
今日は桃オイルを作るぞ!
幸い桃だけは山ほどあるし。
布…は兄様の服を使おう。目が粗いのでちょうどいい。
兄様の服が万能だ。
すりつぶす道具が欲しいけれど、もちろんそんなものはないので何か重たいものを探すことにする。
石をぶつければ潰れるはず。
森へ入り、手頃な作業台になりそうな大木を弓ですぱん!と射倒す。
こんなのジョブの力がないとできないよね。
その切り株に鍋の大きさ程度のくぼみを掘り、そこに鍋を置く。
「うん、これで支え役はいらないね。」
満足して呟き、布を敷いて桃を置く。
もう一枚布を重ね、あとは倒した木から得た棒で殴るのみだ。
歌を歌いながら叩くと楽しいし、経験値もたまっているようなので一石二鳥である。
わたしは晴れた空と澄んだ空気に高揚しながら棒を振るった。
―――その頃、とある庭園にて
「みなさまようこそ。おいでくださって嬉しいわ」
「お招き感謝いたします、藤姫様」
口々に感謝を示す見目麗しい姫たちに膝を軽く折り、わたくしは席についたわ。
わたくしたちが天空領へ招集されてから7日ほど。
進捗報告会ですわ。
「それで、どなたか雛姫様にお会いになって?わたくし直々に赴いたのですけれど、お会いできませんでしたわ」
連日侍女にお茶会の招待状を持たせたのにすべて受け取ってすらいただけず、痺れを切らして部屋まで赴いたのに門前払いでした。
招集の日ですらいたかしら?
「藤姫様、私お見掛けしましたわ」
「まあ、雪姫様!よかった、それはどちらで?」
「昇降機の近くですわ。兎王陛下になぜか平伏していらしたところをお見掛けしてお声をかけたのですけれど、逃げられてしまいましたわ」
「昇降機ですって…!?」
ざわ、とみなさんが騒めくのも当然のこと。
わたくしたちは全員、雛姫様に逃げられては困るのですから!
何を隠そうここに集まる12名は、つまるところ悪役令嬢の集まり。
わたくしは藤こと竜族で最も竜王の花嫁に近しいと呼び声高い存在よ。
ここにお集まりの方々もみなさんそう。
そして、この中でわたくしだけが転生者だったの。
前世は20代の日本人で、のめり込んだ『十二の王と末の神』。
わたくしはすべてのルートを隠しルート含めコンプリートしたプレイヤーでしたわ。
隠しルートと言っても結局別パターンの逆ハーでしたけれど。
本当に逆ハーしか存在しないゲームだったのよね、製作者は何を考えていたのやら。
12人て多すぎますわよね。
その藤に生まれ変わったと知ったとき、絶望でしかありませんでした。
それは他の乙女ゲームのように断罪だとか命の危機だとかそういうことではありません。
竜王の花嫁、になりたくなかったのです。
この世界では神の末裔たる雛姫でなければ王たちは女性を心から愛することは決してありません。
そういうものなのです。
一応アプローチなども掛けてみましたが、暖簾に腕押し状態でしたわ。
ですからヒロイン以外が花嫁になると、その関係はただの義務と成り下がります。
もちろん貴族ですからその義務も理解はできます。その覚悟だってありました。
けれど曲がりなきにも前世の記憶がある今、わたくしだってそんな関係避けたいと思うのは当然のこと。
跡継ぎを産むための道具になるしかないなんて、ごめん被りますわ。
そこで各族の花嫁候補者、つまり悪役令嬢たちと仲良くなり、互いに手を取り合ったのがわたくしたちというわけです。
全員に心に決めた殿方がもういるのです。
『花嫁』にさえならなければその方との婚姻もすでに約束されているのです。
このゲームに関して言えば、ヒロインの逆ハーレム生成は"救済"にあたるのです。
彼女に押し付けた…いえ救っていただきたいと思うのは当然のことではなくて?
けれどわたくしたちが虐げるのは『神の一族』かもしれない(証拠は提出できませんでしたから)と知った今、不敬ですし難しくなってしまいました。
それでは恋にならないかもしれませんし、出会いを演出するためにそれとなく陛下たちに"触媒"の場所を見張るように伝えてみたのですけれど。
どうも様子がおかしいのですよね。
だってわたくしたち、お会いすることができていないのです。
"藤姫"がいじめなければ割り当てられた部屋にいらっしゃるはずなのに。
もしかして他の方にいじめられているのかしら…
それはともかく、昇降機の近くでお見掛けしたというのは看過できませんわね。
「竜族の騎士をそちらへ向かわせますわ、逃がしはしません。他の方々は、何か情報はお持ち?」
「あ、あたくしあります」
「鈴姫様、お話しください」
小さく声を上げたのは鼠族の姫。
「あたくしが地下神殿へご案内することはできなかったんですが、どういう経緯か"触媒"を手にされたそうなんです」
昨日は鼠王陛下が訪れる日だったらしく、親しい鈴姫様にはお話しくださったのね。
こうして情報交換を行う程度には陛下方と交友を深めていますのよ。
苦労しましたわ!
「まあ、となれば安心ですわ。もう逃げられません。」
みなさんがほっと胸をなでおろし、わたくしも安堵の息を漏らしました。
あの"触媒"を口にして得る『召喚』の力こそ各王との繋がりです。
『召喚』は王の体に宿る神獣の力を引き出して使うもの。
使えば使うほど繋がりは強くなっていきます。
初めて繋がる日、王は遥か彼方の記憶を思い出し『神の一族』のことを知るのです。
そしてヒロインがその末裔であることを知覚します。
そうすれば後は血が求めるままに溺愛するだけ、ですわ。
「ですが油断はできませんわね、きっちり12種族分、手にしていただかなければ。」
そうしなければ雛姫にとってもバッドエンドになってしまいますもの。
それは押し付けるわたくしたちにとっても不本意だわ。
せめて幸せに溺愛されてくださいませ。
こくりと全員が頷き、わたくしたちはひとまず雛姫様ご本人を探すことにいたしました。
そうでなければそれとなく誘導して差し上げることもできませんからね。
もし彼女が転生者で、12人からの溺愛を恐れ逃げ出そうとしていらっしゃるなら申し訳ないのだけれど。
そこは我慢していただくほかありませんわ。
だってわたくしたちも、道具のように扱われるのは御免ですもの。
それに一人分、手に入れてしまったのですから。
もう引き返せませんわ。
***
雪姫様にお伺いした、雛姫様が逃げたという方角へお散歩と称して捜索に参りました。
実家から各々が連れて来た侍女は兎も角、部屋付きの侍女があまり信用ならないのですわ。
もしかして雛姫様を虐めてるのって侍女なのかしら。
「まあ、ご覧になって、藤姫様。あちらに森がありましてよ」
「あら、本当だわ。行ってみましょう」
きゃっきゃうふふとしているように見えるはずだけれど、わたくしたちは持ち前の高度な呪術を使って捜索中。
悪役令嬢は主人公を阻む存在なだけあり、わたくしたちのスペックって本当に高いのよね。
呪術は使えないという一族の主人公が少しだけ可哀想だわ。
『神の一族』なんて大層な肩書はあるけれど、末裔なだけあってあまり力がないのよね。
道案内は唯一直接会った時に、近づけばわかるように印をつけてくださっていた雪姫様。
ふと立ち止まると、わたくしを振り返り
「藤姫様、どうやらあの小屋に…」
と指すのはあまりきれいではない古い小屋。
ゲームでヒロインが過ごす小屋だわ。
一体誰が。
やはり侍女かしら。
「人のにおいがします。一人分ですし間違いないでしょう」
くん、と鼻を揺らすのは鼻の良い犬族の紅姫。
「では今日は撤収いたしましょう。この人数で押しかけては困らせてしまうわ」
後日紅姫と鈴姫が偵察に向かうと方針を固め、今日のお茶会は終了ですわ。
――――そしてその小屋の傍
「よーしできた!なんかオイルっぽいもの!」
わたしは鍋にたまったオイルをうきうきで小屋へ持ち帰った。
沸かしたお湯を桶にいれ、そこにオイルを垂らして髪を洗う。
艶々になった髪に満足し、今日も何事もなく日が過ぎたことに感謝した。
おやすみなさい。
※このオイルの抽出方法は適当ですので真似なさらないようお願い申し上げます※
毛色は違いますがよかったらこちらもお願いします。完結済みです。
『光の勇者は竜の姫と月の騎士に執着される』
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