5.昇降機
やはり早朝、夜明けより前に目を覚ますと服を着替え(今日はちゃんと女性の服を着る)部屋を抜け出した。
昇降機の場所は覚えている。
堂々としていれば咎められるはずはない。
一昨日はこのあたりに人はいなかったが、今日は昇降機の前に人が居る。
誰だろうかと顔を見ると、それは「兎王陛下!!」でした。
昨日までの癖で思わず平伏して額を地面に打ち付けていました。
痛い。
なんでこんなところをふらふらと王様がほっつき歩いてるんだ!!
「あれぇ、君って劣等種の花嫁候補?」
そうです劣等種です!!
昨日も言われたけれど、鳥族も兎族もプライドがお高いんだなあ。
劣等種というのは当然に差別用語なので普通は(どんなにそう思っていても)言わない。
…いやそういうことになってるってだけで結構他の人の口からも聞いたけど。
まあ相手は王様だし彼らからしてみたら間違いなく劣等種だ。
気にはしていない。
御年52歳の兎王陛下は白髪赤目の美しい少年だ。12歳くらいに見えるので虎王陛下に続くショタ枠と言っていい。
「こんなとこで何してるのさ」
わたしの顔を覗き込むように目の前にしゃがむ陛下の顔をわたしは見れない。
陛下も覗き込んだってわたしの顔は見えませんよ、おでこを地面にうちつけてるんですから!
「あああ朝の散歩に!!」
「一人で?」
訝しむのは尤もですが一人だ。
「君には従者の弟がいるって報告があったけど。今日はいないの?」
ねえばれてません!?
わたしがあの格好してたって!!
「なんのことでございましょうか。我が一族にわたしと兄以外の子供はおりません」
しらばっくれておきましょう。
従者と名乗りはしたものの、そもそもそんな人届け出てないので存在しませんからね。
このまま無かったことにしましょう。
いやあわたしは迂闊でしたね。なめてたともいいます。
どこかできっと、まあ主人公だし大丈夫でしょうなんていう慢心でもあったのでしょうね。
「ふうん、そう。じゃああれは誰だったんだろうね?君しってる?」
わたしの地面につけた顔をそっと持ち上げ、楽しそうに笑う少年の赤い目が笑っていない。
「一昨日は鳥族の守護する塔に、昨日は竜族の守護する池と鼠族の守護する地下神殿。侵入者だよ」
「存じ上げません」
「へえ、君と同じ黒髪に黒い瞳が他にもいるっていうの?」
マジレスすると馬族とかにいるんじゃないかなと思うけどまあ乙女ゲーム的にはいないんでしょうね!
「わたくしは存じ上げません」
わたしの精神がずぶとくてよかった。
普通に怖い。本当見た目は麗しい少年なのにね!
さすが王様、圧がすごいなあ。
「そう、じゃあ質問をかえよう。昇降機を使いにきたの?」
「いいえ、そんなまさか。」
ここに招集された女たちが勝手に天空領を出ることは許されていない。
普通に王命に背いたことになるからね!
けど存在を忘れ去れていると思われるわたしならバレないかなって思ったんだけどな。
やばいなあそろそろ死ぬかなと思っていたちょうどその時。
「あら、兎王陛下ではございませんか。ごきげんよう。」
突如かわいらしいお声と共に姿を現したのはそのお声に見合う可憐な花のような美少女でした。
兎族に多い白髪は美しく束ねられ、その登頂のお美しいお耳を引き立てている。
はわわあ…お母様と並ぶ美しさ!
「ああ、雪姫。このお嬢さんが躓いてしまったから起こそうとしていただけだよ」
さきほどまでの冷たい声と打って変わって蕩けるほどに甘い声。
お?これはこの方雪姫様とやらにめろめろなのでは!!
おもわずその美少女をきらきらとした目で見つめれば、にっこりと微笑まれた。
「そちらの方が?お怪我はありませんの?」
おっとりと話しかけてはくれているものの、わたしに対してはあまり好意的ではなさそうだ。
当たり前ですけれど。何せ劣等種。何せ異端。
「ございません、お気遣い感謝いたします。お見苦しいところをお見せし申し訳ございませんでした」
わたしは素早く立ち上がり、優雅さなどは全部丸めてぽいして(もともと欠片くらいしかないけど)全力疾走して逃げ出せたのでした。
ありがとう雪姫様!!
兎王があのあたりにいたってことはもしかすると"触媒"もあったのかもしれないけれど、それは後だ。
全力で部屋へ駆け込み、へたりこんだ。
「こ、この感じならわたし何もしなくても大丈夫なのでは…」
むしろ何かすればするほど墓穴を掘るのでは?
であれば予定は変更。
わたしはこの部屋に全力で引きこもり、今後一切王とは会わない!
それに限る。
そうと決まれば、とわたしは裏庭に生えていた桃をもぐことにしたのだった。
だってもう小姓スタイルで外出できないしね!
当分のごはんはこの桃だ。
幸いにしてたわわに実っているし、しばらくは大丈夫でしょう。
この雛の体はまだ15歳なので、果たして育ちざかりの体が耐えうるかはわからないけれど。
毛色は違いますがよかったらこちらもお願いします。完結済みです。
『光の勇者は竜の姫と月の騎士に執着される』
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