11.溺れるほどに愛される後日談-戌
「雛、今日はお前の好きにしてくれ!」
開口一番、何言ってんだこの人。
と思ったわたしは悪くないと思う。
どうやら定期的に紅さんの耳や尻尾に触れていることを知ったらしくこの結論に至ったらしい。
え、いいの?
犬王陛下の尻尾はふっさふさで毛並みが良さそうで、いつもさわりたいなと思っていたのだ。
「ああ、そうだ。俺のことは陵と呼んでくれ」
「はい、陵さま。あの、本当に触れていいのですか?」
耳にも尻尾にも?と視線で尋ねる。
「ああ、もちろんだ。念入りに手入れしてきたぞ!」
ぶんぶん振る尻尾がかわいい。
この方は普通にしていれば本当に普通に犬っぽい。
では、と失礼してもふもふの尻尾に手を沈める。
「ふわあ、本当につやつやですべすべでもふもふ…」
うっとりと無心で尻尾を撫でていると、陵さまもわたしの頭を撫でてきた。
「お前の髪も艶々ですべすべだな」
「侍女のみなさまの御力ですね!」
わたし手製のいいかげんオイルではなく、椿油の高級オイルで髪をケアしてくれているおかげで、今のわたしは艶々の黒髪だ。
やまとなでしこだ。
小野小町でもいい。
「少し遊んでもいいか?」
という問いに、よくわからないまま頷く。
「俺には妹がいてな。昔はこうして髪を弄ってやっていた」
意外にも手つきは繊細で、丁寧で、あっという間に複雑な髪形が出来上がっていた。
え、なにこれどうなってるの?
頭のてっぺんに耳のようにとんがったお団子を作られた気がする。
「…?いぬ?」
呪術で出してくれた鏡で確認すると、犬の耳っぽい。
「ああ、揃えてみた」
ちょっとだけいたずらっぽく笑うその顔で、遊んでいるのだと判断。
随分こどもっぽいことをされる。
だけど同じ鏡に映りながらうれしそうに「ほら」なんて自身の耳を引っ張るお姿はなんというかきゅんとしてしまう。
かわいい。
思わずその耳に手を伸ばすと、少しびっくりしながらもふにゃりと笑う。
再びきゅんとしてしまった。かわいい。
この…大型犬かわいい…
前世で飼っていた犬を思い出す。
大きくて、ちょっとだけおバカだったけれど優しいいい子だった。
思わず、わたしの頬も緩む。
「んんッ…!?どッどうかしたか?」
急に咽る陵さまの背をぽふぽふと叩いてあげつつ首をひねる。
「どうもしませんが…」
「い、いや今すげえかわいい顔だったぞ。俺に向けたものではないだろう」
こほん、と咳払いのあとじとっと見られてなるほどと手を打つ。
「わたしが飼っていた犬を思い出しました、すみません」
「俺を見て、か!?」
あ、失礼だったな、ということに思い至った。
それはそうだよね、飼っていた犬に似ていたとは失礼極まりない。
しかも王様に。
「…いや、その犬は元気か?」
「いいえ、すでに死んでしまっています。」
わたしが、だけど。
「そのように寂しそうな顔をするな。ほら、俺でよければいくらでも撫でられてやる」
ずいっと目の前に差し出された耳に笑ってしまう。
「ありがとうございます、陵さま」
わしゃわしゃっと耳を撫でると、不意に陵さまの巨体がびくりと震える。
「…?どうかしました?」
さっきの逆だなあと思いつつ尋ねると、「なんでもない、気にするな」というお返事。
けれどここから見える首筋が随分赤くなっているような。
わたしに合わせて頭を下げるのは息苦しかっただろうか、と陵さまの顔を覗き込むと、そちらも真っ赤だ。
「陵さま、息が苦しかったですか?」
そっと顔を手で包んで持ち上げると、ぎらついた目。
ああもうこれ何回目だ!!
「いや、だが、」
何かもごもごと言いながらその場で押し倒され、陵さまの膝がわたしの太ももを割り開く。
「りょ、陵さま、ひっ」
その姿勢のまま、ごつっとわたしの顔の横に額を打ち付けている。
「陵さま…?」
「すまん、少しだけ黙っていてくれ」
もくもくと床に額を打ち付けている大型わんこが憐れでならないのだけど、これはわたしを思ってくれているということだろうか。
いやまだ膝は股の間にあってそれをまず退けて欲しいんだけど。
「ふーッ。すぐ飛ぶのはいかんな。さて、雛。俺に口付けてくれ」
え、この流れでは嫌だなあと思いつつ身動きも取れない。
頭を少し浮かせることくらいしかできないのだけど、と戸惑うとゆっくりと陵さまのお顔が近づいてくる。
残り1cmほどのところでぴたりと止まったので、ちょっとだけ頭を浮かせて口付けた。
案の定そのまま床に押し付けられるようにキスされる。
「ん…んん!!」
ぞわりと背中が粟立ったのは、執拗に舌で舐められているからだ。
犬のようだとは思いながらも明確に、何かが違う。
流石にこれ以上は許すまいとぎゅっと口を閉じているのだけれど、それを割り開くようにぐいぐいと舌で押してくる。
「んんんんん!!」
これ以上は、と思った瞬間、陵さまの体がひっくり返った。
文字通り仰向けにころんと。
「…??」
まだわたしは何もしていない。
「ぐぅッ…誰だ邪魔したやつ…ああ、猿王か。いやこの場合は助かった、か」
頭をくしゃりと掻きながら、わたしに「大丈夫か?」なんて聞いてくる。
いやむしろ怪我をしているのは陵さまのほうでは。
額は赤くなっているし、多分後頭部にはたんこぶができている。
思わず仕方がないなあと笑うと、庭にでて草を採集する。
それを調合し、差し出す。
「はい、これ飲んでください。お薬です」
「おお、悪いな!」
なんのためらいもなく口に含むと、額も後頭部も治ったようでほっとした。
「すまんな、雛。俺はどうも欲に負けやすい。その猿王の術具がなければお前に吹き飛ばされていただろうけどな」
「確かにあと数秒遅れていればわたしは陵さまを蹴っていました」
「はは、お転婆だな俺たちの花嫁は」
何故か嬉しそうに笑うと、わたしの頭もくしゃりと撫でた。
多分犬耳のお団子も解けてしまった。
「これからもお前が嫌だと思ったら遠慮なく殴ってくれ。俺はお前を傷つけたいわけじゃねえからな」
さわやかな笑みを浮かべつつ言っていることは割と最低なので、それがなんだかおもしろくなってしまって。
わたしは久しぶりに声をあげて笑ったきがする。
この人はわたしを少しだけ笑わせてくれる人だ。
毛色は違いますがよかったらこちらもお願いします。完結済みです。
『光の勇者は竜の姫と月の騎士に執着される』
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