7.溺れるほどに愛される後日談-午
「雛ちゃん、入ってもいいかな」
來姫様と入れ替わり、つまり一番時間通りにきたのが彼だった。
もう少しゆっくりしてきていいんですけど。
仕事をしろ。
「どうぞ」
この人は白馬の鬣のようなふさふさの髪に、優しいオレンジの瞳を持つイケメンだ。
青年くらいの御年に見える。わたしの感覚でいうと30歳~35歳くらい?
牛王陛下と同世代で、見た目も同じ年位に見える。
牛王陛下ほどじゃないけれどがっしりした腕と、高い身長。
体の大きい部類に入る人だと思う。
一見穏やかで優しい人なのに、タダでお願いを聞いてくれない人でもある。
わたしの中で地味に警戒度の高い方だ。
病んでる度も高い気がしている。
「私のことはこれから幽と呼んでくれるかな?」
こくりと頷くと満足気だ。
「今日は雛ちゃんが私の望みを聞いてくれたから、お願い、聞いてあげるよ?」
おお、なんとギブアンドテイクの精神を持っていたらしい。
いつもわたしから何かを巻き上げていく人というイメージだった!
けれど特にお願いごとはないのだ。
王であれこの部屋に勝手に入ってこないで欲しいくらいで。
言ってみる?でもこれで機嫌損ねたりしたらあとが面倒だしなあ。
「幽さま、今は思いつきません」
正直に言うと、首を傾げられた。
「なんでもいいんだよ?あるでしょ?」
「う…だって、怒られてしまいます」
「怒らないよ、言ってみて」
緩く目を細める優し気な表情に、今なら大丈夫かな?かなり上機嫌だし…という考えに至る。
「その、わたしの部屋に勝手に入ってくるのは困るというか…」
「ん?」
笑顔のまま圧かけてくるのやめてくれ!!
やっぱり怒らせた!!
「ああ、違う違う。今のは雛ちゃんへの怒りではないよ。勝手に入ってくる王がいるんだね?」
あれ?結構当たり前のように最初の3人は入ってきたような。
こくりと頷くと、何かの呪術を使ったようだ。
「ごめんね、雛ちゃん。怖かったんだね」
「怖いというかびっくりします。」
よしよしと慈しんでくれるところは嫌いではない。
「さて、この話を聞く王。誰かまでは特定しないけど、もうだめだよ。」
はあ、とあきれたように溜息を吐いている。
「もうないから安心して」
と微笑まれて、わたしも素直に「ありがとうございます」とお礼が言えた。
「うーん、でもこれはお願いにならないね。他にない?」
「ええ、他に…ええと…」
ない。本当にない。
欲しいものもなければしてほしいことも思いつかない。
うんうん呻っていると、「そんなに困る?」と笑われた。
つい最近まで清貧生活だったのだ。あるわけがない。
「本当になくって…あ」
「ん?思いついた?」
「はい!あの、以前わたしが天空領から落ちた時に案内してくださった方がいるんです!」
「…竜族の平民だね?」
「はい!その方にまたお会い…で…きない…ですよね!!」
ばっと急いで顔を背けた。
笑顔のまま目の奥が笑っていないこの顔は明確にお怒りの顔だ。
あの方平民だから、もしかしたらわたしの好きな本とか髪紐とか庶民のアイテムをおつかいしてきてくれないかなって!
それだけだったの!!
兄様や母様にお願いしてもいいんだけど、折角なら竜族領のものを見てみたかったのだ。
「理由を、説明できるかな?」
「ぴッ!!」
顎をぐいっと掴まれて目を合わせられて、変な悲鳴が漏れた。
うわ超怖い。
「あの方、平民なので、竜族領の平民のものを買ってきていただこうと…」
「…は?」
「え?」
急に力の抜けた幽さまにわたしも間抜けな顔を晒してしまう。
「あの男に興味沸いたとかじゃないんだね?」
「興味、ですか?」
「雛ちゃんがあの男に恋をしてしまったんじゃないかって不安なんだよ」
ぎゅっと抱き寄せられてちょっと苦しい。
「いえ、そういうわけでは。」
どんな思い違いだ、とあきれた声が出る。わたしだって自分の立場は一応理解しているつもり。
「じゃあ好きな人っていうわけじゃないんだね?」
なんだか嬉しそうな声だけど、変なの。
「ちがいますね。好きな人はいませんし」
「…だれも?」
「え?はい。だれも。強いて言うなら來姫様です」
きっぱり言えば、なんだか固まってしまったらしい。
好かれてるとでも思ってたのかな、この方たちは。
そんなわけないでしょ、好感度を上げる努力をしろ。
「…いや、まだ仕方ないね。私たちの努力不足だ」
1トーン低い声に、嫌な予感がした。
「そう、雛ちゃんは命令なら好きでもない人に口付けしちゃうんだ」
そういう命令したのお前らじゃん!!とは言わない。
そう、わたしは空気が読める。
「ゆ、幽さま」
やんわり落ち着いてもらおうと胸元を少し押してみるが、びくともしない。
まあわたし足がついてないから踏ん張れもしないんだけど。
「じゃあ、口付けて?」
この流れで!?
どういう神経してんだこの人!!
「私に口付けるということは、私たちのことが好きということにするね。」
今違うって言ったのに!?
「だから、好きじゃないなら雛ちゃんからする必要はない」
ん~?こて、と首を横に倒す。
何言ってんだこいつ。
「でも、口付けないってことは雛ちゃんは約束を破ることになっちゃうね」
片手で抱えなおされ、空いた手で頭を固定された。
うわ、びくともしない。
「どうする?私に口付けるか、約束を破っちゃうか」
「ち、ちなみに約束を破るとどうなるのでしょうか」
いやこれ聞かない方がいいっていうのはわかってるんだけど…!
こういうところがわたしの愚かなところなんだけど!!
「そうだねえ、全ての王から約束を破った罰を受けるだろうね」
「罰…」
「うん。例えば雛ちゃんが嫌だなって思うことをされちゃうとか、ね」
明確に何とは言わないところが恐ろしい。
幽さまにとっては多分わたしがどちらを選んでもいいのだ。
っていうかどっちかを選ばなきゃいけないっていうのはおかしいんだぞ本当は!!
でも逆らいたくない、なぜなら怖いから!!
まだどちらか選ばせてもらえるだけましなのだ。
本当は嫌だけど仕方がない。
どっちも嫌だけどマシな方を選ぶしかない。
「う、」
「約束を破るなら私から口付けてしまおうか。深くて、とろけてしまうような」
低く甘い声で囁かれて、何故だかわからないけれど腰に来たらしく、がくりと力が抜けてしまった。
な、なにこれ呪術!?
「ああ、刺激が強かったんだね。可愛い。」
ちゅっと頬にキスされて、逃げたいのに体がちょっとも動かない。
なななななにこれ!!
腰砕けってやつなのかこれが!!
「し、します…」
漸く震える声でつぶやいたのを、幽さまはきちんと拾ってくれた。
馬は耳がいい。
「そう、雛ちゃんは照れ隠ししたんだね。私たちのこと、好きなんだ」
にこっと微笑まれ、嫌々頷いた。
辛うじて少しだけ動く手を幽さまの頬に添え、緩慢な動きでそっと口付けた。
やり遂げたという達成感にそのまま力を抜いてしまったのが悪かったのか。
わたしの頭に添えられていた幽さまの手に力が入り、動かなくなってしまった。
「好きな人同士なのだから、口付けくらいはしないといけないね?」
この人洗脳でも使えるのだろうか。
いやまだそんなこと考えられているうちは大丈夫か。
軽いリップ音を何度も立てながら顔中にキスされた。
尚、まだわたしの体は言うことを効かない。
「ぷ、あ、もう、」
限界です!と言いかけた時やっと解放された。
この人たちみんなわたしを酸欠に追いやるな!!
殺す気か!!
ぜえはあと息をしていると、「今日もいいお約束ができたね」と笑われた。
多分こうやっていつか心も囲い込まれるんだろうけど、まだ大丈夫だ。
その証に少し動けるようになったわたしは、"眼力"と麻痺薬の2重使用でしばらく幽さまを動けなくしてやったから!!
その功績(?)が認められて、なんと後日あのごろつきさんを呼んでくれることになった。
楽しみ!
毛色は違いますがよかったらこちらもお願いします。完結済みです。
『光の勇者は竜の姫と月の騎士に執着される』
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