哀の御旗の下に 前編
実在の何ちゃらかんちゃらとは一切関係ございません
1.クソゲーマー、立ち上がる
幸せにおなり。
バージンロードの上、組んでいた腕を解き娘にそう告げた時、私の役目は終わったのだと思う。
妻に先立たれた私を心配してくれたのだろう。
成人してからも娘は家に留まってくれていたが、それももう終わり。
本当の意味であの子は巣立って行った。
心配はしていない。私の義息子となる男は信の置ける者だから。
途中からは男手一つで育てた子だ、寂しいという気持ちは一際強い。
でも、私のワガママで娘の道を邪魔したくはない。
だから、精一杯の笑顔で見送った。
うん、多分そこが契機になったんだろうね。
翌日、会社の取締役会で私は引退を告げた。
六十六歳、年齢としてはもう少しやっていけるだろう、周りも突然のことに驚いていたよ。
裸一貫から始め、艱難辛苦の果てに世界でも有数の企業に育て上げた我が子にも等しい会社だ。
未練がなかったわけじゃないが……これで、これで良かったんだと思う。
老人が何時までも若人の道を塞いでいるのもみっともないしね。
反対の声を押し切り、諸々の引継ぎを終わらせ、私は完全に自由になった。
「…………これから、どうするかな」
これまで以上に広く感じる自宅のリビングで一人ごちる。
金の心配は要らない。
退職金も貰ったが、総資産からすれば微々たるもの。
ここから百まで贅沢三昧で過ごしても百分の一も減らんだろう。
娘も十分過ぎる遺産を受け取れるだろう。
(まあ、あの子は興味なさそうだったがね)
私はいわゆる成金に分類される男だ。
若い頃は、一際プライドも高かったからね。
馬鹿にされぬようにと特別、品性には気を遣った。
それは娘も同じ。お嬢様らしい振る舞いをしろと言ったわけじゃない。
本当の正しさと美しさを見据え、そう在ろうと努力できる人間になれと教育をした。
……まあ、そうは言っても私は殆ど役に立たなかったんだがね。
妻という立派な手本があったから、私の存在など誤差程度だ。
ともかく、娘は立派に育ってくれた。
だからこそ、私の遺産も最低限――思い出の品々などで十分。
残りは寄付するなり私が好きに使うべきだと言ってくれている。
だが、
「そうは言ってもねえ」
何に使えば良いのか。
車……はありと言えばありだが、私も歳だしな。
いずれは免許も返納するし自分で乗り回せなくなる。
車は自分で運転するから楽しいんだ。
服……についてはこれまで通り。
隠居したからとて身なりを疎かにするつもりはない。
だが、これまでよりも使う金は減るだろう。
「となると……新しい趣味……いや待てよ」
子供の頃の夢を叶えるのはどうだろう?
子供の頃、欲しかった物も今なら望むだけ手に入れられるはずだ。
だが、私はどんな物が欲しかったのだろうか。
もっと言えば、子供の頃夢中になっていたものとかあったっけ?
記憶を辿り、
「あ」
思い出す。
そうだ、私はゲームが好きだったのだ。
と言っても今主流になっているフルダイブのVRゲームではない。
テレビに繋いでプレイする、テレビゲームだ。
「…………懐かしいなあ」
私は子供の頃からひねくれた性根をしていた。
だからだろうね。
皆が面白いと推すような、メジャータイトルには頑として手を出さなかった。
評判を調べて買うなんて一度もしたことがない。
まあ、そんなだから……ねえ?
ハッキリ言うと私が手を出したゲームはクソゲーと呼ばれる類のものばかりだった。
当然である。大衆に受けるものというのは最低限、面白さが担保されているのだ。
大作シリーズが発売される度、ゴリ押しうぜえ、CMも見飽きたよ。
などと昔の私は吐き捨てていたが、偏屈が過ぎるというもの。
マンネリや微妙な不足はそれなりにあれども、
バンバン広告を打つ類のゲームは一定の満足感を与えてくれるんだよ。
「今思うと、若さだな。いやはや、恥ずかしい」
隠れた名作なんてそうそう出会えるものじゃない。
クソゲーにばかりぶつかった若き日の私。
面白くないと分かったらプレイを止めてしまえば良いのにね。
プライドの高さが邪魔をして、どうしても最後までクリアしてしまう。
やり込み要素があるなら苦行のような二週目にも挑んだっけ。
「ふふ」
そんなことを繰り返していたせいだろうね。
何時しかクソゲーでなければ満足出来ない身体にされてしまったんだ。
まあ、それでもゲームをやっていたのは大学三年の春ぐらいまでだが。
就職活動のためゲーム断ちをして、そのまま……一時のつもりだったんだがね。
「久しぶりにクソゲーをプレイするのも悪くないが」
その前に、語らいたい。
クソゲーの思い出を誰かと分かち合いたい。
そんな欲求が沸々と湧いて来る。
当時、周りにはクソゲー好きなど居なかったしね。
思い立ったが吉日。
私は私室に戻り即座にネットを立ち上げ検索を開始するも、
「…………駄目だ」
望んだ結果は得られず。
いや、クソゲー好きが集まる掲示板やチャットは見つかったんだがね。
それはあくまでVRのクソゲーなんだよ。私が語りたいのはテレビゲームのクソゲーなんだ。
「でも、よくよく考えると大昔の話だからな」
テレビゲームを好むレトロ趣味のゲーマーは居る。
しかし、彼らがプレイするゲームは私の趣向からはかけ離れた名作ばかり。
好んでレトロなクソゲーをプレイしようという馬鹿は居なかった。
「いや待てよ? 無いなら作れば良いじゃん」
そうだよそうだよ。
会社を立ち上げたばかりの頃は金なんかなかったからね。
プロに頼むことも出来ず、独学でサイトを立ち上げたものだ。
今は当時よりも、簡単に凝ったサイトを作れるはず。
観覧数を稼ぐノウハウが通じるかは分からないが……ものは試し。
どうせ時間は有り余っているのだから、トコトンまでやってやろうじゃないか。
「はは、ワクワクして来たな!!」
昔と違い資金は潤沢なのだ。
プロに依頼した方が良いに決まってる。
だが、クソゲーへの情熱を取り戻した今の私は理性的な”経営者”じゃない。
今の私はひねくれた小僧――いやさ、頑迷で面倒な偏屈老人なのだ。
「む」
腹の音が私の意識を引き戻す。
窓の外を見れば空は茜色になっていた。
サイト作りに没頭するあまり朝食も昼食も忘れていたとは……いやはや、私も若いなあ。うん。
「とりあえず、作業はここまでにするか」
まだまだ詰めたい部分はあるけれど大まかには完成した。
人が訪れるかは分からないが……まあ、気長に待つとしよう。
当初のクソゲー語りをしたいという欲求からは外れてしまったが、
「充実した時間を過ごせたし問題はないな」
だがそれはそれとして腹が減った。
「夕食の準備……あ、洗濯もしなきゃならんし風呂掃除もだな」
慌しくリビングを後にする。
すこーんと忘れていた家事と夕飯を済ませ、入浴を終わらせる。
湯上りの心地良さのまま晩酌を始めたのだが、
「あ」
時計の針が頂点で重なった頃にようやく思い出す。
そういやサイト開きっぱなしで放置してたわ。
こりゃいかんと私室に戻り画面を覗き込み――固まる。
「これ、は……」
人が居る。
チャットルームに、それも五人も!
しかもこれ、最初に来てくれた人は三時間前から待機してくれている。
一番遅く入室した人も一時間前。
彼らは一言も発さず、チャットルームに居る。
これは、でも、まさか。
「……」
私は恐る恐るチャットルームに入室した。
管理人が入室しましたという表示が出るや、五人は即座に挨拶を返してくれた。
「彼らは……そうか、私だけじゃあ……なかったんだな」
言われなくても分かる。彼らもまた、餓えていたのだ。
同好の士との語らいに。
だから、その場を提供してくれた俺を立てて今の今までダンマリを貫いてくれた。
管理人>--はじめまして、そして……ありがとうございます。
音声認識は滞りなく行われ感謝の気持ちがチャットに載った。
するとどうだ、待ってましたとばかりに次々と反応が返ってくる。
純くん>--こちらこそありがとうございます。
サイト内に記載してあった掃き溜めリストについて語れる場を提供して頂き感謝の念に堪えません。
遥か彼方に消え去った青春が帰って来たような気分です。
ペガサス>--あのラインナップは懐かしさと同時に反吐が込み上げて来ますね。
昔日の怒りと殺意を思い出し血圧上がりましたよ、ええ。
カーネル>--薄々そうじゃないかと思ってましたが、やっぱり皆さん……いやよそう。
年齢は関係ない。大事なのはクソゲーに対する偏執ですからね。
何の益も生まない偏執を持てるのなら三歳児だろうがくたばりかけの老人だろうが関係ありません。
なっちゃん>--ところでこのサイト、今日……日付的には昨日、開設されたんですよね?
だと言うのに物好きが管理人さんを除き同日に四人も集まるとは……。
いえ、私も時たまそういうサイトがないか検索はしていたんですがね?
管理人>--クソゲーシンクロニシティと申しましたか。
純くん>--ニトログリセリンでしたっけ?
ペガサス>--それ、デマですよ。多分、知識の出所は……エフッエフッエフッエフッ。
カーネル>--私的には創作とはいえ、あの生物の存在はちょっと複雑。
なっちゃん>--あれ結局、作者の方が亡くなるまで何作出たんでしたっけねえ。
管理人>--全員、ネタが分かってて草。
ペガサス>--草とか死語過ぎて草。
カーネル>--クソゲーを語り合うサイトなのに漫画の話題で盛り上がってて草。
なっちゃん>--おハーブが生えますわ。
純くん>--これは……あれですね。
管理人>--ええ、私達はクソゲーを語らう友と場を望んだ。
しかしいざ語らうとなると数々の苦い記憶が蘇り億劫になる。
誰か切り出せよと思いつつ、様子を窺っている状態でしょう。
ペガサスト>--冷静な分析に草。
なっちゃん>--誰か切り出しても良いんですよ?
カーネル>--こんな時間にクソゲートークとか翌朝に響くでしょッッ!!
管理人>--歳を取ると身体は脂っこいものを受付なくなりますが、心はクソゲーを……?
純くん>--ボケを疑われる発言ですな。
管理人>--婆さん、飯はまだか……婆さん? そうか、婆さんはもうおらんのじゃったか……。
なっちゃん>--物悲しいボケは止めて!!
管理人>--いやボケじゃなくてマジです。まあ、ネタに出来る程度にはね?
ところで皆さんハニーだかダーリンだかは知りませんが、
夫婦でクソゲーというのも趣深いと思うんですがどうでしょう?
ペガサス>--リストの内、どれをやらせても開始十分で相方キレるわ。
純くん>--うちのカミさんなら三日は口を利いてくれないだろうなあ。
カーネル>--うちのワイフは淡々と何故こんなことをやらせたのかと問い詰めてきそう。
なっちゃん>--独り身の寂しい老婆が通りますよっと。
管理人>--ごめんなさい。
純くん>--ごめんなさい。
ペガサス>--ごめんなさい。
カーネル>--ごめんなさい。
なっちゃん>--悪い、やっぱ辛えわ(泣きながら)
カーネル>--そりゃ、辛えでしょ。
純くん>--ちゃんと言えたじゃねえか。
管理人>--聞けて良かった。
ペガサス>--あれ? 私ハブ?
管理人>--どうでも良いけど、話題が一歩前に進みましたね。
純くん>--ええ、ゲームの話題になりましたよ。
カーネル>--クソゲーまであと何マイル?
なっちゃん>--ガンガン縮めて行くからよ、止まるんじゃねえぞ……。
管理人>--遠ざかってんじゃねえか!
ところで皆さん、ソフトやハードは今も所持してたりします?
ペガサス>--あー……いや、それは……成人を境に一旦遠ざかってそのままン十年……。
純くん>--同じく。自分で捨てた覚えはありませんが恐らくは……。
カーネル>--私も私も。ハードはレトロもレトロだが、手に入れられないこともないでしょう。
でも、ソフトとなると……うーん、今入手するのは難しそうですねえ。
なっちゃん>--神作、名作、良作は今でもある程度は手に入るんでしょうけどねえ。
格差が酷過ぎて何か泣けてきました。
カーネル>--肌の色と違って差別しても何ら問題はありませんからね。
純くん>--差別というより当然の区別というか。
ペガサス>--クソゲーと良作ゲーを同列に並べるのは、
ゴキブリとカブトムシを一緒にするようなもんでしょ……殺されちゃう。
次から次へと言葉が湧き出す。
取り留めのない、まるで子供のような語らいは明け方まで続いた。
2.邂逅、クソゲーマーズ
クソゲーファンサイト”コキュートス”を立ち上げてから二日目の朝。
私は手早く外出の準備を済ませ、家の前に待たせていたタクシーに乗り込んだ。
隠居決め込んだジジイがこんな早くに何を? 無論、オフ会の準備のためである。
オフ会って何の? そらクソゲーを愛するロクデナシどものオフ会に決まっている。
あの日、初めて同好の士と語らったあの夜。
純くんさんがこう言ったのだ。
クソゲー以外の話題でもこれだけ盛り上がるのだから、
クソゲーについて語り始めればこれまでの比ではないぐらいに白熱する。
どうせなら、顔を合わせて直に語り合わないか? その方がきっと楽しい……と。
私含め、全員が即座に賛意を示した。
二日で集まれるのかよと思うかもしれないが隠居した暇人の集まりだからな。
平日であろうと集まろうと思えば簡単に集まれる。
全員が都内に住んでいたのも幸いだった。
場所の提供、並びに食事等は管理人である私が買って出た。
最初はどこかの料亭か旅館でも貸し切ろうと思ったが……。
(それで気後れしちゃ楽しい話し合いが台無しだからな)
手配したのはとある公民館。
丁度、使用の予定が入ってなかったのとマネーパワーで押し切らせてもらった。
(ああ、年甲斐もなくワクワクしてるな)
クソゲーを語りたくてサイトを立ち上げたが、
肝心のクソゲーについてはまだ話し合っていないというのもある。
早く非生産的なトークをしたくて細胞が期待に震えているのだ。
(チャット越しでも伝わってたからな、見識の深さが)
私だけじゃない。他の皆さんも思ったはずだ。
表情も呼吸も伝わらないネット越しであっても、自分たちは同じ穴の狢であると。
集まった時点で確定だが、言葉を交わしたことで言い逃れが出来ないレベルになった。
(ただ一つ残念なのは……)
オフ会の準備と並行して進めていたクソゲーの手配だ。
ハードは既に届いたのだがソフトの方がな。
何本か見つかりはしたのだが、まだ届いていない。
今日届く場合は件の公民館に持って来るよう頼んでおいたが……望み薄かもしれない。
「お客さん、着きましたよ」
「ああすまない、ありがとう」
支払いを済ませ公民館の中に入る。
玄関先にはオーダー通りちゃんと懐ゲー同好会という看板が立てかけられていた。
いや、正直に名乗っても良かったんだがね。
近くに小学校とかあるからさ。子供の目に入るのに”クソ”とかは良くないかなと。
「うん、うん。よし、よし」
話し合いに使う予定の会議室の中をチェックする。
清掃はしっかり行き届いてあるし、手配した椅子やソファなども設置されてある。
使い終わったら寄贈するからと買った品を持ち込んだが正解だったな。
文句を言いたくはないが、本来ここにあった物じゃジジババに長時間はきつかったろうし。
満足げに頷いていると、扉がノックされた。
「! どうぞ」
隠し切れない喜びに声が弾んでやしないか?
そう思いながら入室を促し、
「失礼致します」
扉が開かれる。
「「――――」」
互いに絶句。
現れたのは総白髪のどこか獅子を想起させる翁。
私は彼を知っている。いや、彼を知らない者の方が少ないだろう。
「…………ひょっとして、純くんさんですか?」
「…………はい。純くんこと大泉純次郎です」
大泉純次郎。
必要だと思えば灰色や黒の領域にも平然と足を踏み込む剛胆さで辣腕を振るった元首相。
世界を覆う暗黒時代を乗り切れたのは彼の手腕によるものだと誰もが言う。
「管理人さんは……淀夜恒康さん、ですよね?」
「ええまあ、ご存知でしたか」
「暗黒時代の荒波の中、頭角を現し零細企業を世界的な大企業に育て上げた伝説の男。
知らない方がおかしいでしょう。まあ、私との付き合いは残念ながらありませんでしたが」
まあ、そこらはね。ちょっと難しい事情がね。
周囲の人間やかつて仰いでいた政治家先生の面子もあるしね。
「しかしまあ、何と言いますか」
「ええ」
互いに気恥ずかしくなる。
だが、今日この場において――私たちの付き合いにおいては余分なものでしかない。
だから、
「クソゲー……好きかい?」
「ああ、大好きさ!!」
ガシ! っと握手を交わす。
「大泉さん……いや、純くんさん。楽にいきましょう楽に」
「はは! ああ。そうさせてもらうよ管理人さん。そちらも敬語は要らんよ?」
「ああいや、これは癖でして。娘の教育にとなるべく丁寧な言葉遣いを心がけていたら自然と」
「商いのためではなく娘のためか」
「ええ。お陰で良い娘に育ってくれましたよ。まあ、そちらのご子息には負けますが」
「何、あれはまだまだだよ」
椅子に座り談笑しているとコンコン、と控えめなノックの音が聞こえる。
二人してニコリと笑いどうぞ、と声をかけると……。
「失礼致します」
現れたのは和装の老婦人。
老齢とは思えぬシミ一つない透き通った白い肌に柔和な顔立ち。
老いの美しさを体現する彼女は、
「「棗雅」」
「これは……」
あちらも私たちの顔を見て驚いているようだが、それはこっちもだ。
かつて最も美しい日本人と世界で讃えられた往年の名女優。
うちの会社でも何度かCMに起用させてもらったことがあるし、何なら昔サインも貰ってる。
いや、娘にねだられたんだよ……ま、まあ私もぶっちゃけ欲しかったけどさ。
「えーっと、その……な、なっちゃんです。そちらは純くんさんと……」
「管理人です」
「淀夜会長があのサイトを……」
「元ですよ元。今はただのしがないクソゲーマーです」
「俺もそうさ。元総理という肩書きよりも面倒なクソゲーマーという肩書きが性に合ってる」
そう告げると棗――いや、なっちゃんさんは口元に手を当て上品に微笑んだ。
大和撫子はかくあるべし、そう言わしめた女は些細な振る舞いからして違うな。
「では私も元女優ではなく趣味の悪いクソゲーマーという肩書きを名乗りましょう」
すげえ!
私や純くんさんがクソゲーマーって言うのと全然違う!
同じ言葉を使ってるのに品格がダンチだ!
「――――ならばさしずめワシは頭のおかしいクソゲーマーと言ったところかな?」
「Oh……crazy……っと、そっちがそうなら私は体育会系クソゲーマーを名乗るとしよう」
開かれていた扉から更にジジイが姿を現す。
片方は白衣姿で片目に黒い眼帯をした偏屈そうな爺さん。
もう片方はやたらガタイの良い恐らくは米国人。
「本名の自己紹介は要らんだろうしHNを名乗るぞ。ワシがペガサスじゃ」
「天馬博士や他の御三方はそうだろうが、私はそうもいかんな。
私はデイビッド・プリスキン。サイトでのHNはカーネルを使わせてもらっていた」
ペガサス――天馬十蔵博士は私も知っている。
AI分野の権威。完全な人間を造り出したとも言われる孤高の天才だ。
昔、何度か口説きにいったがすげなく断られた。
とはいえそのことについての遺恨は欠片もないがな。
今の私はしがないクソゲーマー、あっちは頭のおかしいクソゲーマーだし。
「やれやれ、こうもビッグネームが揃っていると肩身が狭いな」
葉巻を吹かしながらカーネルさんが苦笑している。
その言葉に待ったをかけたのは純くんさんだった。
「謙遜は日本人のお家芸だぞプリスキン元大将。
ある意味、この場に居る誰よりも君は偉大な男だろうに」
「どういうことでしょう?」
はてなとなっちゃんさんが首を傾げる。
「元米海兵隊の大将というだけでも十分凄いが、
彼は暗黒時代の全盛に第三次世界大戦を未然に食い止めた偉大なる英雄なのさ。
細かいことは機密ゆえ話せんが……彼が偉大な男であるのは俺が保証しよう」
いや、第三次世界大戦云々も機密だろ。
起こる起こる言われてたけど後になってみれば杞憂でしかなかった。
それが世間一般の共通認識なんだし。
「何、秘密を共有した方がもっと仲良くなれるだろう?」
茶目っ気たっぷりに微笑む純くんさん。
「それに、だ。流石の俺も言う相手は選んでる。
君らなら大丈夫だ。それとも何か、俺の人を見る目を疑うのか?」
自信満々の表情。
大泉純次郎にこの顔をされてしまえば、こちらとしても白旗を揚げるしかない。
「困った爺さんだ……ま、それはさておき管理人さん。身の上話よりも……なあ?」
「その通りだ管理人さん。ワシらにはもっと……あるだろう?」
「ックク……ええ、ええ! そうですね」
酷く馬鹿馬鹿しくて、やり場のない怒りをやり切れない虚脱感漂う地獄のような話題がね。
「管理人さん、音頭を取ってくださいまし」
頷く。
「ではこれより! 第一回、クソゲー大好き老人会を開催しまぁあああああああああああす!!!」
「「「「YEAHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHH!!!!!」」」」
ホワイトボードの前に向かい、ペンを走らせる。
デジタルなものもあったが、敢えてクラシカルなものを用意させてもらった。
「早速ですが最初のテーマ! あなたが思うクソゲーに欠かせない要素とは!?」
まずはそこらの認識を共有しておこう。
そうすれば後の話題でも盛り上がること間違いなしだ。
「クソゲーをクソゲー足らしめる要素は数多くあります。
ですが、頭が発酵した皆さんなら……あるでしょう? こだわりが。
クソゲーにはこれがあって欲しい! いや、なきゃいけないだろうという何かが!!」
「当たり前じゃァ!!」
「ですよね! というわけで語り合いましょう。まずは私から、良いですかね?」
全員が頷くのを確認し、俺は語り始める。
「私が思うクソゲーに欠かせない要素――それはずばりUI!!」
「「「「あー……」」」」
全員の表情が一変する。
仄暗い怨念が入り混じるその顔を見るに、
全員何らかの糞UIに苛つかせられた経験があるようだ――ま、当然だな。
「ちゃんとしたゲームはね、そこらもしっかり考えてあるんですよ」
少しでもユーザーの負担を減らそうという製作側の気遣い。
それはユーザーに気付いてもらえなくても良いのだ。
無論、気付いてもらえたら嬉しいだろうさ。
でも、彼らは気付けと強要することもなければ誇りもしない。
それは何故か。
良いゲームを作りたいという向上心。
自分たちの作ったゲームをストレスなく楽しんでもらいたいという真心。
そんな情熱と優しさを備えた尊敬すべきクリエーター達だから。
だから誇示しない。ひけらかさない。
「だがクソゲー作る連中にはそんな宝石のように輝く心は皆無!
同じジャンルの売れてるゲームをそれっぽくパクり改悪!
自分で作ったとしてもやっつけ仕事だから劣悪!」
ぶち殺すぞワレ。
「Oh……管理人さんの顔中に血管が浮かび上がってるぜ……」
ダークサイドの力が私をかつての”俺”に回帰させる。
「劇的にムカつくとかそういうあれじゃねえんだよ。
ゲーム風に言うなら直接的な攻撃によるダメージじゃなくバッドステータスによるスリップダメージ。
ふとした瞬間に不親切且つ不細工なUIにイラつかせられるんだよ。
特にRPG! 否が応でも長時間プレイするわけだからさ。
最初はそうでなくても後々、メニュー画面開く度に殺意を覚える羽目になるんだってマジで」
ステータス画面、アイテム欄、セーブ。
使用頻度の高い項目なんかはショートカットで呼び出せるようにしてたりするよな。
普通のゲームや良いゲームだと。
でもクソゲーは違うんだよ。
ウンコ作ってる連中の頭の中にはユーザーフレンドリーって概念がねえんだ。
「例えばそうだな……武器や防具のスキル上げが戦力に直結するゲームやってた時のUIを例に挙げよう。
ただ武器一覧を開いてもスキルLvが表示されねえの。
二回ぐらい切り替えなきゃ確認出来ねえの。問題なのがこのスキル上げ」
1レベルから2レベルにしようと思ったらランクが一つ下の武器を複数食わせるか、
同ランクの武器を食わせるしかないんだよ。まあ、それ自体は別に良い。
ただ、スキルLvが上がって来るとな。
「レベルを上げたい武器のレベルを確認しなきゃだし餌にする奴も確認しなきゃいけない」
「……手間じゃのう」
「そう! 手間なんだよ! 一目見て分かる表示にしとけってなるの!
最初はまあ、それでも若干苛つくぐらいで済むの。
でも、それがドンドン蓄積してくんだよ。
クソゲーっつーぐらいだから他の要素も糞だからな当然!
他のでっけえ糞に苛つかせられてる時に頭上から鳥の糞をぽとりと落とされるようなね?」
そういう苛立ちが……苛立ちが……。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」
「落ち着け管理人さん! 俺らの歳でそういうのはガチで血圧やべーから!!」