不可解な彼の言動
「あれ、白石。まだ残ってんの?」
「宮崎君」
宮崎君が私の席に近づいてきた……!
「うん。家で出来ない課題だから……」
「手伝おうか?」
「いいの?」
「任せろよ」
そうして、細かい資料作成を彼は私に手伝い始めた。
小一時間後──────
「出来たな」
B5レポート用紙を前に彼がひと息、息を吐いた。
「ありがとう! 宮崎君。お陰で随分早く出来たわ」
彼が親身に手伝ってくれたことが嬉しくて、思わず弾んだ声を出した。
するとフッ…と一瞬。
彼が笑んだ。
その柔らかい笑顔にキュンとなる……。
「それより。早く帰った方がいい。もう午後八時過ぎてるぞ」
すぐいつもの真面目な顔に戻った彼の言葉に、窓の外を見るととっくに日は暮れていて、勿論外は真っ暗だ。
「白石。送ってくよ」
「え?」
「家まで送るって言ってるんだよ」
「で、でも……」
「こんな時間に、女子一人で帰せるかよ」
ぼそりと彼は呟いた。
その彼の言葉が胸に響いた。
そうして、期せずして彼と一緒に帰ることになった。
彼と並んで歩きながらも、なんだか私は信じられずにいる。
しかし、彼は黙ったままでなかなか会話は弾まない。
やっぱり、私となんか一緒に帰っても面白くないわよね……。
そう思ってシュンとしていた時。
「白石」
「え、何?」
「お前さ。明日の学祭の「後夜祭」……」
「後夜祭? それが何?」
「いや……」
そう言って、宮崎君は黙ってしまった。
しかし、
「俺さ。……白石」
彼は私の瞳をじっと見つめた。
「宮崎君……」
彼の表情は路上の電信柱の明るい電灯の下、微妙に揺れた。
歩みが止まる。
私達は見つめ合った。
彼の整ったやや細い瞳の漆黒に吸い込まれていく。
宮崎君……何を言おうとしているの……?
私は彼の言動が不可解で、彼の黒い瞳の中にその理由を読み取ろうとしたけれど、彼はいつものポーカーフェイスを崩さない。
不意に再び、彼は歩き出した。
「宮崎君、待って」
彼の長いストライドについていけなくて、私はぶっきらぼうな彼の背中を追っていた。
◇◆◇
遂に学祭当日がやって来た。日は快晴。
おかげで学園内はあちこちの学校の学生や、生徒の父兄でごった返している。
「きゃあ!翠! 可愛い」
クラスメートの親友・彩華が着替え終わった私の姿を見てそう声をあげた。
「ん……?……なんか、恥ずい……」
「そんなことないわよ。そのコス、翠にぴったり!」
私は、これでもかと言わんばかりに白いフリルのレースがあしらわれている黒いミニワンピに白いエプロン、白のニーソックス、黒い靴の「ゴスロリメイド」風の「ウエイトレス」をやることになったのだ。
こんな姿で一日過ごすなんて……。
しかし、私の愁いをよそに我が二年A組の出し物「クレープ・カフェ」は予想以上の盛況ぶりだ。
「翠! これ、三番テーブル」
そんな指示を受けながら、紙皿の上に生クリームたっぷりにデコしたチョコバナナクレープと珈琲をぎこちなくテーブルに運ぶ。
「お待たせしました!」
それでも、精一杯の笑顔でお客様に接客する。
すると、
「写真、お願いしまーす」
と声がかかる。
写真屋の息子・山中君が家から持ってきたポラロイドカメラで、 誰でも「ご指名」の「ウエイター」・「ウエイトレス」と実費写真代だけで一緒に写真に映ることができるサービスが無茶苦茶なウケようなのだ。
しかし、私の胸をざわつかせているのは……。
「宮崎くーん、一緒に映って下さい!」
「え、ああ? 俺?」
白い長袖シャツに、黒のタイ、黒いソムリエエプロンのボーイ姿の宮崎君には学年問わず、女子からちょくちょく声がかけられている。
「宮崎! そんな仏頂面するなよ。笑って!」
山中君が慣れた調子でカメラを扱いながら、宮崎君にカメラを向けながら言う。
「ほらあ、ただ突っ立ってるなんて芸がないぞ!」
その言葉に、宮崎君は顔をひくつかせながらも、普段のクールな面持ちを崩し、にっこりと笑った。
「きゃー!!」
「宮崎先輩! 私も一緒に映って下さい!」
その場にいた一年女子から嬌声が上がる。
私は朝からずっとそんな光景にひたすら耐えていた。
◇◆◇
それは私の午後の当番終了間際のことだった。
「白石さーん、写真お願いしまーす」
鼻の下を伸ばしたニキビ面の男子がテーブルから立ち上がると、図々しく私の肩を抱こうとしてきた。
「ちょ、ちょっと……! そういうサービスはやってません!」
男子の傍若無人の振る舞いには朝からずっと辟易していたが、その彼の手を思わず振り払った。
二組の近藤君だわ……。
彼は、柄の悪さと素行の悪さでも有名だ。
案の定、
「そんなつれないこと言うなよ」
背が高く体格もいい彼は、乱暴に私の腕を掴んできたのだ。
その時。