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男には、言ってみたいセリフというものがある

 さて、ここらで登場人物の整理をしよう。


 僕とピーキーはもう説明の必要はないとして、この屋敷にいる人物を紹介していこう。


 僕たちが突入した時に声をかけてきた女性。

 彼女はアナスタシア・ロヴェリック。この屋敷のメイド長で、愛称はアナ。今年42歳になるベテランメイドだ。


 泣いていた獣人族の女性はリペルム・リリス。この屋敷に雇われた使用人で、主に家事手伝いなんかを担当しているらしい。齢27歳。


 彼女が自己紹介をした時、ピーキーがニヤニヤしながら僕の耳元で囁いた。


「おい、レンの好きな未亡人だぞ。いいのか? アタックしなくて」


「だだ誰が未亡人が好きなんて言ったんですか!? 今はそんなことより事件解決でしょう!? それに僕が好きなのは不幸の中にあっても気丈に振る舞う強さを持ち、それでいて触れれば壊れてしまいそうに儚い女性です!」


「それを未亡人というのでは……?」


 ま、まったく……。僕は別に未亡人が好きなわけではない。

 …………でもあとで少し話をしてみよう。未亡人は好きではないが、慰めるのは人として当然のことだろう。別に未亡人が好きなわけではないからねっ!


 そして遺体となってしまった獣人族の男性。

 彼はラペルド・リリス。彼も最近雇われた屋敷の使用人で、主に庭仕事を担当している。

 享年30歳。


 彼らは獣人族のなかでリス族と呼ばれる種族だ。見た目は人間にリスの耳、尻尾などを足した所謂ケモノ耳となっているが、その性質は人間よりリスに近い。

 食事の傾向、生活習慣、特技など、すべてリスに準ずる。


 ちなみに僕は獣人族は結構好きだ。

 ケモナーと名乗ることはできないが、ケモミミストと自称することはできるだろう。

 ……話がそれた。次の人物を紹介しよう。


 リペルムさんをかたずをのんで見守っていた男女がいたのだが、彼らがこの屋敷の主、アーガルド夫妻だ。当主のベロルトさん、夫人のバロッサさんはおしどり夫婦のように見受けられる。

 夫妻とも60歳を超えていて、余生を楽しんでいた矢先の出来事だったようだ。

 人の好さそうな顔をしているところを見ると、あまりこういった事件への耐性はなさそうだ。


 そして最後に、白髪交じりの壮年の男性がポーマン・オジマンさん54歳。

 やとわれ御者として、長年夫妻の足を務めてきた人らしい。寡黙で落ち着いた雰囲気の御仁だ。


 一通り自己紹介を終えたところで、ピーキーは事件解決に動き出す。


「それではなにがあったのか、事の始まりから教えていただきたい」


「はい、私が夫の死体を見つけたのは、ついさっきのことです」


 悲鳴が上がったのは、つい10分前ほどだ。その時初めてラペルドさんの死体を見つけたという。

 悲鳴を聞いてアナスタシアさん、ポーマンさん、アーガルド夫妻の順に駆けつけた。

 そのすぐ後に僕たちが到着したということらしい。


「ラペルドさんに触れてもいいですか?」


「ええ、それで真相が暴けるのなら」


 ピーキーはリペルムさんに断りを入れてラペルドさんの死体を検める。

 体に触れたり、表情を確認したり、首や口元を注視したり……。

 一通り検死を終えると、ピーキーは何やら考えるそぶりを見せた。


「ふーむ、マダム、ムッシュが元気だったのを見たのはいつが最後ですか?」


「今朝までは確かに生きていました。でも、元気があったかと聞かれると違うような気がします」


「というと?」


 ピーキーが続きを促すと、リペルムさんはラペルドさんのことを思い出そうとしているのか、視線を左上に向ける。


「ひどく疲れた顔をしていました。ここ数日そんな調子だから心配していたんですが、何も言ってくれなくて」


「なるほど……、マダム、お辛い中ご協力ありがとうございます」


 ピーキーはそういうと、再びラペルドさんの死体を検める。

 それから「ふむ」とか「ほー」とか呟いて、しばらくの後にわかりましたと宣言した。


「犯人が分かったんですか!?」


「落ち着いてください。まだとっかかりが分かってきただけですよ」


 早とちりするアナスタシアさんを宥め、ピーキーは尚も調査を続ける。


 す、すごい。ピーキーが真面目に探偵をしている!

 こんな真面目に仕事をしているピーキーを初めて見た気がする! 事件性があればまじめに仕事をするというのは普段の仕事をさぼる言い訳ではなかったのか!!


 しかし僕には何が何だかさっぱりわからない。もったいぶらずに教えてもらいたいものだ。


「マダムリペルム。あなたがこの部屋に入ったとき、扉に鍵はかかっていましたか?」


「はい、鍵がかかっていました」


 そこでピーキーが目を細める。


「マダム、あなたはどうやってこの部屋に入ったのですか?」


「鍵を持っているんです。私と夫で一つを共有して」


「その鍵はあなたたち以外に持っている人はいますか?」


「はい、ご主人さまです」


 ピーキーは今度はベロルトさんを見つめる。

 ベロルトさんは自分が犯人と思われていると勘違いしたのか、弁明を始める。


「私ではない! 私が使用人を殺すような真似をするかね? 彼らはよくやってくれているし、解雇はしても殺しはしないとも!」


「いえ、そうではありません。鍵を持っているのはムッシュベロルトだけか確認したかったのです」


 ピーキーの言葉に落ち着きを取り戻したベロルトさんは、咳ばらいを一つしてから鍵を持っているのは自分だけだと肯定する。


「レン、窓を確認してくれ」


「窓、ですか?」


 唐突にピーキーは僕に窓の確認を申し付ける。


 僕は3つある部屋の窓を片っ端から確認していく。

 割れていないか、鍵が開いていないか、何か引っかかっていないか、丁寧に探していく。


「何も異常は見当たりませんが」


「ふむ、となると……」


 ピーキーはそれから天井を見上げたり、床に這いつくばったりと奇行に走り始めた。

 まるで餌を探す野良犬のようだ。まあ、あながち間違っていないと思うが。


「……何やってるんですか?」


「バカッ、進入できそうな場所を探してるに決まってるだろう! レンも探偵の助手ならそれくらい分かりたまえ」


「いや、今まで探偵らしい事微塵もしてこなかった人の何を分かれと?」


「そこは察しろ」


「無理です」


 そんなくだらないやり取りを重ねながら、僕も他に進入路がないかを確認していく。

 つまりこれは密室であったかどうかを確認しているのだ。

 部屋には鍵がかかっていた。窓も開いていた形跡はない。もしこの事件が他殺なら、これは密室殺人になってしまうということだ。


「見当たらないな」


「ですね」


 ということは……。


「この事件、思っていた以上に難事件かもしれません」


「それはどういう……?」


「ムッシュラペルドが誰かに殺されたのだとしたら、この事件は密室殺人ということになります」


「密室だというなら鍵を持った人が犯人なのではないですか!?」


 アナスタシアさんの悲鳴にも似た叫びに、皆の視線が一斉にリペルムさんとベロルトさんに向く。

 リペルムさんもベロルトさんも慌てて弁明の言葉を口にするが、ピーキーはそれを遮った。


「そうとは言い切れません。マダムリペルム以外に、ムッシュラペルドが生きていたのを今朝確認した人はいますか?」


 ピーキーの問いかけに、メイド長のアナスタシアさんと、御者のポーマンさんが手を上げる。


「私が彼を見たのは朝早く、朝食前のころです。リペルムと共に挨拶に来て、それから二人で仕事に向かったのだと思いますわ」


「私がラペルドを見たのは、リペルムを市場までお送りするときです。庭仕事をしておりました」


 二人の証言は以上だ。

 ピーキーは今の証言の中でひとつ気になったことがあったようだ。


「ポーマンさん、リペルムさんと市場に出向いていたのですか?」


「ええ、リペルムがアナより買い出しを頼まれたと言っていたので。私もアーガルド様がお出かけになる時間まで暇でしたので、お手伝いを申し出た次第です」


「マダムアナスタシア、それは本当ですか?」


 アナスタシアさんはピーキーの問いかけに、少しばつの悪そうな顔をして頷いた。


「ええ、確かにそうですわ。切れかけていた調味料と、今夜の食材を買いに向かわせました」


「それはいつ頃ですか?」


「確か、朝食前にあいさつに来た後すぐです。朝食を作ったら調味料が足りなくなってしまったので。たしか7時ごろだったと記憶していますわ」


 さて、いろいろこんがらがってきたぞ。ここらで一度整理した方がよさそうだ。


 まず、事件が起こったのは12時前。ついさっきだ。そして、ラペルドさんの生存が確認されていたのは今朝まで。

 朝食を食べる前の7時頃、アナスタシアさんがラペルドさんの姿を確認している。


 それからリペルムさんが買い出しに出かけるとき、ラペルドさんが仕事をしている姿をポーマンさんが見ている。

 少なくともリペルムさんが買い出しに出かけるまでは生きていたのだ。


 そして事件現場となっているこの部屋はリペルムさんが鍵を開けて入るまで密室だった。


 僕もラペルドさんの遺体を見せてもらったが、目立った外傷はないし、苦しんだ後もない。ともすればただ寝ているようにすら見える。

 死因が見えてこない。いったい彼はなぜ死んでしまったのだろうか?


「その後、ムッシュラペルドの姿を見た人は?」


 ピーキーのこの問いかけに手を上げたのはまたもやアナスタシアさんだった。


「9時を回ったあたりでしょうか、ラペルドが少し休憩すると言って自室に入っていったのを見ましたわ。それからは見ていませんけど」


「マダムアナスタシアは部屋に入らなかったんですか?」


「様子を見に行ったのですけれど、鍵がかかっていましたから。入ってはいませんわ」


 つまり、ラペルドさんが亡くなったのは朝の9時から昼の12時までの間のどこかということになる。


「それではアーガルド夫妻。お二人は本日の9時から12時までどこで何をされていましたか?」


 そう、問題はそこだ。

 リペルムさん以外に密室を作れるのは、ベロルトさん以外にいない。

 これでアリバイがなければ、ベロルトさんが犯人の可能性が高い。


「私たちは毎朝教会へお祈りに行っているのです。今日はお祈りが終わった後友人のところに顔を出しておりましたから、屋敷に帰ったのはついさっきです」


「それは本当です。私がリペルムを市場に送り届けた後、すぐ戻っての出発でしたので、8時はまわってないと思います」


 ポーマンさんも屋敷に帰ってきてすぐにアーガルド夫妻を教会に送り届けた。ポーマンさんに犯行に及ぶ時間的猶予はないというわけか。


 ピーキーは彼らに礼を言うと、真剣な表情で顎に手を当てていた。


 今のところ皆アリバイはあるようだ。

 部屋の鍵を持っているリペルムさんは事件発生時、外出していた。戻ってきたときにラペルドさんの遺体を発見したのだから、店先に主人から証言が取れればアリバイとしては十分だ。


 同じく部屋の鍵を持っているベロルトさんは朝の8時から外出している。これにはバロッサさんも同行しているし、教会の神父や、会いに行った友人などから証言をとればアリバイを証明できる。


 ポーマンさんは送り迎えでほとんど屋敷にいないことを考えると、犯行は不可能に近い。

 鍵を持っていないことからも犯人の可能性は低いだろう。


 アナスタシアさんはずっと屋敷にいたようだが、鍵を持っていないことから、犯行に及ぶのは難しいと思われる。

 そもそも鍵は市場に出かけていたリペルムさん、教会へ祈りに行っていたベロルトさんが持っている物だけなので、アナスタシアさんに部屋の鍵を外からかけることはできないのだ。


「どうだね助手君。何か気になることはあるか?」


 ピーキーは同じく思案顔をしていた僕を見て、そう呼びかけてきた。

 まさか自分でわからなかったから僕に聞いているんじゃないかとも思ったが、その瞳は確信を得ている様子だった。


「死因が気になるところです。目立った外傷はないですし、苦しんだ様子もないことから毒殺の線も薄い……。いったい何が原因で亡くなったんでしょうか?」


「う、うむ、いいところに目を付けたね助手よ。もちろん気づいていたとも! もちろんね」


 ……あれ? この反応、本当に気づいていたのか? ちょっと怪しくない?


 それからピーキーはしばらく考えた後、僕の質問への答えを口にする。


「考えられるのは呪術か、遅行性でかつ苦しまないタイプの毒だろう。見たところ魔術を使える者はいないし、苦しまない毒なんて聞いたこともない。可能性としてはあるかもしれないが、滅多に手に入らない貴重な物だろう」


「どうして魔術を使える人がいないってわかるんですか?」


「魔術師ってやつは総じて辛気臭い奴等ばかりだからさ」


「……それはあてになるのか?」


 ピーキーは僕の反応に少しむっとして、言い返す。


「魔術、特に呪術は準備に膨大な時間と贄が必要になる。大体魔術師というのは贄となる動物の死体や、植物の匂いがついているものだ。彼らからはそれが感じられない」


「なるほど」


 ピーキーはどうだと言わんばかりのどや顔を決める。

 しかし何か思い出したような顔をして、彼はアナスタシアさんを見る。


「そうそう、マダムアナスタシア。あなたは動物がお好きですか?」


 アナスタシアさんはきょとんとした表情を見せた後、戸惑いながら答える。


「何の動物かにもよりますわ。猫なんかは愛らしくて好きですが、あまり大きな動物は苦手ですわね」


「そうですか、それはよかった」


 ピーキーは満足そうにうなずく。

 一体何を目的とした質問だったのだろうか? もしかしてアナスタシアさんが魔術師の可能性を探ってる?

 でも今の質問でわかったことなんて、アナスタシアさんが猫好きで、大型動物は苦手ってことだけだけど……。


「それで? 犯人はわかったんですか?」


「ああ、もちろんだとも」


 ピーキーは笑みを浮かべ、そう断言する。

 その言葉に部屋にいた全員が一斉にピーキーを見る。

 僕もその一人だ。


 まさか本当に分かったのだろうか?


「犯人はこの中にいます!」


 全員に一斉に緊張が走る。

 まさか本当にわかっていたなんて、一体誰がラペルドさん殺害の犯人なのだろうか。


「しかし、それには重要参考人が一人、いえ、一匹足りないようです」


 一体何のことだ?

 その場にいた全員に、今度は疑問符が浮かぶ。


 その時、まさに示し合わせたようなタイミングで、階下からガラスが割れるような、甲高い音が聞こえてきた。


「おや、丁度いらっしゃったようだ」

推理編も終わり、次はいよいよ解決編です!

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