いつも事件は唐突に……
皆さんこんにちは。僕の名前は遠野連。遠い野原に連なると書いて遠野連だ。
何やかんやあって異世界に飛んできて、ここドリエス街にある、「グリムディンギル探偵事務所」で助手をすることになった22歳だ。
何やかんやについての説明? ああ、それは今回あまり重要ではないから省くことにするよ。よくあるあれとかこれとかそれとか、そのへんを想像してくれ。
それよりも、この探偵事務所の探偵。ピーキー・グリムディンギルの話をしよう。
ピーキーはアラサー独身の男だ。
いつも飄々としていて、つかみどころがないというか、単にいい加減なだけなきもするが、まあそんな男だ。
しかし重要なのはそこではない。
最近アラサーだから結婚を焦っているとか、給料に関してもいい加減とか、いろいろ問題はあるが、そこではない。
彼は探偵をやっているのだが、まともに仕事をしているのを出会ってこのかたほとんど見ていない!
現に今も、仕事の依頼が来ているのだが……。
「ペットの猫の捜索ですか……。そう言ったことは我々探偵ではなく失せ物屋にでも行った方がいいのでは?」
「うちのティーちゃんが失せ物!? あそこは無機物しか探せないではないですか!? お願いします探偵さん。ティーちゃん、今頃お腹を空かせているに違いないわ!」
僕はお茶をもって相変わらず渋っているピーキーのところへ向かう。
この依頼を逃したら向こう1週間はろくなものが食べられなくなってしまう!
「いいじゃないですかピーキー。最近依頼なんてめったになかったんですから、この辺で稼いでおかないと明日のランチは猫缶になってしまいますよ?」
「ね、猫缶……。マダムゥ! その依頼受けさせていただきましょう!」
「まあほんとですか!? ティーちゃんを早く見つけてあげてください!」
「ええ、ええ、このピーキー・グリムディンギルにお任せください!」
どうやら昼食猫缶は効いたようだ。ようやく仕事をする気になったかこのへぼ探偵。
僕は心の中で言いたい放題言った後、ピーキーの隣に腰掛ける。
「それでマダム。ティーちゃんについて具体的に教えてもらえませんか? 色とか、性格とか、好きなものとか」
お茶を出しながらマダムに話かけると、マダムは悲しそうに目を伏せ、語りだした。
「ええ、ティーちゃんは綺麗なコバルト色のかあわいい子なんです。いつも大人しくて、食いしん坊なのが玉に瑕だけど、それでも私の言うことはちゃんと聞くいい子でした。あの子は魚の肉が大好物で、あげるといつも嬉しそうにもっとくれとねだって来て……。うっ、ぐす……」
「ああ、落ち着いてくださいマダム。ティーちゃんはきっと無事です。私たちがしっかり見つけますから。……ほら、ピーキーも何か言ってあげてください」
隣で黙りこくっているピーキーの脇腹を肘でつつく。
ピーキーは真剣な表情で頷くと、重々しく口を開いた。
「マダム、猫缶はおいしいと思いますか?」
「何を聞いてるんだおのれは!」
思わず持っていたお盆で頭をたたいてしまった。
ピーキーは一瞬痛そうに顔をしかめたが、それでも真剣な表情でマダムの答えを待っている。
「猫缶ですか? ええ、おいしいともいますよ」
「え!? おいしいんですかあれ?」
「ええ。ティーちゃんがあんなにおいしそうに食べてるんですもの。おいしいに決まっていますわ!」
「あ、そうですか……」
驚く僕をよそに、ピーキーはマダムの答えに満足した様子で頷き、にこりと笑った。
「それでマダム。最近何か気になったことはありませんでしたか? ご飯を食べないとか、帰りが遅いとか」
「そういえば最近大好きなお魚を一口食べただけで残していることが何度か……。でもその日は決まって帰りが遅いものでしたから、てっきり疲れているのかと……。それが何か関係しているのですか!?」
「いえ、参考までに聞いただけですので深い意味はありませんよ」
ピーキーは一人だけ分かったような顔をしていた。
マダムはそんなピーキーの顔を見て安心したのか、笑みを浮かべた。
「それではよろしくお願いします。ティーちゃんの写真がありますので、これをもとに見つけてくださいね!」
ピーキーは自信満々に「任せてください!」と言っているが、果たして大丈夫なのだろうか……?
――――
「それでピーキー。ティーちゃんのこと、なにか分かったんですか?」
「いや、さっぱりだ」
「わかっとらんのかい」
僕たちはあのマダムの依頼を受けて街の路地裏に来ていた。
手に持っているのはティーちゃんをおびき寄せるための猫缶と、捕獲用のネット。
封を切った猫缶には、路地裏の野良たちが続々と集まって来て、ちょっとしたハーメルン気分だ。
手に持ったティーちゃんの写真と見比べて、野良たちを選別していく。
「あー、もっと心躍るような事件とかないかなー。例えば殺人事件とか。この際猫殺人事件でもいいからないかなー」
「猫は人じゃないので殺人とは言えないんじゃないですか? それに殺人事件なら今に起こりますよ。その場合被害者はあんただけどな」
「ちょ、目がマジなの怖いよレン? それに猫が人じゃないとか、酷いじゃないか! あのマダムはティーちゃんを家族同然に扱っていたというのに」
「いや! あんた最初に失せ物屋紹介してたよな!? もの扱いしてる時点で僕よりひどいからね!?」
なんだかピーキーと話していたらなぜこんなことをしているのかと馬鹿らしくなってきた。
猫探しでも仕事があるだけましと思えないのだろうか? あのままじゃほんとに明日の昼食猫缶になってしまったかもしれないのに。
「あ、その猫缶はあまりあげるなよ? 明日の朝食なんだから」
「ちょ、これ食べるんですか?」
「普段食べられない朝食が食べられるだけありがたく思いたまえ」
「いや、普段からまともな昼食も食べられてないんだけど!?」
昼食は粗末だが食べられてることはまあいい。僕も居候の身だし、贅沢は言ってられないよな。
だが! 最低でも三食しっかり毎日食べさせてほしいものだ!
それもこれもピーキーがちゃんと営業活動しないのがいけない。
事件性がないーとか、食指が進まないんだよなーとか言って、普段からまともに仕事しないし。
仕事さえあれば僕だってこうして手伝うし、三色寝床付きのいい仕事になるのに!
「きゃぁああ!!」
そんなことを考えながら猫の選別を続けていると、突然裏路地に悲鳴がこだました。
集まっていた猫たちは驚き、散り散りに逃げていく。
あーあ、まだ選別終わってなかったのに……。
僕は恨めし気にピーキーを睨む。
「何ですか急に。自分で悲鳴上げても事件は起こりませんよ? それとも本当に被害者になりたいんですか?」
「いや、今のは俺じゃないぞ? 誓って俺じゃない。レンじゃないのか?」
「「……」」
二人して黙って見つめ合うこと数秒。
そして僕たちは同時に同じ結論に至った。
「もしかして、事件!?」
「もしかして、お前ホモか!?」
「同じ結論じゃねーじゃんかよぉ!!」
「事件だって!? 急いでいこう、今すぐ行こう! さあ何をしている助手よ、事件だぞ!」
「楽しそうにするな!」
ピーキーが先に走り出し、僕もその後を追う。
どうやら悲鳴が聞こえたのは路地裏と隣接している屋敷からのようだ。
ピーキーは屋敷に到着するなり、何の躊躇もせずに玄関を突破し、すすり泣く女性の声の元へとひた走る。
「ちょ! 勝手に入っちゃまずいですよ!」
「事件が未解決になる方がまずいだろ。行くぞレン!」
僕の制止も聞かず、ピーキーはどんどん進んでいく。
あのへぼ探偵、スキップしながら階段上ってるぞ……。全く不謹慎な。
「ああ、あなた! どうして何も言ってくれないの!? 」
駆け込んだ部屋では、ベットに横たわる獣人族の男性と、それに泣きついている獣人族の女性がおり、周囲にはそれを取り囲むように男女が数人いた。
「どうかしましたか!?」
「えっと、どちら様でしょうか……?」
僕が部屋に飛び込むと、泣き崩れる女性を見ていた女性が怪訝そうな表情を浮かべる。
それも当然だ。僕たちはこの場の誰とも関係ないのだし、言ってしまえば不法侵入と変わらない。
あれ? 不法侵入って割とまずい気がする……?
「全員その場から動かないでください。レン、誰もこの場から出すなよ」
「え、あ、はい」
いつになく真剣なピーキー。こんな彼は今まで見たことがない。
「誰なんですか!? 警察を呼びますよ!」
「私はしがない探偵です。悲鳴が聞こえたので事件なのではと思い、失礼ながらお邪魔しております」
「探偵……?」
言葉では申し訳なさそうだが、その行動にそう言った配慮は見受けられない。
ピーキーは何食わぬ顔で部屋の奥へ入っていく。
一通り部屋を見回し、納得したように頷くと、ピーキーは先ほど声をかけてきた女性に質問した。
「何があったのか、説明していただけますか」
「探偵なんて頼んだ覚えはありません! 帰っていただけますか? 本当に警察を呼びますよ!?」
女性は少々ヒステリック気味に叫び、本当に警察を呼び出しそうな勢いだった。
これはまずいんじゃないか、ピーキー。そんな視線を向けると、ピーキーは意味深にウィンクしてきた。
うへぇ、オッサンにされても嬉しくないわ!
しかし余裕そうだが、何かあてとかあるんだろうか?
「警察を呼んでいただいて結構ですよ。その数分後には私に依頼が来ることになるのですから」
「何を言って――」
「ドリエス街のピーキー・グリムディンギルといえばお分かりですかな?」
ピーキーは自信満々といった表情で少し芝居のかかった礼をする。
ま、まさか、ピーキーは僕がこっちの世界に来る前に数々の難事件を解決していて、ここらじゃ名の知れた名探偵なのかも! それならこの場を乗り切ることも容易いはず。少し見直したぞ、ピーキー!
「いえ知りません。全くこれっぽっちも」
女性の即答に、僕たちは顔を見合わせる。
「即答じゃんかよぉ! 全然有名じゃないじゃん!」
「あれれぇ? おっかしぃぞぉ~?」
「セリフだけ名探偵にしても意味ないんだよ!」
僕の小声のツッコミにとぼけるピーキー。
これからどうするんだよ!? 警察呼ばれたら本当に僕たち捕まっちゃうぞ!?
「大丈夫だ。俺に任せておけ助手よ。万事うまくいく」
「今のところ万事うまくいってない奴の言葉をおいそれと信じられるか!」
「レン~、少しはこの名探偵の洞察力を信じなさい。今にあの獣人族の女性が決定的な言葉を放つぞ」
獣人族の女性が? なんで彼女が僕たちの味方をしてくれるというんだ? また適当なこと言ってるんじゃないだろうな……。
女性が再び警察を呼ぶと言い出したその時、件の獣人族の女性がおもむろに立ち上がった。
そして泣きはらした目でピーキーをまっすぐに見つめて、彼女は口を開く。
「もうやめてください」
彼女の言葉には重みがあった。
夫が何者かに殺されたというのに、周りは警察を呼ぶ呼ばないと騒いでいるのだ。静かに悲しむこともできないのだから、怒っても仕方がないというものだ。
そしてついに、女性は決定的な一言を発する。
「警察を呼びます」
彼女の言葉に再び僕たちは顔を見合わせる。
「ちょっと、話が違いますよ名探偵! 警察呼ばれちゃってるじゃん!」
「あれれぇ? おっかしぃぞぉ~?」
「それはもういい!」
「まあ見てろ、今に彼女が決定的な一言を――」
「それももういい!」
そんな風に小声でいがみ合っている僕たちをよそに、獣人族の女性は話を続ける。
「ですが警察を呼ぶ前に、私はこの人の死の謎を解き明かしたい。訳も分からないまま葬式になるなんて嫌なんです!」
おっと? 話が想像していた方と逆方向へと進んでいったぞ?
隣にいるピーキーを見ると、どうだと言わんばかりのどや顔を決めていた。
こうなることが分かっていたなら尊敬に値するんだけど、冷汗まみれの顔を見るに、わかってはいなかったようだ。
「探偵さん、夫の死の真相を教えてください!」
「マダム、必ずや旦那さんの死の真相、暴いて見せますとも。このピーキー・グリムディンギルにお任せください。ピーキー・グリムディンギルにね!」
「何で2回言ったんですか?」
「大事なことだからに決まってるだろ? レン」
あー、さっきのまだ根に持ってたんだ。
そんなこんなで、僕たちは、猫探しから一転、獣人族殺人事件に巻き込まれていったのだった。
事件発生編は以上になります。そして物語は推理編へ――