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僕は異世界に行きたくない。

作者: きのい

 気が付くとどこまでも白い空間の中にいた

此処はどこ?


――此処は世界と世界の狭間です


声が聞こえる 声の方向を見ると一人の男、……それとも女か? 

そもそも人なのかさえよくわからない存在がそこに在る

あなたは誰?


――そうですね、あなた方が“神”と呼んでいる存在、とでも言っておきましょうか


神様? なんで俺は此処に?


――急な話で驚かれるでしょうが、これから皆さんには異世界に転移して貰います


なんの感情も抑揚も無い声がそう告げている

まるで既に決定している事をただ事務的に連絡するかのように


異世界に転移? 皆さん??


いつからいたのか、一人だと思っていた空間には沢山の人がいる

見知った顔の連中も沢山いる あれは同じクラスの連中だ

よく見ると隣のクラスや下の学年の奴らもいるみたいだ


――どうか皆さんの力で異世界を救って下さい

  勿論、全てが終わった時には こちらの世界にお返しする事を約束しますよ。

  ああでも一つだけ。アチラで死んでしまったら帰って来られなくなるので

  十分に気をつけて下さい――


言い終わると次第に空間が光に包まれていく

これで説明は終わりという事なんだろうか 


皆、一様に困惑の色を表情に浮かべている

辺りを見回していると ふと一人の女の子と目が合った 

俺が1年の頃からずっと片想いしている女の子だ

顔を青くし、目には涙を浮かべている


俺は一人 心に誓う

何が出来るのか これから何が待っているのか全然分からないけど

彼女の事は俺が守ろう たとえこの命に代えても


そして眩しい光に包まれて 次に眼を開けるとそこは――

見慣れた自分の部屋だった。


「……知ってる天井だ」




 マジで異世界に召喚されちゃうのかと正直かなりビビったわ。夢にしちゃリアル過ぎんだろ……これはやっぱ昨日遅くまで異世界転生モノを読んでたせいだよな。俺も今年は受験生なんだし、ほどほどにしとかねぇと。苦笑しながら枕元のスマホを見ると、いつもなら家を出ているはずの時間が表示されていた。


「やべっ、寝過ごした!」

慌てて跳ね起きて最低限の支度だけして家を飛び出す。

「行ってくる!!」

「ちょっと、健人!! 今日は――」


母親が何か叫んでたけど、どうせちゃんと朝飯を食ってけとかそんなだろ。

折角作ってくれたのに悪いけど今はそれどころじゃない。あ、しまった弁当も忘れたわ。


寝過ごした分を取り返すべく、いつもより強めにペダルを踏み込んで

ギリギリでいつもの電車にすべり込む。ぜぇぜぇはぁはぁ、ふと車内を見ると、

廻りの乗客が怪訝な目で俺を見ていた。やべぇ、めっちゃ恥ずい。

なんか他の高校のやつらにもクスクス笑われてるみたいだし。

俺は慌てて車窓へと目を逸らし、荒くなった息を整える。


本当は1本後の電車でも間に合うのに、わざわざ俺が自転車をかっ飛ばして

この電車に乗ったのには理由がある。次の停車駅でずっと片想いしている女の子

が乗ってくるからだ。彼女とは1年生の時に同じクラスだった。入学式の日に目が

合って、そして彼女の笑顔に一瞬で心が奪われた。彼女はいつも、電車で俺に

気が付くと、笑顔で手を振ってくれる。それから学校の最寄駅まで昨日見た

TVの話とか他愛もない話をして過ごす。

2年のクラス替えで別々のクラスになってしまってからは、朝の電車での

そんな10分程度の時間が俺にとって、一日の中で一番大事な時間だった。


今日は昨日のドラマについて話そうか、それともバラエティ?

そうしているうちに次の駅に停車したのだが、珍しく彼女は乗って来なかった。

「風邪でもひいたんかな……」




 電車を降りて、一人学校までトボトボと歩く。朝の電車で彼女に会えなかった。

そんな些細な事で今日一日が灰色になった気がした。学校に着き、上履きに履き替えて……そこで俺は違和感に気づく――


いつからだ? ()()()()()()()()()


家を出てからの記憶を一つ一つ慎重に手繰っていく。

俺は彼女に会えなかった事ばかり気にして、もっと大きな異変を見落としていた。

そう、俺は一人も会えなかったんだ、家を出てからここに着くまで、

()()()()()()()()に。


ふと昨日見た、やたらリアルな夢がフラッシュバックする……

胸騒ぎを覚えつつ、自分のクラスの教室に向かう。

途中、廊下にも他のクラスの教室にも人がいる気配が無い。

祈るような気持ちで扉を開けた、いつもの教室には――やはり誰も居なかった。

「まさか……昨日のは夢じゃなかった?」

教室の入口で呆然と立ち尽くしていると、ふいに後ろから声を掛けられた。

「お前……小林か?」

振り返った先にいたのは、担任の林田先生だった。

先生は俺を確かめると、一瞬驚いた顔をして、そして俺の前まで来てこう言ったんだ――


()()()、無事だったんだな。」


「はい???」

無事とは? 一体何があった??

「落ち着いて聞いてくれ。昨日の夜からウチの生徒達が何人も行方不明になっている。まだ全員の確認が取れている訳じゃないが、かなりの人数が失踪している。ウチのクラスはお前以外、全員行方不明だ……」

「……!!」

「なぁ小林、みんなが失踪した理由に、何か心当たりとかないか? なんでもいいから、知ってる事があるなら教えてくれ!」

心当たりならある。だけど……異世界に転移したかもしれないなんて――

「……すいません。僕にはわかりません。」

言えるハズが無かった。


「そうか、すまん。お前も急な事で混乱してるよな。もし何か思い出した事とかあれば、すぐに教えてくれ。とりあえず、今日は学校閉鎖する事になったから、

帰宅して連絡があるまで自宅待機な。非常事態だから家まで送ってくわ。」


家に着くと先生は、ウチの学校で起きている失踪事件について、

今分かっている範囲で、俺と、家に居た母親に説明してから帰っていった。

帰り際、普段はおちゃらけた先生が俺を真っ直ぐ見て真剣な顔でこう言う。

「お前だけでも居てくれて良かった。お前は絶対に居なくならないでくれよ。」

「はい、約束します」そう言って別れた。


先生が帰ったあと、一人になりたくて母親との会話もそこそこに部屋に向かう。

想像していた以上に事態は深刻みたいで、ひどい眩暈がしてベッドに倒れこんだ。

「訳わかんねぇよ……」




 それからの日々は地獄だった。結局、俺以外の生徒全員が行方不明になっていた。もしかしたらと同じクラスの親しい友人達に電話を掛けてみたが全員出たのは親だった。送ったメッセージにも一向に既読が付かない。俺は何もやる気がしなくて自宅待機の間、ずっと部屋に籠っていた。失踪からちょうど1週間後には、受験生をいつまでも自宅待機させておけないという事で生徒が俺1人のまま学校は再開された。全校生徒が神隠しのように失踪するというショッキングな事件はワイドショーや週刊誌の恰好のネタになった。学校にも家にも毎日大勢のマスコミが押し掛け、ゴシップ誌はある事無い事好き勝手に書いている。ネットの掲示板やSNSでは、俺が全員殺したって説が有力らしい。ふざけんな、どんな殺人鬼だよ。そんなバカらしい話はどうでもいいが、他の生徒の親から「息子を返してくれ」って泣かれたのはかなりキツかった。すぐに先生が守ってくれたけど、一体俺が何をしたってんだよ。


それから少しして学校は夏休みに入った。ワイドショーも別のネタを見つけたのか、家に来るマスコミの数も随分減ってきた。それでもテレビやネットを見るのは少し怖くて、色々な想いを必死で振り払うかのように部屋に籠って休みの間は受験勉強に没頭した。


そんな風に、現実から逃げ続けて時間は過ぎ 夏休み最後の日、

皆が失踪してちょうど2か月目の夜――


「明日から学校か……」行くの嫌だな 

ベッドに寝転がりボーっとしていると、何かの音楽が聞こえてきた。この音なんだっけ?音の方を見ると、スマホが光っている。画面には『加藤 翔平』という名前が表示されていた。翔平は一番仲の良いクラスメイトだった。

「翔平……のお母さんかな」

何の用だろ……出るのが怖いな。しばらく迷った末に電話に出る。


「――はい、もしもし……」 「もしもし、健人か!?」

スマホから聞こえてきたのは、聞き慣れた友人の声だった。俺はまた変な夢でも見てるのか……?


「……翔平なのか?」 「ああ!さっき帰ってきたぞ、超久しぶりだな!」

「お、お前な、俺がどれだけ心配したか……」

ダメだ……これ以上は言葉にならない……

「悪い、悪い。こっちも色々あったんだよ。俺以外のみんなも全員無事に帰って来てるはずだぞ。――あ、ゴメン、親がなんか呼んでるから、詳しい話は明日学校でな!!」

「……おう」やっとの思いで、かろうじて返事をして電話を終える。


涙が止まらない。ずっと溜めこんできた想いが決壊するかのように気付けば俺は声を上げて泣いていた――



――泣くだけ泣いたら今度は笑えてきた。みんなが帰ってくる。

この地獄のような2か月がやっと終わるんだ。そう考えたら、これまでの沈んだ気持ちがすっかり晴れやかになっていく。心からそう思っていた。だって、この時の俺はまだ知らなかったんだ。本当の地獄は()()()()()()()なんて――




 次の日、久しぶりにみんなが帰ってきた2学期の始業式で、俺はかつて無いほど困惑していた。まず、先ほどから檀上で全校生徒に向けてスピーチをしている、あの霊長類を超えた生物は何なんだ!?

「そんな訳で、僕達、全校生徒200名は異世界で魔王軍を打倒し――」


「あれは……範馬○次郎? いや、戸愚○弟100%だと!?」

いやいや、落ち着け俺。あれは生徒会長の山田君だったはずだ。


山田君の話を要約するとこうだ――

こちらの世界で2か月ほど失踪していた間、彼らは10年ほど異世界に居たようだ。

剣術や魔法を習得し、レベルを上げて、異世界の魔王を討伐するという使命を果たし、昨日全員帰還してきた――という事らしい。


「うん、改めて要約してみても、さっぱり分からねぇな!」


まあ、そんな訳で無事に(?)みんなが帰ってきたのだが……

帰ってきたウチの生徒達は全員、筋骨隆々の屈強な戦士となっていた。


夏服のセーラー服の裾からチラリと覗く見事なシックスパック、

半袖から出る丸太のような二の腕……。ああ、俺が求めていたのはコレじゃない。

もうYOUたち、いっそこのままオリンピックとか出てきちゃいなよ!



後ろの方では、学年一のお調子者でお馴染みの古川君がはしゃいでいる。

「やべっ、垂直跳びしてたら体育館の屋根突き破っちゃったよー」

「全く、10年経ってもアイツは成長してないなー」と、みんな笑っている。


これが異世界ジョークってやつなのか?笑いのセンスについて行けねえ!

とりあえず屋根は直しとけよ。



 学校の日常の雰囲気も、彼らの帰還により、すっかり変貌を遂げてしまった。

県内トップクラスの進学校から、最強の脳筋戦闘集団へと……。



昼休みにはグラウンドで、食後のトレーニングと称した学園異能バトルが毎日繰り広げられるようになった。

「誰か、食後の腹ごなしに一戦やらねー?」

「おう、俺が相手になるぞ!」


何アレ、CG?  ハリウッドがお前らに注目してるらしいぞ。



「今日、学校帰りに一杯どう?駅前にいい店見つけたんだよ。」

「お、いいねー!こっちのエールは本当旨くて、ついつい毎日飲んじゃうよなー。」「それな!」


こっちの成人は20歳だからね。 せめて制服は着替えてけよ。



「たまにはスーパーで買った肉じゃなくて、自分で狩った肉食いてーな。」

「ああ、それわかる!」

「じゃあ週末、熊でも狩りに行かない?群馬の方に結構いるらしいよ。」

「群馬なら空飛んでけばすぐだねー。」

「え、いいなぁ。私も行っていい?」

「じゃあ私も」「俺もー」

「よし!じゃあ、みんなで行くか!」


俺は絶対に行かないからな。 だからそんなキラキラした目で俺を見ないで!!



だいたいみんな今年、受験生だって事を忘れてないか?

そうだ!真面目なクラス委員長の高橋君なら俺の気持ちを分かってくれるよな!

「フッ愚問だな。我は向こうの魔法大学を主席で卒業した男だ!魔法は勿論、剣術の成績さえトップクラス!さらにはライネル語、ポルカ語も習得したトライリンガルだ!日本の脆弱な大学入試制度など今さら恐れるに足らぬわ!」


……ブルータス、お前もか。 試験に出るといいな、ライネル語。



最近では、球技大会の練習が始まったのだが、各競技、ボールがすぐ破裂してしまって試合にならないという問題が発生している。生徒会で対策を練った結果、俺が出る予定のバレーボールはボーリングの球を採用するらしい。

ふざけんな!死人が出るわ!(主に俺が)と、生徒会長に抗議したら、

「安心しろ。人間はそんな簡単に死なないさ。それに、ウチの副会長は蘇生魔法の天才だぞ!!」


安心出来る要素がどこにも無えよ!!

ダメだ。今年の球技大会は休もう……命に係わる。



秋のマラソン大会は、去年までの10kmでは距離が短すぎるという事で、今年は200kmに伸ばそうという方向で計画が進んでいるらしい。佐渡島がゴール候補地だってよ。いや、海越えちゃってんじゃん。このままではマズイ。急いでこの事をマラソン大会反対派リーダーの翔平に伝えて反対運動を――

「――200kmだと? まあ妥当なとこだな」


何ちょっとワクワクしてんだよ!! 

お前は去年、マラソン大会がいかに無益な行事であるかを2時間も熱弁してくれたじゃないか!あの時の情熱を忘れたのか!?



そうそう。もう一つ変わった事と言えば――


俺の毎日の癒しだった、彼女との楽しい電車通学は突然の終わりを迎えた。彼女が電車通学を辞めてしまったからだ。とは言え、全く会えなくなった、という訳でも無い。ほら、今だって車窓から外を見ると電車と並走して走る彼女の横顔が見える。脚とか回転が早すぎて残像になっているんだぜ……。

あ、目が合った。彼女は今日も笑顔でこちらに手を振ってくれる……怖ぇよ!!




ああ、俺はあの時、異世界転移できなくて――


「……本当に良かった」



(完)


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