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鋼甲冑

 今をさかのぼること三百年ほどの昔、海を隔てた向こうの国から火をつけると爆発を起こす黒い粉―火薬が神州にもたらされた。その当時は大きな音を立てる程度の使い道しか無く、戦争を変えるほどのものでは無かった。

 しかし、ある時期を境にその価値は一変し始めた。僻地の小島「種子島」から、異郷の技術によって作り出された「鉄砲」が神州に伝来したのだ。

 火薬の爆発で鉄の弾を飛ばす「鉄砲」という武器の威力は、それまでの鎧で防ぐことは叶わず、武士どころか農民兵でも容易に扱える代物だという。その噂が神州は神州を駆け巡るも、実物を手にしたという戦国大名の名を聞くことは無かった。

 だが、ある若者はこの戦場でそれを手に入れた。

 織田軍がしかけた奇襲の混乱に乗じて忍び込んだ今川軍の陣地で、己が探していた「鉄砲」が今川の武具とともに運ばれているのを見つけたのだった。そして彼は、左右の手に一挺ずつの鉄砲を抱えて、今川義元を問い詰めるべく戦場へと舞い戻った。




 桶狭間の戦場に唐突に現れた若者は、今川義元に向けて鉄砲を撃ち、戦いをしかけた。

 そして荷馬車の上で仁王立ちになると、片手に持った黒い板に向けて掛け声(キーワード)を叫んだ。

「ほろうえいっ!!」

「何かご用でしょうか」

 若者の掛け声を受けて、彼の持つ黒い板あたりから女性の声が聞こえた。

「鋼甲冑・起動!!」

「承知しました。起動シークエンスを開始します」

 そして、彼の乗っている馬車に劇的な変化が起きる。

 荷馬車の両側面の板がバタリと倒れて開き、その内側から人の倍ぐらいの大きさの腕が飛びだした。続けてその腕が大きく動き、付け根の部分ごと持ち上がり若者の両側から包み込むように起き上がった。

 一方で、荷馬車の後部で床板が動くと、その下から同じく人の倍ぐらいの足が現れる。

 最後に荷馬車の前半分が形を変えて上半身となり、後ろ半分が下半身を作り、その両者がつながって巨大無い人型となった。

「起動シークエンス完了。鋼甲冑、始動します」

 再び女性の声が響き、それを受けて若者が叫ぶ。

「立て、鋼甲冑」

 枠だけになった馬車の縁に手をかけて、鋼甲冑と呼ばれた人型が立ち上がった。全高は目の前の赤鳥あかとり)より一回り小さな4mほど。全体を銀色の装甲が覆い、特に両腕には厚い装甲をつけている。頭は無く、代わりに乗り手たる若者の肩から上が剥き出しになっている。

 ギリギリと全体から鉄や鋼をこすり合わせる音を立てながら動くその姿は、誰が見ても異質であった。


 鋼甲冑とそれに乗る若者は、垓甲冑・赤鳥と向き合った。

「待たせたな今川義元」

「……ほう、これは驚いたわ。まさかそれは垓甲冑か。垓甲冑同士の戦いとあらば、古式に則り一騎打ちに応じるとしようぞ。我が名は今川義元。これなるは垓甲冑・赤鳥がいかっちゅう・あかとり。貴様も名乗るがいい」

 今川義元の呼びかけに応じ、若者が口を開いた。

北郷久一(ほんごう きゅういち)鋼甲冑・無銘はがねかっちゅう・むめい

「「いざ、尋常に勝負」」

 一騎打ちの合図とともに、赤鳥が距離を詰めるべき踏み出したのに対して、鋼甲冑はその場を動かなかった。

 北郷久一と名乗った若者が、胸元当たりで固定された黒い板に何事かをつぶやく。

「ほろうえい。左、武装選択、鉄砲。右、武装選択、棍」

「実行します」

 鋼甲冑の背部でガシャガシャと金属音が鳴り、背中にぶら下がっていた太い筒=鉄砲が脇の下を通って前方へと向けられ、左前腕部に固定された。続けて右腕で甲高い音が響き、右腕装甲板の下から1mほどの金属棒が飛びだした。

 鋼甲冑は鉄砲を装備した左腕を突き出し、赤鳥へと狙いを定める。

 今川義元は鋼甲冑が鉄砲を、しかも先ほど撃たれたものよりも大型の鉄砲が向けられたことを察知すると、足を止めて固い鱗で身を守るために身構えた。

 その直後、鋼甲冑から轟音が響き渡った。

(当たった感触が無い、鉄砲は外れたようだな)

 義元は、轟音に合わせて身をすくませたが、すぐさま体への異変が無いことに気づき、守りの構えを解いて一歩を踏み出した。

 そこへ、再び鋼甲冑からの轟音が響き渡った。

 まばゆい光、空気を切るような音と、焼け付く匂い、そして後ろへと抜けるような音。それらの先ほどは無かった何かを残して、赤鳥の龍の首が一本吹き飛んでいった。

「な、何が起きたのだ。鉄砲とは、一度撃てば、次を撃つのに時間がかかるものでは無かったのか!?」

 先ほどと合わせて、左右二本ずつあるはずの龍の首を両方とも一本ずつ失い、自分に向けて白煙をたなびかせる鉄砲の銃口を見た義元は呆然と立ち尽くした。

 そこへ鋼甲冑が駆け寄り、右の棍で激しく赤鳥を打った。不意を突いた一撃に、赤鳥がぐらりと揺らぐ。

「ぐうぅ。こしゃくな若造が!!」

 しかし、この痛みに我を取り戻した今川義元はすばやく立て直し、残った腕を振り回して鋼甲冑を振り払う。

 鋼甲冑は左腕の鉄砲は背後に戻し、代わりに右と同じ棍を装備。これで赤鳥の攻撃を受け、再び踏み込んで右の棍を振るった。

 そうして、二体の垓甲冑同士による足を止めての乱打戦が始まった。


(二度の轟音。だが、二度目は炎が見えたのに、一度目は音だけだった。それから、北郷……九州の方の名字だったか?)

 織田信長は、二体の垓甲冑から離れながらも戦いを観察し続ける。

 それから、近くにいた使い勝手の良い男を呼びつけた。彼は、この目端が利いて頭が回る男が最近のお気に入りであった。

「サル、あれを取ってこい」

「はは、すでにここに」

 サルと呼ばれた男は、先ほど若者が撃った後に投げ捨てていた鉄砲を信長に差し出した。信長は満足げに笑い、命令を先読みして行動に移していたことを一言ほめて鉄砲を受け取る。

「サル、もう一つだ」

「はっ。弾の入っているものは、前田様の配下の者を借りまして、すでに探すよう伝えてあります」

「で、あるか」

 信長は、受け取った鉄砲をあちこち眺め、動かし、調べながらも、垓甲冑の一騎打ちから目を離さずにいた。

 地響きを伴う乱打戦は、体格差とリーチの差の両方に優位を持つ今川義元有利へと傾いていき、北郷久一は受けに回らざるを得なくなっていた。


 赤鳥の腕が振り下ろされる。鋼甲冑はそれを交差させた棍で受ける。足を止めたところへ反対の腕が突き出される。機体を大きく傾け姿勢を崩しながらそれを避ける。そこへなぎ払うように大きく振り回された腕がせまり、やむを得ず鋼甲冑は後方へと飛びすさりながら避ける。

 このような攻防に一騎打ちを見守っている今川方の兵達は大いに士気を上げ、逆に織田方は下級の兵から逃げ出す始末であった。

 そして幾度目かの攻防を経たところで、どこからか鳥の鳴くような音が聞こえ、そこから事態が変化した。

「ピピッ。データ収集が完了しました。つづいて分析フェイズ完了。アシストモードを起動しますか」

「ほろうえい。補佐を実行」

「実行します。ターゲットアシスト、コントロールアシスト起動。キルモードで動作します」

 鋼甲冑の中で何かが確実に変わった。この時点でそれをわかるのは乗り手たる北郷久一ただ一人。そして、それ以外の者がそれを知るのは次の攻防を終えたときであり、今川義元にとってはそれが致命的な敗因となるのだった。

「今更何をしても無駄であろう」

 義元の気合いとともに、赤鳥はまたもや腕を大上段から振り下ろした。鋼甲冑はそれを受けずに一歩踏み込む。そして赤鳥の腕の起点たる部分を打ち据えた。

 軌道を逸らされた腕は地面を大きく打ち据え、わずかに赤鳥の姿勢が崩れる。

 今川義元はそこへ踏み込んできた鋼甲冑を目にして無理な体勢から突きを繰り出し、これをあっさりと鋼甲冑に躱された。

「右、武装選択、槍」

 鋼甲冑の右腕で、ガキンっと金属の打ち合う音とこすれる音が響き、棍がぐるりと回って槍の穂先状の武器と入れ替わった。

 そして鋭く一歩を踏み込むと、なぎ払おうとする赤鳥の右腕の付け根に一撃を突き入れた。

「ぐうあぁぁぁぁ」

 今川義元の叫びとともに、右側に一本残っていた腕が根元からぼとりとちぎれて落ちる。

 一瞬の逆転劇に、今川、織田ともに静まりかえる。そんな中で、北郷久一の甲高い声が聞こえた。

「仕留めるぞ。ほろうえい。雷神掌用意」

「実行します。武器収納。チャージ開始。コネクタ解放。耐閃光防御」

 金属音が響き、鋼甲冑の両腕の武器が収納され、それまで握りしめられていた拳が大きく開いた。手のひらに当たる部分から何かが突きだし、わずかに光を放つ。

「若造がぁっ」

 今川義元が獣のような叫びを上げ、赤鳥の左に残った腕が振るわれる。だがそれは、狙い澄ましたように踏み込んだ鋼甲冑の右腕に受け止められた。

「今川義元、覚悟!!」

 北郷久一の叫び声とともに、赤鳥の胸の中央――今川義元のみぞおち目がけて鋼甲冑の左手の掌底がたたき込まれた。打撃を受けて、義元が血反吐を吐き散らす。

 血で赤く染まる掌底を押しつけたまま、鋼甲冑がその手をぐっと握りしめ、北郷久一は掛け声(キーワード)を叫んだ。

「放て、雷神倶!!」

 次の瞬間、垓甲冑・赤鳥の巨体が紫電に包み込まれ、轟音を伴う閃光が戦場を塗りつぶした。

 それを見ていたものはあまりのまぶしさに目がくらみ、続けて聞こえた来た轟音に耳鳴りを覚え、肌は総毛立ち、しばらく後に漂ってきた肉の焼けただれる匂いに顔をしかめた。

 短い時間か、長い時間だったか、北郷久一の放った驚天動地の攻撃は、鳥の鳴くような音によって終了を告げた。

「ピー。警告です。バッテリー残量が低下しました。ローモードへと移行します」

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