優しい師匠「
「なるほどね」
時計を目の前で構えてまじまじと見ながら言う。
師匠、近すぎませんか?このまま目に入れんばかりの距離で見ている。
「ただの金属ではないな。錬金鋼に近いがこれは…」
ブツブツと自分の世界に入ってしまった。しきりに内部の金属を触っている。
確かに中の金属は木目のような模様が入っていて、冷たさがないのだ。
「どこで見つけたんだいこんなもの?」
顔をこちらに向け聞いてくる。心なしか睨みつけているような気がする。
「え、いや…、ブルーノのところですけど」
「ならラットンごみ捨て場か…」
と言った。そしてポイッと時計を放る…。ってちょっと!!慌ててダイブアンドキャッチ。上手く着地できず、背中から落ちる。痛ったい…。
「ドタバタするな。また掃除することになるぞ」
「なら、投げないでくださいよ!壊れたらどうするんですか!」
「もう壊れてるだろ…」
あ、そうだった。いや、違う。そうじゃない。
「そういうことじゃなくてですね…」
「それにそれ壊れないよ」
「え?どういうことですか?」
疑問に思い聞いてみる。壊れないというのなら内部にある傷はなんなんだろう?
「これ中だけダマスカス鋼でできてる。傷っぽいのは多分あらかじめつけられたものだと思う」
「ダマスカス鋼ですか…」
「そうだ。君も名前くらいなら聞いたことがあるだろう?」
「魔導時代の失われた技術だよ。こんな骨董品がまだ残ってるなんてね」
「じゃあ、このダマスカス鋼ってもう作れないんですか?」
まさかの修復不可能の文字が頭をよぎる。
「作れるが生憎私では半分までしか教えられない。まあ、鉱石の調達は君なら大丈夫だろ。ただ…」
よかった希望はあった。半分でもありがたいが、
「ただ…、なんですか?」
疑問に思って聞いてみる。
「君のとこ魔導製錬炉なんて持ってたっけ?」
「いえ、ないですけど…」
「なら、無理だね」
話は終わったというようにテーブルに置いてあった課題の薬剤を眺めだす。
「ど、どうにかならないんですか!?」
「ンー、頑張れば普通の製錬炉でも魔力込めながらできるらしいけど。君の魔力量じゃ持たないかな」
「そんなに魔力が必要なんですか…。僕、こいつをどうしても修理して使える状態に戻したいんです」
「頑張ってね」
興味なさそうに返事をし、さらさらと紙に字を書いていく。そして紙を僕に渡しながら、
「これ次の課題。魔力の練りは悪くないし、材料の処理も悪くない。でも全体の混ぜ方が甘いよ」
「はい。分かりました…」
懐中時計の修理計画は頓挫し、僕にはガラクタだけが残ったのだった。部屋を出ようとすると、
「あー、上から動物の図巻取って来て」
「タイトルは何ですか?」
「なんでもいいから」
なんだそりゃ。そんなフワッとした注文初めてだ。師匠らしくない。
「上って禁書の間じゃないですか。僕は入れませんよ」
禁書の間は師匠のように特別な許可のある者か、司書の許可及び同伴がなければ僕のような一般人は入れない。
「ああ、ミーナたんつけとくから」
師匠の被害者筆頭司書のミーナさん。仕事真面目で礼儀正しい人だが、どうも師匠と相性が悪いらしい。いつもおちょくられたり、セクハラされてる可哀そうな人だ。
「分かりましたよ。あんまりからかわないであげてくださいね」
「そういえば、禁書の間には魔導時代の技術に関する書物があるらしいよ」
そう言ってソファに身を沈める。照れ隠しのヘタな人だ。
登場人物
シェイプ・トリニダート
主人公。薬を作る際の魔力の練り上げと、材料の下処理はセンスあり。ただ、混ぜ方が甘く偏りや沈殿ができてしまうため直す必要がある。マルチダ曰く魔力の操作は母親譲りのものがあるとか。肝心の金属錬成はマルチダの専門外ということもあり基礎的なことしかできない。
マルチダ
シェイプの師匠。錬金術に没頭するあまり気が付けば髪の毛の色が変色していた変人。暗赤色の髪は水に触れると鮮やかな紅色になる。男よりも可愛い女の子と男の子が好き。ちょっかいをかけているということは気になっているということ。子どもか。
ニーナ
司書。5年前に見習いとして入ってきて真面目にコツコツと勤務していたところをマルチダに目をつけられた。固い口調と厳しめの態度のわりに小柄で童顔。マルチダのほうが背が高いため事あるごとに好き放題される。最近はお尻を触られることが多い。頑張れ。