師匠マルチダ登場
僕の部屋は工房のすぐ横、ボイラー室に隣接しており夏はとても生活できず、冬は快適という素敵仕様だ。まぁ、騒音に目をつぶればの話だけどね。だいたい夜とか休みの日は動いてないし。
部屋へ入る。部屋の隅には愛すべき隣人蜘蛛のオクタムがいらっしゃる。オクタムは別に飼っているというわけではなく、住み着いたのをほっているだけだ。めんどくさい虫を捕ってくれる素晴らしいお方。ぶっちゃけ僕が蜘蛛好きなだけなんだけどね。心の中でただいまとあいさつを交わす。
時計の外装は蜘蛛のレリーフでも彫ろうかな?いやでも、金属の在庫が…。各種材料を保管している箱を開ける。げげっ。鉱石加工関係の材料がなんもない。チラリと隅にたたずむチェーンとガラス管が雰囲気を醸し出している装置を見る。ちょっと前に錬金術で使う蒸留装置を作ったからなぁ。はぁ、また調達しとかないと。
部屋の壁に掛けておいた革製の大きな肩掛けカバンに時計、返却する本3冊、師匠に課せられていた薬を数本、それに貢物の乾燥させた薬草数種を詰め込む。これでよし。さっさと師匠のところに行こう。
オクタムにいってきますのあいさつをしつつ、部屋を飛び出した。
パドゥーンの街の東端にある『メシノ』のを中庭に抱える大図書館。この街最大でいつからあるのかわからないほど古く、日に焼けて黒くなったレンガにツタがびっしりと覆っている。太い六角柱の中心をくり抜いて中庭にしている7階建ての建造物。通称アリシア図書館。初代館長アリシアが建てたと本人の字デカデカと書かれていたことからその名がついた。なんとも残念な図書館の前に僕は立っている。
師匠は僕の母さんの親友でプロの錬金術師だ。主に病気に関する薬を作っているその道ではかなりの有名人。薬錬のマルチダ。僕の師匠だ。
師匠は一言で言うと怠惰な人だ。昔は母さんと共に旅をしていたなんて考えられないくらい。今では月に一度気が向けば外に出て日光浴をする程度しか外出と言える外出をしない。全く働かず、研究もしない師匠を邪魔に思い、協会が左遷した先がアリシア図書館だ。協会曰く改めて知識に触れることで錬金術への情熱を思い出してほしい…とのこと。そのため師匠の部屋は最上階禁書の間のすぐ下に構えられている。風通しはいいが日は当たらない引き篭もるには最適の部屋だ。当の本人はだらしない腹を丸出しにしてソファで寝ていが…。
全く仕方のない人だ。いつものように散らかった部屋を見ながらそう思う。師匠の場合食べ残しや飲み残しをそのままにするから本当に汚い。しかも臭い。はぁ、起こす前に掃除かな。どうせ起きないしね。部屋の隅に置いてある箒と塵取りをもって掃除に取り掛かる。
「ン、んんー?」
掃除を早々に終わらせ、本の返却を終えて帰ってくるとちょうど起き始めた。
「あ、やっと起きましたか。寝すぎですよ」
「…今何時だ?」
「4時ですよ」
「ム、少し寝すぎた」
むくりと起き上がる。実験の繰り返しで変色した暗赤色の髪をボリボリと掻いてポツリと、
「ン、お前何しに来たんだ?」
…めんどくさがりは限界を突破して数日前に自分で言ったことも忘れてしまったらしい。仕方ないので課題の薬品数種をテーブルに置きながら話を始めることにしよう。
登場人物
シェイプ・トリニダート
主人公。弟子にしてもらうために下げた頭は数知れず。父を超えるためならばと耐えてきた。怠惰の師匠によりここ最近で家庭スキルがメキメキと上達。女性ものの下着を洗濯するのでさえ今は苦にならない。師匠を反面教師にしつつ錬金術の技だけはしっかりと学んでいこうと決意する。
マルチダ
薬錬のマルチダ。シェイプの師匠。めんどくさいので弟子は取らない主義だったが、拒絶し続けるのもめんどくさくなり、根負けの末弟子をとった。シェイプがナンナの息子であると知ったのは弟子に取ってから。以後、扱き使いつつも何かと彼を気にかけるようになった。
オクタム
部屋の番人。灰色の体にくすんだ黄金の目が特徴的なオボロヅキグモ。主に飛行性の虫を網を張って捕えるこの街ではそれほど珍しくもない一般的な蜘蛛。伝承では月の使いとされている。シェイプの部屋に住み着いているものはお尻に星のような模様がある。特に意味はない。