騙されてないよ?
メアリーに誘われ工房のすぐ横にあるグレイブス家にお邪魔している。お湯を沸かしている間、買ってきた時計を見せる。
「ふーん、また無駄遣いしたんだ…」
とジト目で言われた。無駄遣いと言いながらも興味深そうに時計を眺めている。
「無駄遣いじゃないよ。直せば使えるし…、それに懐中時計欲しかったし。いい買い物だよ」
「…いくらで買ったの?」
「…」
「また、騙されたんだ…」
「そ、そんなことないよ。あ、お湯湧いてるよ」
よし、気をそらせた。台所へ向かう彼女の背中を見ながらそう思う。
別に騙されたわけじゃないし。買っただけだし。善意…。そう、全に出値段提示しただけだし…。ぶつぶつと現実逃避を始める。
「これ何でできてるの?…変な感じ。それに構造も複雑だし…、直せるの?」
コーヒーの入ったカップが置かれる。既にワークキャップは脱いでおり、真鍮製の鈍色のゴーグルを首からかけている。
きれいになったよなぁ。最近よく思う。アビルダの姐さんに似てきたのもあるけど、何だろう?…いかんいかん考えないようにしよう。彼女の顔を見ないようにしながら、
「その辺諸々をさ、師匠に聞くつもり。借りたい本もあるしね」
コーヒーを啜り、考えを掻き消す。
ズズー。うん、おいしい。
「ふーん…」
興味なさそうに返事をする。ついでに時計を渡しながら、
「…出来たら見せて。少し気になるから。」
そう言って自室に入っていった。
相変わらず冷たいっす。もう少しお話しててもバチは当たらないよ?悲しい気持ちをコーヒーで流し込む。うーむ、自分で淹れるものよりもおいしいのはなぜだろう?僕が淹れると単に苦いだけなのに…。豆が違うからか?豆の挽き方かもなぁ。
カフェイン中毒者のトーマスによる英才教育が光っている。親方は飲みすぎだと思うんだ。まあいい、こっちも始めようか。飲み干したコップを洗い外へ出る。
外にはメアリーの愛犬ギグが鎮座していた。ギグは日に日に暗くなっていくメアリーのために親方が持ってきた。ちなみに種類は分からない。親方は分からないと言い張っていた。怪しい。見事メアリーを回復させたこいつはグレイヴス家をはじめ工房の従業員、近隣住民からの人気が高い。おとなしいし、ある程度面識があれば尻尾を振るぐらいの愛嬌もある。しかし、こいつは僕に対する当たりがやたら強い。ほら、今もグルルと唸っている。
昔はそうでもなかったが、最近明確に敵意を表してくる。モヒカンの様なたてがみがあり、ルビーの輝きを放つ紅い目に睨み付けられると正直怖い。怖すぎる。
僕自身ギグに何かをした覚えはない。ギグに何かされたわけでもない。なのに嫌われている。
おかしいなー。僕動物には好かれやすいんだけどなー。なんでそんなに怒ってるんですかね?だからいつもいとこと言ってやるのだ、
「メアリーは中だよ」
と。そして、いつものようにプイッと顔をそむける。
か、かわいくねー。ほんと一人と一匹は今日も冷たい。ペットは飼い主に似るとはこのことだ。僕はまた怒られないうちに部屋へ戻る。
登場人物
シェイプ・トリニダート
主人公。掃除は苦手で部屋は散らかっている。錬金術の薬剤が残っているビンにたかる虫の処理に蜘蛛を重宝している。部屋を片付けなさい。錬金術用に大量の鉱石を投入して製作した蒸留装置で実はお酒が作れる。法律で規制されているため作らない。多分、作らない。
メアリー・A・グレイヴス
トーマス工房の一人娘。愛犬の散歩は毎日欠かさない。天気のいい日はおなかに乗せてもらって昼寝をするのが好き。シェイプの買ってくるものに対して冷ややかな目を向けることが多い。でも興味はある。シェイプにそっけない態度をとるのはいつものこと。最近は開発で忙しいから特に。…ガンバレ主人公。
ギグ
メアリーを守る忠犬。見た目は肩の盛り上がった狼。足と背の筋肉が発達しておりイヌ科の動きと言うよりか、ネコ科のようなしなやかさがある。顔は細身のワニのようでお世辞にも可愛くはない。誰も鳴いたり吠えたりしたのを聞いたことがない。ただ、不気味に唸るだけである。