帰宅とメアリーの実験
やっとスチーム要素が出てきました。…出て来ましたよね?頑張ってスチームパンキーなネタを提供していきたいです。
はぁー、安易に値段を口走るんじゃなかった。ちょっと仏心を見せたらこれだよ。よし、ぐちぐち言ってても仕方ない。時計を完成させてブルーノに自慢してやろう。
工房の前まで来た。休みにも関わらず敷地内から煙が出ている。親方はアビルダの姐さんとデートのはずだし、従業員一同は休日を思い思いに過ごしているはず。ならば、居るのはただ1人。
自転車を外に止め資材置き兼実験場と化している中庭へ向かった。やはり彼女だ。メアリー・A・グレイヴス。彼女は生粋の蒸気機関オタクだ。休日や仕事終わりは大抵何かしら作って実験している。彼女は自作の装置で空を飛ぶことが夢らしい。当面の目標は装置の出力・耐久性の強化。そのための機関の見直しと金属探しを行っているが、結果は芳しくないらしい。その証拠に、
ギギッ、ギギギッ
と離れていても聞こえるほど嫌な音が聞こえてくる。
「あー、メアリー、そろそろバルブを閉めたほうがいいんじゃないかな?」
後ろから声をかける。彼女の顔はワークキャップと大きめのゴーグル・口元に布を巻いているためうかかがい知れない。彼女は振り返らずに、
「…もう…、少し…。まだいける…」
そう言って安全装置付きのレバーを握りしめる。装置は地面に固定されているし、鋼材を盾にしているから大丈夫だと思うけど。無茶するなぁ…。止めるべきなんだろうけど、きっと彼女の眼はいつもの燃え尽きた灰のような目ではなく爛々と輝いているんだろう。そう考えると止められない。
カチッ。ッカシャ。
レバーを引いた。次の瞬間爆発的に回転率が上がった。上がりすぎて固定しているはずの装置が上振れを起こしている。
ちょ、ちょっとまずくない?考えたのは一瞬で、
バゴンッ、バゴンッ。
シリンダーの小さな亀裂から爆発とともに蒸気に包まれた。帽子が飛ばないように手で押さえる。一体どれだけ圧縮していたんだ!?視界が真っ白に染まる。
「で、これどうすんの?」
修復不可能な段階までに達した残骸を見下ろしながら言う。
「…」
ゴーグルと覆いを外した顔は心なしか暗い。さすがに娘に甘い親方でも怒るだろうなぁ。しかもこれ…、
「もしかしてこれ8号金?」
「…うん」
力無く頷く。マジっすか。親方が仕入れている中で一番固い合金なんですけど…。
「とりあえず、冷えるの待とうか。片づけるの手伝いからさ」
「…いいの?」
「うん。止めなかった僕も悪いしね」
「ありがと…」
そう言ってワークキャップを深く被る。彼女はツナギのポケットからメモ帳を取り出し結果を記録した。
「これってさ、成功?それとも失敗?」
書き終わった頃に聞いてみる。
「半分半分…かな。…出力の強化は成功したけど、耐えられないみたい…」
驚くべきことに課題の片方をクリアしたらしい。結果はこの惨劇であるが…。しかし、続けて、
「でも、もっと軽くしないと飛べない…」
と難しい顔をして言う。新たな課題の出現とは前途多難だなぁ。
「はあぁ、…とりあえず休憩。…お茶入れるから一緒にどう?さっきのやつ感想とか聞きたいし…」
「もちろん。喜んで」
帽子を取って道化師のようにお辞儀をしてみる。…残念。笑っていない。クスリとも。僕はグレイヴス家にお世話になってからというもの彼女の笑顔というものを見たことがない。時々こうやっておどけて見せてるけど効果なし。こっちの課題はクリアできそうにないかなー?
歩き出した彼女に続いて家へ入っていった。湯を沸かしながら、
「…そういえば、さっきまで何してたの?」
と聞かれた。
さて、何から話そうかな?ポケットの中の懐中時計を触りながら考えた。
登場人物
シェイプ・トリニダート
主人公。夢は父の発明を超えること。しかし、めどが立っておらず現在は自分の可能性を模索中。何かの役に立つかもしれないと錬金術をかじっており金属の加工中心に日々勉強している。こっそりと風邪薬なんかを作って小遣い稼ぎをしていることはナイショ。
メアリー・A・グレイヴス
トーマス工房の一人娘。夢は自作の飛行機関で空を飛ぶこと。研究熱心だが無茶をしすぎるのが玉に瑕。本日機関の出力強化に成功したが、まだまだ課題は山積み。道のりは長い。最近、自分の手が女の子の平均的な手の平よりも大きいことが分かり悩んでいる。