幻の懐中時計と交渉?
ガラクタ屋ブルーノ。パドゥーンの街の西端、枯れた大木『ソシノ』の真横に建っている。目を引くのは馬鹿みたいにとんがった黒い屋根。まるで二本の大木が立っているように見えるほど店は細長い。
この辺一帯はなんだかいつも薄暗い雰囲気があって好きじゃない。暗い雰囲気がより一層店の怖さを際立させている。
なんでもその昔、この『ソシノ』は東端にある『メシノ』とは夫婦であったが二人の仲に嫉妬した魔女が魔法で木に変え離れ離れに植えた。西に植えられた男は妻に会えないことを嘆き悲しみ、枯れた大木となった。その悲しみがこの地を暗くさせているのだと言われている。
まあ、ただの昔話だけどね。
実際、西端には小柄できれいな桃色の花を一年中咲かせている木があるのだ。女は木になったことで夫と長生きできると喜び愛の花を咲かせている…という続きがある。
ひどい話だよね。この話から女は男が想っているほど自分のことを考えてはくれていないという解釈ができるとか。どちらの木も種類が分からないとか。『ソシノ』を見た後告白したらフられたとか。ナントカカントカ…。
ところで、僕がどうしてこんなくだらない話をしているのかというと目の前の物体に起因する。
「どうよ?これ。」
ブルーノのニヤ顔さえ目に映らないほど、僕はそれに吸い込まれていた。
「本物だ…」
僕がボソッと言うと、
「ははん、やっぱりな。俺の目に狂いはなかった」
悔しいが、本物のラナー式魔導懐中時計だ。外装は錆と汚れでただの鉄くずだったが、中は100年前の物とは思えないほど劣化が少なかった。残念ながら中核である魔力石だけは無くなっていた。
ラナーは魔力石を用いた道製作において天才だった。魔法の力が蓄えられた魔力石は少量でも大きな力を得られる反面、力の制御が難しかった。特に長期にわたり力を取り出すといったことが出来なかった。その問題を解決したのがラナーだ。ラナーは取り出した魔力を特殊な金属構造により魔力を逃がさないように螺旋状に循環させたのだ。この金属構造は今ではラナー式と呼ばれ幅広く使われている。
特に彼の作った懐中時計は人気だが技術の伝承がなされなかったため、希少性が高い。誰も自分の時計を出そうとせず中身を確認できないから現在同じようなものは作れないとされている…のだが、
「おい、いくらだ?」
最悪こいつはボイラーの燃料になってもらうか…。そう考えていると、
「怖い顔すんなって。言っただろ?お得意様へのビッグニュースだって」
その次のブルーノらしくない言葉に僕は驚くことになった。
「お前なら、こいつにいくら払える?」
登場人物
シェイプ・トリニダート
主人公。いつもは物事を正常に判断できるが慌てたり、興奮したりすると途端に冷静さを失う。懐中時計のような小型化された精巧な作りの物が大好き。特にラナーのファンと言っても過言ではないほど彼の作品に惚れている。
ブルーノ
ガラクタ屋ブルーノの店主。とある理由でシェイプに商談を持ち掛けた。彼が店を『ソシノ』の横に構えたのは単に店自体の値段が安かったからである。