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「まだ〜?」
アキラがリョウに尋ねた。
「まだ」
手も休めずリョウが短く返す。
「「ちぇ〜っ」」
こんな時ばかり双子のようにぴったり声のそろう、タケルとアキラ。
さっき腕を止めたので2セット目をやり直しすることにしたらしいから、もう少しかかるだろう。
ゆっくり時間をかけて腹筋をしているリョウを見やる。
正確に言うとカタカナの名前がついているらしい……リョウが言ってた……が、腹筋トレーニング法の種類なんて俺は覚える気がなかったので記憶に残っちゃいない。
ついでに言うと、いまさら調べる気もないので悪しからず。
そんな俺と違い、いまさら、なんて考えず日課の筋トレに励むところがリョウらしい。
それを止めろとも言わず待っている俺たちも、らしい。
リョウがなぜ俺たちと来る道を選んだのか、俺には理解できない。
アキラと同じく、出会った仲間が俺たちじゃなかったら、リョウはリョウらしく健全に生きていたのではないだろうか、これからも。
「別につきあう必要はないんだぜ?」
俺がそう言ったら、表情の変化が乏しいリョウが目を見開いた。
そんなに驚くことかよ、と思った。
あれはサトシが病院へ行くと一番に仕事を終え帰り、騒がしい二人……アキラ&タケルのコトだもちろん……を次に終わらせ、俺達二人が最後に残った日のこと。
「お前には理由がないし」
黙ったまま返事がないから続けてそう言った。
リョウが離別の道を選んだとしたら俺はどうするべきだろう? リョウがまったく傷つかず生きていけるとは思えない。表面に見せなかったとしても深く深く傷つくはずだ。
俺は……。
「その言葉、お前に返す」
「……俺?」
思考に沈みそうになった俺を現実に戻したリョウは、俺が考えてもみないことを言った。
「そう、お前」
「俺は……お前達といるよ、最後まで」
そう、それは決めてある。ただ二手に分かれられた場合が問題だ。
「俺もそうだ」
リョウはきっぱり言い切った。
「でも……生きていけるだろ? お前は」
傷ついても、一人で……。
普通に家族がいて、普通に俺達以外の友人がいて……無口で無愛想でもなぜか人が寄ってくるんだよな、リョウは。
至ってマトモに健全に育って、たぶんこれからも真っ直ぐ生きていける。いささか真っ直ぐ過ぎるきらいがあるけど、これだけたくさんの人がいるんだ、こんなのもいていいと思う。
「生きていって欲しいのか?」
「……ああ、そんな感じかもしれない」
誰か一人くらいココに残って欲しいのかもしれない。その一人に俺がなるのはごめんだけど。
「お前には悪いがそんな気はない」
「そう」
もう腹を据えてしまっている顔つきに説得の言葉も出てこなかった。
リョウも言う気がないのか、もうすることもないのに控え室で二人黙ったまま座り込んでいた。背中合わせで。
「なあ」
「なんだ」
寝ちゃったのかと思うぐらい長い沈黙の後、俺が呼びかけるといつもどおり潔さの感じられる声が応えた。
「アキラがさ」
「ああ」
「もし、残るって言ったら、リョウ、一緒にいてあげくれない?」
「お前がいてやれ」
「俺よりさ、リョウのがいいよ、きっと」
「言わんと思うがな」
「だから、もしだって言ってるだろ?」
「どうせ可能性のないことだ。いいだろう」
それでもさ、ココにいて欲しいな。リョウとアキラには。
こんなコトにまでつきあいイイとかノリがイイとか、どれだけなのって話しだし。
「俺さ」
「ん」
こっそり秘密を話すように。リョウにだけささやいた。
「皆のこと好きなんだ」
珍しく素直な俺にリョウは言った。
「俺もだ。ついでに言うと、そんなことみんな知っている」
うん、だから最後までいたいんだ。
思い返すと、じわりと涙腺にキタ。
幸いなコトに、零れ落ちるのは思いとどまってくれたけれども。
短い休憩をはさんで3セット目に入ったらしいリョウに、お前見てると飼い主を待つしかなかったハチ公を思い出すよって言ったら怒るかな。
実際は飼い主がくれていたエサ待ちだったってぶっちゃけ話もあるけど。
エサなんかなくてもリョウは迎えに来てくれるよね。絶対に。