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「すっげぇー!」

 歓声をあげるタケルに、緊張が走るのがわかった。

「あぶないよ、タケル」

 今にも口笛でも飛び出しそうなテンションで、身を乗り出すから注意をする。

 だけどヒャッハッハッと笑って、覗き込むのはやめようとはしない。まぁ、もとより聞くとも思っていないが。



 明るく元気と評判のタケルが、実のところ一番壊れているのを俺達は知っている。

 どうして誰も気づかないの? 周囲の愚かさを嘲笑いながら、それでも心の片隅で気づいてくれと願っていた。

 それはもうかなわないことだけれど……。






 俺がタケル及びその他3名と出会ったのは、1年ほど前のこと。

 その時にはもうすでにダメだったのだと思う。

 俺達は出会うのが遅すぎた。



 違和感は俺達の距離が縮まるにつれて大きくなっていた。

 でも確信をしたのはあの日……。


 その日、俺達は楽屋で騒がしく差し入れの軽食を奪い合っていた。

 その中心で騒いでいるのがタケル。

 俺達の中で一番小さく、細身のクセに一番よく食う。

 しかも食い意地がはっているもんだから、こんな時率先して奪いに行くわけだ。

 逆に、一口くらいは食べたいなーなんて思いつつ、だけどそこへ突入するのをためらうのが俺で、騒ぎ立てるガキどもに食傷気味になって傍観者に徹するのがサトシ。

 タケルの横でアキラが俺にもよこせと、タケルと張り合える騒々しさを存分に発揮して叫ぶ。

 口よりも先に手がでるのがリョウ。不言実行できっちり自分の取り分を確保。

 欠食児童かってぐらいに最後の一片まで奪い合うその姿勢に、食べたかったことも忘れて感心していると、横でサトシがつぶやいた。

「てめぇらは人間じゃねぇ」


 見事に散らかったソレを、ありつけなかった俺がなんで片付けてるんだろなー、なんて思いながら適当にまとめている時だった。

 リョウは手伝ってくれて、サトシが呆れた顔で見ていて、アキラは俺の隣にあった椅子に腰掛けて携帯をいじりだしていた。タケルはテーブルをはさんだ俺の真正面。


「邪魔だよ、タケル」

 お前が言うなって感じのアキラがそう言うのと同時くらい。

「いたッ」

 俺の指先に痛みが走って、慌てて見たら線が一本。みるみる真紅の液体が玉を結ぶ。

 男にしては珍しいことかもしれないが、俺は血がまったく平気だった。

 と言うより、血の紅が好きだった。他人を傷つけて見ようとするほどいかれてはないが、自分が怪我して流れる様に見入るぐらいには。

「どうした?」

 リョウが覗き込む。

「厚紙で切った」

「厚紙っ! ソレ、地味〜に、でもすっげぇ痛いじゃん」

 顔もあげないでアキラがそう言い、眉間にしわを寄せた。

 こんなに厚さがあるのに切れるんだなぁ、なんて思いながら血が流れだすのを見ていた。

「段ボールで切ったって話も聞いたことあるぜ?」

「それ痛いっ! つーか聞きたくねぇよ!」

「紙は切れ味が悪いからスパッときれいな切り口にならないんだって。つまり、傷口がギザギザ。だから小さい傷のわりに痛みが大きいんだってさ」

「聞きたくねーって言ってんだろっ! このサドシっ!」

 携帯を放り出すかのような勢いのわめき声を聞きながら、ふといつもなら一番うるさいはずのタケルが静かなことに気づいた。

 顔を上げると俺の指先を凝視している姿。思わず呼び掛けようとする俺をさえぎったのはリョウの声だった。

「いい加減、止血しろ」

「あ。……ああ、そうだな」

 片手に消毒液を持ちながら、同意した俺の手首をつかもうとしたリョウ。

 だけど先につかんだのはタケル。


 ピチャリ。

 柔らかな舌が血を、舐めた。


 声を発することどころか、身じろぎ一つすることもできなかった。

 それは皆同じようで、息を殺して舐め啜るタケルを見つめ続けた。例えかすかでもなにかしらの音を立てれば均衡が崩れると、無意識に感じ取っていたのだろう。

 だが、そうしていても、終わりがぐんぐん近づいて来ている気がして、悲鳴を上げそうになる自分を懸命に抑えつけた。


 いくら柔らかいとは言え、傷口に触れればチリリと痛む。

 そして傷口に触れると言うことは、終わりが来たってことで……。


 そして、動きを止めたタケル。


 恐る恐る。

 でも声は震わさないように。ひっそりと。

「タケル?」


 ガタンッ!

 でかい音と、尻にガンッと来た衝撃、脳みそが状況を把握できずにぐらぐらする。

 衝撃が収まり、急いで目を開けた。

「……喰いたい」

 すぐ目の前にあったタケルの唇がそんな言葉を紡いだ。

「喰って、全部俺の中に……」

 どこにも行かさないように……。常に共にあるように……。

「……俺を?」

「お前も、だ」

 イケナイコトを言ったみたいにうつむいちゃったから、タケルが今どんな顔をしているかわからない。

 でも……。

「愛されてるな、俺」

 弾かれたように俺を見たタケルに違うのか? という意味を込めて笑いかける。

 タケルは泣き笑いみたいな顔をして、言った。

「だから、お前だけじゃないって」


 愛しくて哀しくて……ぎゅっと抱きしめた。

 ……泣きたかったけど、泣けなかった……。






 どうすればいいかもわからずに、ただ俺達のせいで加速される崩壊を見てきた。



 今の時代、人間は狂うんじゃない。気が違うんじゃない。

 壊れる。

 それこそ、ツクリモノのように。


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