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雪を結う  作者: 広瀬葉太
第二章 苦渋
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私が通っている高校は、自宅を出て最寄りの駅から上り線を3駅行き、そこからバスで10分ほど行った所にある。小高い丘の上にあって、天気のいい日には富士山も見える高校だ。そうした落ち着いた環境で学べるからか、集まるのは進学を視野に入れた人ばかりである。勿論行事も多くあるのだが、基本的には勉強に熱心なのが特徴である。私はその落ち着いた雰囲気が好きでこの高校を受けたわけだが、音楽に夢中な今は勉強の事はあまり考えられていない。まあ、否が応でも、周りの空気感がほぼ勉強な今は、勉強のこと、つまり大学進学について考えなければならないのだが。


学校に着いてから、席で前日の課題を眺めていると、クラスで一番仲が良い涼香が話しかけてきた。


「なに眺めてるの?」

「昨日の宿題(笑)」

「それ少し難しかったよね」

「ね。いつもの倍かかったよ(笑)」


そういえば、進路希望の紙の提出が近いことをふと思い出した。


「進路希望の紙書いた?」

ふと私が聞いてみると、彼女はさも当然というような表情で言った。

「うん書いたよ。あれって提出明日だったよね?」

「そうなんだよね。」

「雪音は書いた?」

「いやまだ書いてない。」

「進路決めてないの?」

「そう。まだ迷ってて」

「そうなんだ。」

言うと涼香は、少し困ったような表情を浮かべた。しばし沈黙する。

「授業、もうすぐだよ。」

少し間をおいて、私が言った。



その日は、三者面談の日程が配られた。私は期間三日目の15時から。

進路に迷っていた私にとっては、少し脅迫めいたもののように思えてそれが煩わしかった。親にそれを知らせることすら億劫だった。


「母さん、これ。」

日程のかかれた紙を差し出して、夕飯後にゆっくりテレビを観ている母に三者面談の事を話した。

「三者面談?」

「そう。日程決まったの」

「はーい。」

のんびりした口調で了承する母に、私は少し気が抜けた。

「雪音はもう、進路決めたの?」

答えが分かっているような口調で、母は私に聞いてきた。

「、、、、、。」

母が勝手に推測した答えを否定したくなくて、少し黙った。それが結果として否定になった。

「もしかして、決まってない?」

母が聞いた。

「うん。正直迷ってる。」

私は、素直にシンプルに答えた。

「じゃあ、他にしたいことがあるの?」

そこまで驚く様子もなく、ただ会話をするように母は聞いた。

「少し前に、渡瀬さんの話したじゃん?あれ以来、歌手目指したいなと思ってて。」

9月のあの日、渡瀬さんの意思に触れて以来、ずっと迷っていたことがあった。生き方は人それぞれある。もちろん皆と同じように、普通の生活を求めて行くことも幸せである。それは、いわゆる線を外れない生き方、ということになるだろう。でも渡瀬さんは、覚悟を持ってやりたいことに向かって進んでいる。独りになることも厭わずに。私は、今その孤独が一番怖いのかもしれない。だからこうして、長い間迷っているのかもしれない。ただ本音は、私も彼女と同じように、音楽がしたい。


「甘い仕事じゃないのよ。それでもやる?」

母は、それまでよりは少し強い口調で聞いた。そこに皮肉めいたものは無かったが。

「やりたい、と思うよ。でも自信がまだない。」

正直なところ、自信がない、というよりは皆と違う道に行くのが怖かった。それこそ未知の経験と言えるものである。まるでひとり放り出されたジャングルを開拓して、自力で線路を敷いて行くような。私が敷いたその線路は、後から来る人を導くことは出来るかもしれない。でも、その線路を通すべき道は示されていない。そしてそれは、全てひとりで通すべき物なのかもしれないし、そうではないのかもしれない。今の自分には、その答えは出なかった。だから、怖くて進めない。でも、もちろんやりたい気持ちも強かった。音楽がただ好きだから。そして、それを本気で仕事にする生き方があることを知ったから。その相反するふたつの感情が混ざっているから、本当はどうしたいのか、うっすらとして曖昧で、はっきり分からないのだろう。そんな心情で進路を決めろと言われても、到底できない。

「自信が無いのに、出来るわけないでしょう。」

その通りだと思った。でも、音楽が好きな気持ちがある。合理的な答えなんて分かっているけれど、はいそうですねと、あっさりと切り捨てられるほど、甘い気持ちで音楽をやっているわけでもなかった。

「でも好きだから。私は音楽がしたい。」

素直に気持ちを言えたのは、いつ以来だろう。辞めたいなんて一度も思ったことはない。それは小6の、あの挫折の時だって同じだった。嫌いになるなんて、もしそうなったとしたらもうそれは私が私じゃなくなってるだろう。それくらい、本気で音楽が好きなのである。

「気持ちは分かった。やってみなさい。でも中途半端になったら、辞めさせるからね。」

優しい言葉ではある、でも最後がどこか冷たかった。

やらせて貰えることにはなった。でも、今まで母が口にする事はなかった言葉を言われて、少しばかりの怖さを感じた。

怖くても、ここからは本気でやらなければいけない。思う存分やろう、と心に決めて、その日は布団に入った。

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