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夏休みは終わるのが早い。特に今年は、初めてライブに行ったこともあって、いつもよりいっそう早く感じた。高二の二学期は残暑が厳しい、クーラーのない状況下では干物になりそうな一日から始まった。始業式が終わって教室に戻ると、しばらくして担任の先生が来た。
「宿題集めるぞー。」
ヤバい忘れた、という声ももちろん聞こえてきた。当の私は前日に徹夜でやって来た、無理矢理終えた感満載の字が悲惨な宿題達を提出したのだが。
HRの最後に、進路希望の紙が配られた。私の居る高校は大学進学率はそこそこあって、多くの生徒は大学進学を選択する。特に難関の大学を目指している人は、この時期ともなればすでに受験勉強を始めている。私は、はっきり言って進路が明確ではなかった。もちろん大学進学がベタだが、大学にやりたいことがあると言われれば黙ってしまう。キャンパスライフはサークルなどに入れば楽しめるのだろうが、医者や公務員を目指しているわけではないし、商社マンなどその他大学での勉強が活きる道を目指しているわけでもない。だから、四年間一般の大学に行ったとして、そこで有意義な時間が過ごせるとはあまり思えなかった。正直に言えば、音楽大学に行きたい気持ちがあった。とりあえずはそれを目指してみるかと思ったが、はっきりせずに結局は一抹の悩みになって頭に残った。
その日のレッスンの帰り、渡瀬さんが私の異変に気づいて話しかけてきた。
「雪音ちゃん、今日元気なかったね。何かあった?」
「実はね、、、」
言おうとしたところで、情けない気持ちがしたので止めた。
「実は、どうしたの?」
少し心配そうな表情で聞いてきた。
「うーん、、、。」
「言いずらかったら言わないで。でも言ったら変わるかもしれないなら言ってよ。」
優しい彼女の言葉に、少しずつ言葉が漏れていった。
「実は今こんなものを渡されてるの。」
「進路希望?」
「うん。大学行くのが良いのか、それとも、、、」
「それとも?」
「音楽の道に行くのか。」
「雪音ちゃんは、どうしたい?」
「本音は音楽がしたいよ。だけど、それじゃこの先厳しいでしょ?」
「厳しいって?」
「それだけで生きていける人って、ほとんど居ないでしょ?」
それを聞いた渡瀬さんは、少し黙った。薄暗くなった空を見て、言い聞かせるように言った。
「私は、厳しくないと思うな。簡単だってことじゃないけど、意思があるなら何でもできるもんだよ。お父さんがそう言ってた。」
私を見て、彼女は続けた。
「私ね、キャトブラが本当に好きなの。いつかああなりたいって思ってる。これは本気なんだ。だから、甘く考えてないし、覚悟もしてる。確かに普通っていう幸せもあるんだと思う。でも、本当に惚れた音楽で、憧れ目指して、全力でいった方が私にとっては幸せだから。」
「そっか、そうだよね。」
覚悟を持った彼女の言葉に、私は圧倒された。こんなに静かに、涌き出てくるほど強い夢を語れる人に、私は初めて出会った。
「だから、もし雪音ちゃんが同じ事を少しでも考えているなら、お互い頑張りたい。少しずつでもいいから、互いに前に進みたい。だから、頑張ろうよ。」
私はそこまで覚悟を持って音楽をやっていた訳ではなかった。ただ好きだからやっていた。だから
「強い覚悟を持ってる人と、中途半端な私じゃ、同じようになんて、、、」
「出来るよ!覚悟とかそういう事じゃない。ただやりたい気持ちが強いだけだよ、私も。」
「そんな、、、」
結局その日は、「やる」とは言えなかった。弱気な自分がやるせなかった。でもそれ以上に、夢がどういうものなのか、それだけは気付けた気がして、ほんの少しだけだが、前に進む気になれてきた感じがあった。