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雪を結う  作者: 広瀬葉太
第一章 黎明
3/6

前日に全く眠れなかったせいで、渡瀬さんと会うまで起きているようで頭は上の空状態だった。まったくなぜ、高揚した心は私を寝不足に導くのかと、当てもなく聞きたくなる気持ちだったが、何せ楽しみにしていたキャトブラのライブが今日の夕方には始まっていて、しかもそこに私もいると考えると、そんな事など何処かに飛んでいった。

最寄りの駅で電車を待っているとき、渡瀬さんがペンライトを渡してくれた。

「これね、ライブで一番盛り上がるときに持って上にあげるんだけど、雰囲気を引き立てるファクターになって凄い感動するんだよ。」

普段あまり見せない笑顔で、訴えるように彼女は言った。ライブというもの自体、私にとっては初体験であり、どんな感覚なのか、どんな気持ちになるのか分からなかった。それがワクワクする気持ちを強くしていたのだが、普段はゆったりしている渡瀬さんがここまで輝く目で、溌剌とした口調でいるということもまた、私の中の未知を知りたがる心を鷲掴みにしていた。

昼前に会場の水道橋に着いた私たちは、とりあえずご飯を摂ろうということで駅の近くにあるうどん屋に入った。思ったよりも大食いな渡瀬さんに驚きながら、向かい合って席に座る。

「さっき同じペンライト持ってる人いたね!」

結構な数の人が同じペンライトを持っていたのだが、私にとってはそれも驚きだった。

「ライブ前の会場近くっていつもこうなんだよ。各々ワクワクしてて、なんかすごい明るい雰囲気なの。」

そういう渡瀬さんも、実際あまり落ち着いていない。と思っている私もそうなのだろう。

初ライブに行って一番初めに気づいたのは、始まる前までそわそわしていて落ち着かなくなるという事だった。昔小さい頃、遠足に行く前によくなっていた感覚に似ている。はやる気持ちを抑えながら、昼食を渡瀬さんと楽しんだ。

辺りが夕陽に染まり始めた5時に、会場のドームに入った。中は薄明かるい灯りが点いて、独特の渋い雰囲気を出していた。私たちのいる位置からはドーム全体を大きく見渡すことができたが、見る限り空いている席はなく、ほとんど満員御礼といった感じだった。会場にいる人達の熱気で中はサウナのように曇っていた。時折流れる注意換気のアナウンスも、待ちきれない気持ちを昂らせるもののひとつのように私には聞こえた。

「初めてだからかな。凄い動悸が。」

笑いながら私が話しかけると

「私も。ライブ前必ずこうなる!」

明らかにいつもの落ち着いた声とは違う、興奮した大きめの声で答えた。お酒に酔ったように明るくなった彼女からは、本当にキャトブラが好きで音楽が好きなのだということが、私までその感情が伝染してくるほど伝わってきた。ライブが始まる前ですらこの盛り上がりだから、始まったらどうなるんだろうと密かに楽しみにしてみることにした。

もうそろそろ時間だと思い時計を見たとき、辺りが真っ暗になった。間髪入れずに、会場からは大歓声が沸き起こった。ドームのスタンド席の端の、大きなステージにスポットライトが当たる。辺りが一瞬、眠ったように静まり、聞き覚えのあるギターのイントロが流れ始めた。それに合わせて手拍子が始まったので、慌てて私もその流れに乗った。ドラムの音を合図に、ギターの音が強くなる。ステージを見ると、あのキャトブラの二人の姿があった。初めて行ったライブの始まりは、私がキャトブラを好きになるきっかけの曲だった。ふと隣を見てみると、そこには綺麗な景色を見て感動するときのような表情で手拍子をする渡瀬さんの姿があった。

「楽しかったあ。また行きたいな」

心地よい疲れに包まれながら呟いた。

「また行こうよ。」

少し汗っぽい渡瀬さんが言ってきた。

「うん!何か夢みたいだった。ありがとね、渡瀬さん!」

実際、ライブ中ではっきり記憶にあるのは開始時の渡瀬さんの姿と、アンコール後のキャトブラの二人のトークだけだった。トークのなかで、来年またツアーを予定していることが発表された。

「来年、またツアー行きたいね。」

ふと呟くと渡瀬さんは

「そうだね。でも進路とか大変な時期だなあ。」

確かに、来年の今頃は入試か就職か。ぼんやりしていると、彼女は続けた。

「でもまた行こうね、必ず。」

「そうだね。行けるでしょ一日くらいなら。」ふざけるように言うと

「行っちゃおう。」

渡瀬さんも乗っかってきた。そのノリが面白くて、しばし二人で笑い合った。

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