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雪を結う  作者: 広瀬葉太
第一章 黎明
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黎明 1

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「よし、ここまでにしようか。お疲れさまね」

最後に一曲弾き終えると、講師の松川さんが言った。ギターをケースに仕舞って、帰る支度を整えた。レッスンルームの端にある時計は19時半のあたりを指していた。いつもならもう家でご飯を食べている頃かな、とふと思ってお腹が空いてきた。もう少し練習したかったから、終わる時間の18時頃に松川さんにお願いして、残って練習させてもらった。たまに定時の練習時間だけでは納得しなくて残ることがあるから、居残りに快く付き合ってくれる松川さんが講師で本当に良かったといつも思う。

部屋にはもうひとり、一緒に残って練習していた少女がいたので、彼女と共に、松川さんに挨拶しに向かった。

「ふたりともお疲れさま。良くなってきてるよ。特に渡瀬さんは、聴いていて気持ちよかったよ。和泉さんはもう少し滑らかに弾けるともっと良くなるかな、あと一歩頑張って。」

「ありがとうございます。」

先に渡瀬さんが答えたので、私も続けて

「やっぱり堅かったですか?」と聞いた。

「そうね、特にCメロの盛り上がりの所。曲中では一番の山場だから、そこ次第で曲の善し悪しはだいぶ変わるのよ。だから、堅かったそこを自然に滑らかに行けると聴き心地が良くなるの。そこをもう少し、頑張って。」

「分かりました。頑張ります!」

張り切って返事をして、部屋を後にした。

外はもう街灯でかろうじて道が見えるくらいになっていた。スクールから家まで、暫くは大通りを歩くから、全く怖くはないんだが。薄めの服装だったので少し寒さを感じながら歩いていると、前には見覚えのある姿があった。走ってそれに追いつき、横から話しかけた。

「渡瀬さん!」

「わっ!もう。雪音ちゃんやめてよ。」

驚いた顔で振り向いて、私を見て安心したように言った。

「帰ろう!途中まで。」

いつも通り私が誘うと

「いいよ、帰ろう。」

少しだけ明るくなった声で彼女は答えた。

渡瀬結衣さんは同じギタースクールの仲間で、私はいつも渡瀬さんと呼んでいる。同い年の高校二年なのだが、私にとって謎ながら丁寧に呼ぶのがしっくりくるのでそう呼んでいる。彼女と出会ったのは去年の秋で、その頃の私はやっと、一曲通してコードを見ずに弾けるようになったという感じだった。

初めて見たときの印象は、爽やかで大人らしさがある美人さん、といった感じだった。私は子供っぽいとよく言われる(仲のいい友達には幼稚園児だとかしょうがくちぇいだとかからかわれる)のだが、そんな私にとっては彼女が羨ましくもあった。とはいえ、彼女はギター未経験で入ってきた生粋の初心者だったから、私が教えることも稀だがあった。そうしてギターを教えている中で自然に仲良くなったのだが、今や彼女の方がギターが上手いから、少し複雑な気持ちにならなくもない。

「雪音ちゃん!」

「ん、あ、ん?」

考えを巡らせていたせいで、今までずっと呼ばれていたという事に今更気付く。

「ちょっとぼんやりしてたでしょ?」

「い、いやいや~。」

「まったくもう。」

少し呆れたように彼女は言った。

「どうしたの?」

「キャトブラ。ライブやるの知ってる?」

「そうなの?」

何だ初耳じゃないか、と思った。

「うん、今年の夏。8月にドームでやるって!」

「いいなあ。行きたいよ」

「今まで行ったことないの?」

「うん。好きになって以来1度も。だから行きたいなあ」

「じゃあさ、行ってみない?キャトブラのライブ」

渡瀬さんに何かに誘われたのは初てめだったから、びっくりしてほんの数瞬停止したが。

「行く!でもチケットは?」

「私が取ったよ。2枚!」

準備の良さに感嘆したが、逆に申し訳ない気持ちが、何も準備に関わってないせいで押し寄せてきた。

「えー、申し訳ないよ。」

素直にこぼれたその言葉を打ち消すように、渡瀬さんは押すように言う。

「気にしないで!丁度一緒に行ってくれる人探してたんだよ。」

申し訳なさも多々あったけど、渡瀬さんの輝く目と押しの強さに負けて、ここはふたりで行くことにした。

「チケット代、ばっくれないでよ?」

渡瀬さんがふざけたようにそう言ったところで、今日は別れた。

渡瀬さんがキャトブラ(cat blosson)のファンだということは、仲良くなり始めた頃から知っていた。キャトブラがきっかけでギターを始めたというのが彼女とは共通項で、二人で話すときはキャトブラがよく話題になったりした。夏にライブがある事を私は知らなかったし、そういう意味では彼女の方が熱烈なファンだと言えるかもしれない。

思えばライブといういわば「祭り」に行くのは初めてだ。その初ライブがキャトブラで、しかも同じ音楽をする仲間と行けるということが素直に嬉しかった。この初体験に誘ってくれた渡瀬さんに感謝の気持ちが溢れたのと、行く日はまだ先なのに高揚する気持ちに挟まれて、全く寝れぬまま次の日を迎えた。

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