死神
この最果ての墓場は、かなり広大な敷地だ。
そして、ほぼ同じような風景なので使命を終えた後に小屋まで帰るのにそれなりに時間がかかる時もある。
危険なので終わったらとりあえず三人集合をしようというのは一つの決まりごとだ。
この墓場において危険とされるもの、それは──
「ねぇ、今日も『死神』は出てこなかったの?」
帰りの道すがら、ミラがそう呟く。
──死神。
この最果ての墓場に存在するとされているもの。
いつからこの場所が存在していたのかは不明だが、少なくとも私がここに来たときにはその存在が仄めかされている。
死神とは、死を司るもの。
死んだ人間の魂の管理者と呼ばれる伝説上の存在。
一説には、最上位の神とまで言われるもの。
そのようなものが、この死ばかりがあふれる最果ての墓場に存在する最後の存在。
しかし、私はその死神に遭遇したことは無く、他の二人も勿論出会っていない。
ならば、なぜいるかも分からない存在のことを気にするのか。
それは、死神の手によって殺されたかもしれない人がいるから。
私が来た頃から、このメンバーだったわけではない。
所謂前任者がここにはいた。
その頃も三人ということは変わりはなかったが、シンシアも、ミラも、まだいなかった。
前任者だったのは、エリーとクリスという女性だった。
彼女達との会話はあまり覚えていないが、やはり私とは違い直向で真っ直ぐな女性だった。
そんな彼女達と使命をこなしながら過ごしていたある日、エリーが行方不明となった。
いくら広い敷地とは言え、高い建物がなかったので見通しだけはよかった。
だが、明けることの無い夜の中で月明かりだけを頼りに探すのにも限度と言うものがあった。
三日ほどだっただろうか、彼女を探していた頃にミラがここにやってきた。
そして、クリスはこう言った。
『やっぱり、死神は存在する。
新しい人が来たと言うことは、エリーは死神に殺されてしまった。』
クリスが言うには、過去にも同じようなことが何度もあり、一人いなくなってはまた新たな人間がここにやってくる。
そして、一度姿を消した人はもう二度と帰ってくることは無いとのことらしい。
実際にミラがやってきてからも、探してはみたもののエリーが見つかることはなかった。
ここで重要なのが、殺されてしまったかもしれない、と言うところ。
殺されてしまったかもしれない、というのは遺体が見当たらなかったからだ。
どのようなものであれ、死んでしまったのなら死体というものが残る。
私達は毎日、この広大な墓場を歩き、死体を埋めて墓を建てたり、魂の浄化を行っている。
しかし、どれだけ探してもエリーの死体は見つからなかった。
もしかしたら、帰るすべを見つけてここから出て行ったからかもしれない。
つまり、殺された証拠が何処にも無かった。
遺体も無く、血痕も見当たらず、ここに魂が残っていたわけでもない。
そうやって突き詰めれば突き詰めるほど、エリーを見つけることは不可能だと理解した。
そしていつしか、探すことを諦め、私達は使命を果たす日々に戻った。
だが、またある日に、クリスは姿を消した。
あの時と同じように私とミラはクリスを探した。
しかし、当然の如くクリスの死体は見つからない。
程なくして、シンシアがここにやってきた。
三人になってからも、何度も探したがやはり見つからず、やはりいつしか探すことを諦めていた。
そういった不可解な出来事を、ここでは代々死神の仕業としていた。
「いいえ、私は見ませんでした。」
私はそう答える。
「私もー。」
シンシアも同じく答え。
今までの経験から言うなら、死神と会うと言うことはつまりこの場にいないと言うことになる。
この問答に意味など無いのだろうが、確認のために毎回同じやり取りをしている。
「本当に死神っているのかな…」
と、半信半疑のシンシア。
彼女はこの中では比較的新しくここにやってきた。
なので、まだその現実を完全には信じていない様子だ。
「いるわ、絶対に。」
と、そんな疑問をよそにミラはそう断言した。
そして、ミラは続ける。
「人の生は、常に死と背中合わせなの。
いつ死ぬか分からない、今ここで生きていても一秒先には死んでいるかもしれない。
私達は、そんな死の可能性を奇跡的に避けながら生きている。
でも、誰にでも不幸は纏わりついている。
でないと、世の中不公平でしょ?
そういった生と死の帳尻を合わせるために、死神は存在して、平等に死を与えるのよ。」
ミラの言い分も少しは理解はできる。
死は平等──
永遠の命など存在してはならないし、そんなものが存在しては生物のヒエラルキーは滅茶苦茶になる。
そういった均衡を保つために、死は不可避なものであり、必ず必要とされるものだと私は思う。
「ならなんで死神はここの人を殺しちゃうのかな?」
「彼女達の死がそこだった。
ただそれだけでしょ。」
シンシアの純粋な疑問に対してのミラの辛辣な言葉。
確かにそういうものではあるだろうが、もう少し言い方があるんじゃないかと、私は思った。
本当に死神が存在するのかは分からない。
あくまで、ミラの言い分は持論だ。
理解できる部分はあれど、納得するかどうかはまた別の話である。
おそらく、シンシアは死に恐怖を覚えているのだろう。
「さぁ、お話はそこまでです。
家に着きました、体を清めて各自明日に備えて休んでください。」
長々と話をしている間に、いつの間にか自分達の暮らす小屋に到着していた。
分からないことにいつまでも頭をひねらせていても仕方ない。
私は、いつもと同じようにボロ衣のフードと、衣服を脱ぎ、井戸水で体を清めて、眠りについた。