セレン
──冷たい風が肌を撫でる。
私は、静寂に包まれ月明かりに照らされた墓場を歩く。
今がどういった時期なのかはよくわからない。
ここは、そういう場所だから。
夜の明けない、月明かりだけが降り注ぐ場所。
人間が最後に眠る場所。
四季という概念から隔絶された領域。
最果ての墓場
誰が名付けたのか、何故永遠に夜なのか、そんなことは正直どうでもいい。
なぜなら、ここはそういう場所だから。
たくさんの人が住んでいたり、いろんな生き物がいたり、笑い声や泣き声や怒声。
そういったものなど、一欠片も存在しないから。
ここ在るものは、乱雑に建てられた墓と、何処の誰ともわからない人間の死体と、死んだ人間の魂と──
この墓場にある墓が、誰の墓だとか、明確には決まっていない。
適当に埋めて、適当に墓を建てて、それでおしまい。
そのことに対して私は、特に何かを感じることはない。
感覚が狂ってしまったのか、元々そうだったのか、誰かにそうなるように教えられたのか。
詳しいことはまったく覚えていない。
私がここに来た時から、それ以前の記憶が抜け落ちている。
私は、気づいたときにはここにいた。
同時に、私が為すべき使命を理解していた。
故に、私はここに運び込まれてくる凄惨な死体達に何も感じない。
感じたところでどうしようもない、私は私に与えられた使命を正しく行うだけ。
それが、今の私だから。
私は、乱雑に建てられた墓場を静かに歩く。
今が何時だとか、そういったことも勿論わからない。
しかし、私が今やるべきことはわかっている。
それは──
ふわり、ふわりと、風が私の纏うボロ衣のフードを揺らす。
なにかが通った感覚。
そのなにか、というものの存在は既に知っている。
私が毎日、目にしてきたもの。
人間の魂。
光の玉にも見えるそれは、私の目の前で浮かんでいた。
一つや二つではない。
天に逝きそびれた哀れな、何処の誰かもわからない魂たちが彷徨っている。
時折、声のようなものが聞こえてくる。
怒りなのか、嘆きなのか、悲しみなのか、喜びなのか。
それはよくわからない、私にとってどうでもいいことだから。
私は、いつもと変わらぬことをするだけ。
「最果てに運ばれた魂たちよ」
私は、いつもと変わらぬ言葉を紡ぐ。
「あなた達の最後は、私が看取りました」
私は、いつもと変わらぬ言葉を、彷徨う魂に語りかける。
「静かに、天へと逝きなさい。
ここは、あなた達が住まうには、危険すぎるから」
私はそう言って、手を前に出す。
手に意識を集中させる、徐々に暖かくなる。
暖かくなる感覚に比例して、私の手が光りだす。
浄化の光、と私が勝手に呼んでいるこの光こそ、彷徨える魂たちを救済する光だ。
徐々に、魂たちの形が崩れていく。
やがて、崩れた魂たちは、空に向かって霧散していった。
光を弱める、もうこの場には何もいない。
この場にあった魂は、すべて天へと旅立った。
これが、私の使命。
こういったことを、毎日、ずっとこなしてきた。
苦に思ったことはない、それ以外の楽を忘れてしまったと思うから。
無感情というわけではない、だが他人より喜怒哀楽の起伏が無さ過ぎる自覚はある。
しかし、それも今の私にとっては些末なこと。
過去にどういった私が在ったのか、なんて興味が無い。
言ってしまえば、私は今の生活に満足している。
だが、それを快く思ってくれない人もいる。
墓守は、私だけではない。
私以外に、後二人いる。
私は、自分の今日の使命を終えたので二人と合流しにいくために、また静寂に包まれ月明かりに照らされた墓場を歩く。