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病室の中で

作者: そらしろ

体温計の電子音が鳴った。


傍から取り出すと三十八度七分とかなりの体温であった。

頭がフラフラするわけだ。


「ようやく体温測れたんですね!朝私たちはやること多くて忙しいんですから言われたらさっさっとやってくださいね!いいですか⁉︎」


冴えない頭は彼女の剣幕にただ上下に動かすことで精一杯だった。


「またすぐに朝食をお持ちしますので、楽にしててください」


部屋の奥まで届く優しい声で彼女は言うとまた別の部屋へと向かっていったのだった。


「ふぅぅ」


呼吸することを辞めていたかのような苦しさから吐き出された息は重たく沈んでいった。


仕事のことが頭を過る。

プロジェクトは成功したがその後の詰めを見直して、それから先鋒のアフターケアをしなければ……。

自分のバックを探し始めたが辺りには見当たらない。

問題が次から次へと押し寄せてくる。

バックがないと財布に携帯、クレジットカードと……ああ!もう!

頭をかきむしってみるけどどうしたらいいのかさっぱり。


「はぁ」


やるせなさから付いた溜息はやはりどんより重たい。


「辛気臭いため息ばっかついて。どうした?ニイちゃん?ん?」


隣にいるらしき男が声をかけてくる。

歳の頃は六十を過ぎた辺りだろうか、坊主頭に白髪が散った感じで顎にヒゲを蓄えていた。

アロハシャツにサングラスを掛けさせたら闇の中で生きる危ない人だろうなという印象が残った。


「まぁ無理もねぇやな。あの看護師さん別嬪さんなんだけどよお。仕事の鬼というか、看護師さん連中も噂あ立てるくらいだからな。ニイちゃんえらく怒られてたし。それともあれかい?こっちか?」


小指を立てて聞いてくるじいさんの茶目っ気に少し救われつつも、


「そっちなわけないですよ。あの人とは昨日が初対面です。それよりじいさん名前は?」


仕事の時と同じようなスイッチに切り替えて受け答えをしていく。


「わしか?わしはなあ。木下 正蔵である。っていっても、しがないボンクラじじいだけどな。お前さんは?」


腰に手を当てて勢いよく名前を言ったかと思えば頭に手を当て照れたりする。

人当たりの良いじいさんだった。


「私は渡瀬紳次といいます」

いつも癖で名刺を渡そうとしてしまい、手元にバッグは疎か名刺入れさえもない状況だったと気づく。


「どんなことしてるんだい?エリート様のような受け答えばっかりしてるからさぞ儲けてるんだろ?」


手をお金に見立てていやらしい笑みを浮かべるその顔はやはり第一印象は間違いないかもしれないと予感した。


「儲けてるかは言えないですが……ついこの間プロジェクトが成功しましてね。商社なんですが……。部下に休みを取れってせっつかれていざ休みを取ったらこの有様ですよ。ざまあないです」


じいさんには申し訳ないがこの辺りで話の腰を折らせて貰おうと試みる。


「そうだったのかあ。大変だったんだな。まああれだ。元気出せよ!」


「ありがとうございます」


深くお辞儀をするとじいさんはもうどこ吹く風で向かいのおっさんと談話し始めた。


「ふぅ」


初対面の方と接するのはやはりいつやっても緊張する。

これでも対人スキルを上げるため講習や講演を聞いてきた甲斐があるというもの。

ほっと一息つくと扉が開き、看護師が朝食を運んで来た。


ベッドの上にある可動式のテーブルにお盆に乗せられたご飯が置かれる。


湯気を出した白飯、ヒジキに冷奴、お新香と味噌汁が入った椀と質素ながらもバランスの取れた食事だった。


味噌椀の蓋を開ければフワっと立ち上る湯気。

白味噌を使った油揚げとワカメの味噌汁。

味噌の風味が鼻腔をくすぐる。


唾が口の中に広がるがまずは白飯をパクリ。

程よい甘さと米の一粒一粒の食感が歯に程よい刺激を与える。

お新香は沢庵のみであるが、一口食べればポリッっと子気味の良い音を立てて橋を休ませてくれる。

また程よい酸味が口の中を浄化してくれるかのようだ。

奴さんは醤油がかけられていたので塩分控え目なのだろう。

箸を通せばホロリと崩れる。

上に乗った生姜と鰹節をうまく乗せて口に運ぶ。

危うくポロリと落ちそうになるところを顔を近づけ回避する。

これはばあちゃんに良く怒られてたな……。

癖は早々に治せないけど、変えなきゃ……。

口に運ばれた豆腐は噛むことなく舌の上で溶けていく。豆独特のほろ苦さと鰹節の風味。

ピリリと刺激がくるのはおろした生姜。

ホロリと涙が溢れてしまって自分でもびっくりした。

味がわからなくなる。


誰かに見られでもしたら思うといてもたってもいられず白飯を掻き込み、味噌汁で流し込む。

ヒジキも白飯と一緒に掻き込めばお盆の上は片づく。

お水も置かれていたが飲む気にならず、イソイソと布団を被りだす。

暇な時間がこんなにも苦痛と感じるのいつからだろうか。

ばあちゃんはどうなったのだろうか。

部下達はちゃんとやっているだろうか。

頭に響く警告は鳴り止まないがこれは熱のせいだろう。

不安と寂しさを紛らすための鐘の音なのかもしれない。

考え事ばかりが増えていくことに嫌気がさしてきて、考えるのは辞めてまずは体を休めようと目を瞑ることにした。


横を向き、膝を抱えるようにすると自然と落ち着いていきいつしか暗闇の中に入っていった。













「起きて下さい。薬持ってきたので飲んでくださいね」

誰かにそう言われているような夢を見た。

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