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神様の指先 〜幽霊少女と引きこもり〜  作者: 車輪
第2章 『ウミの未練』
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第5話 『異変』




 朝起きると、ウミが床に寝転んでいた。

 いつの間にか、起床時刻が平常を取り戻しているのに驚きつつ、俺は、寝ぼけた眼を擦る。昨日は何か、夢を見ていた気がするな。懐かしい夢。

 眼を擦ったら欠伸をこぼして、そして床に寝そべるウミを見る。

 …………首が付いていなかった。


「え」

 思わず目を白黒させてしまう。

 なんだこれは。


 見てみると、断面は綺麗だ。切断とか、そういう外的要因によるものではなく、最初から、そこに頭部など付いていなかったかのようだった。

 半透明のウミは、先ほどからピクリとも動かない。指先まで完全に力が抜けているのが分かった。

 寝ているのだろうか……んなわけない。

 幽霊であるウミには、睡眠などは必要なかったはずだ。とすると、俺が寝ている間に何かあったのか。でも、ウミに危害を加えられるものなんて無いはずだし。


 それにしても、血とか、グロテスクな断面とか、死臭のようなものとは無縁のこの光景は、却って気持ちが悪かった。吐き気を催すようなものではなく、脳裏に警鐘が鳴り響くような、俺自身の生までも根本から揺らがすような、そういう嫌悪感だ。

 ウミと、フユカ先輩が重なっていた時と、同じものだ。

 幽霊というのは、俺にとってとことん訳のわからない現象で、でも、このままウミを放置しておくわけにもいかない。


 ウミが見えているのは、俺だけなのだから。


 俺は、ウミのすぐ隣まで近付いて、人差し指で、恐る恐るウミのワンピースの裾を突いた。温度の無い感触がある。次に肩を叩くが、反応は無い。

 ウミの体を通して見える床の色が、いつにも増して俺の心を落ち着けてくれているのが救いだ。しかし、この状況を脱する糸口は、一切つかめないままだった。


「どうなってんだよ……」

 思わず、虚空に呟きが漏れる。

 それは立ち昇る湯気のように部屋に広がって、憂鬱に覆った。

 俺は、その様子を眺めるかのように、顔を上げて、天井を仰いだ。

 そこにはウミの頭部が浮かんでいた。

 俺は、顔を上げた勢いをそのままに、上半身を仰け反って、膝をガクンと曲げて、尻もちをつく。痛む尻に顔をしかめながらも、両手を床について体勢を整えて、天井に向き直した。

 やっぱり、ウミの首が、天井付近にある。

 さらに、その首は浮遊しながら、くるくると、不規則に回転をしていた。


「あっち向いてホイ」

「あっち向いてホイ」

「あっち向いてホイ」

 と呟きながら、

 くるくる。

 くるくるくる、とウミは回った。


「………………」

 俺はその異常な光景を前にして、何も言えなくなっていた。



 ▼



 今は、7月の初めである。

 春の終わりに不登校を止めることにした俺は、何とか、現在もまだ、それを継続できている。起床時間はウミによって矯正され、生活はいくらか健康的に戻った。

 もちろん、全てが上手くいっているわけではない。


 ブランクを取り戻すことは難しく、授業には、相変わらず着いていけていなかった。今月末から8月の初頭にかけて執り行われる学期末試験は絶望的で、半ば諦めている。

 聞いたこともない教師のクラスに押し込められた少人数の演習講義でも、かなり浮いた存在となっていて、非常に居心地が悪い。嫌がらせを受けているとかそういうわけではなく、『気を遣われている』というのがただキツかった。

 表面的な部分は変えられても、なかなか、根本的な問題は解決しないものだ。

 ただ、今は何をするわけでもなく、学校に行くことだけを続けている。

 ウミもうるさいからな。


 …………そう、ウミだ。

 8月の終わりには消えてしまうらしいウミなのだが、俺は未だに、彼女の未練を知らない。

 どうやら、俺に関係のあることらしいのだが、ウミの『やりたいこと』に付き合っている日々の中で、聞くタイミングを得ることができなかったのだ。


 ウミの方も自分から言い出そうとはしないし、であれば、俺も、無理に聞き出したくはないのだった。

 分からないことだらけのウミだけど、それでも、この二ヶ月ほどで分かったことがある。

 それは、何も考えていないように見えたって、かなり脆い部分を隠し持っているということだ。


 行動の一つ一つを、どこか我慢した表情でこなす彼女である。

 そして俺は、そんな顔を見たくはない。

 ウミが戻ってきた理由。それすなわち、最大の未練。

 どうしても、軽々しく扱っていいものとは思えなかった。

 しかし、俺に告げないということは、それはウミが一人で未練の解消を目指しているということに他ならない。なにか算段は付いているのだろうか。

 




 ▼





 そう思っている矢先のコレだった。

 何が起こっているのか、どうしてこうなったのか。

 そんなことは一切分からないが確実に、異常事態である。


 俺はその光景に対する嫌悪感に指を震わせながら、ある場所に電話を掛け、とある人物に状況を説明する。

 そして、横たわるウミの体を背負って、宙に浮かんで回転を続ける頭部を脇に挟んで、倒れこむように部屋の扉を開いて、鍵も閉めないままに、アパートを飛び出したのだった。

 こんな時に頼れる存在は、一人しか思い浮かばない。

 その人物が信頼に値するのか、もしそうだとして、この事態を好転させることができるのか。




 ▼





 結論から言おう。

 事態の『好転』は不可能であった。

 ただし、事態の『解決』は可能である。

 方法は一つだ。



 そして、この事件がそれを示すとき、俺は、ある行動を起こす決意をする。


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