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神様の指先 〜幽霊少女と引きこもり〜  作者: 車輪
第1章 『学校に行こう!』
6/12

昔話 『まだ二人組だった頃』





 俺のよく使う言葉に『神様の指先』というのがある。

 これは、運命だとか、世界の流れのようなものを、あっち向いてホイに例えたもので、くるくると気紛れに変わる様子をうまく表したものだと思う。


 この言葉を考えたのは、俺ではない。

 ウミでもなければ、ツキでもない。

 そもそも、その時はまだ、ツキに出会ってもいなかった。

 少し昔の話だ。

『三人組』が、まだ『二人組』だった頃の話。






 ▼







 小学生の俺は、まだ、校庭でサッカーをするのが大好きな少年だった。ウミのことは仲の良い女の子だと思っていたが、遊びの嗜好が大きく異なっていたので、頻繁に遊ぶといった関係ではない。


 それでも雨の日や、気分が落ち込んでいる時なんかは、ウミと一緒にいたな。

 やることといえば、何故か、あっち向いてホイばかりだったけれど。

 まあ、ウミが喜ぶし、俺も勝てて悪い気はしないから、付き合っていた。


 俺が指を動かすと、面白いようにウミがその方向に顔を向け、ウミの指に俺が釣られる気配は一向に見えてこない。そんなアンバランスな結果をもたらす勝負を、何故、ウミは好んでいたというのか。

 さっぱり分からない。

 あれだけ負ければ、普通、嫌気がさすだろうに。


「いつか絶対、ヨウに、あっち向いてホイで勝つんだ!」


 それがウミの目標らしかった。

 幼稚園時代からずっとそう言っていた。

 結局、アイツは俺に勝つことなく、死ぬんだ。


 その頃のウミが、そんなことを予感しているわけもなく、それはそれは無邪気に、自分の勝利を夢見ていたようだった。

 俺は、ぶっきらぼうな態度をとりながらも、ちゃんとその時間が好きだったのだ。

 大切なもの、かけがえのないものに自覚的でいたいなら、それを失ってみるのが手っ取り早い。







 ▼








 さて、そんな小学校時代の話だ。

 と言っても、何か事件があったとか、そんな大それたことじゃない。そもそも、小学校で事件なんて、三日に一回は起こるものだったから、今更大げさに語るほど希少でも無いしな。


 ただ、それでも記憶に残ることはある。

 そして、そういうものこそ、人知れず、誰かの人生に影響を与えていたりするものだ。

 まあ、昔の話だからうろ覚えだけど、それは気にしないでくれ。






 


 ▼








 俺はその雨の日、ウミと図書室に行って本を読み、その後は渡り廊下で、あっち向いてホイの勝負をしていた。


 雨の日は渡り廊下も人気がなく、雨を防ぐためだけに取って付けられた金属の天井が、しとしとと鳴っていた。そこから、またしとしとと雨水が垂れる。コンクリートの地面が色を変えていて、それは、渡り廊下の内部にまで染み込もうとしていた。

 度々風に吹かれて横殴りとなる雨が、俺とウミの幼い肌に降りかかっていた。


「最初はグー、ジャン、ケン、ポン!」


 あまり記憶にはないが、どうせ勝者は俺だろう。


「あっち向いてホイ!」


 もし負けていたのなら、その記憶を、俺は忘れないはずだ。


「ぬぬぬ、また負けだ」

「相変わらず、よえーなぁ」

 きっと、そんな会話をしていたに違いない。


 そうでなければ、

「どーやったらヨウに勝てるのかなぁ」

「逆に、どうやったらそんなに負け続けられるんだよ」

「むっすー」

 みたいな感じか。


 ウミが不貞腐れている姿は想像に容易い。傍に転がっている小石を蹴り転がしているのが、目に浮かぶ。

 まあ、そんなこんなであっち向いてホイをしていたところ、昼休み終了のチャイムが鳴ったわけだ。

 予鈴がなってからも、調子に乗って遊んでいたのがいけなかった。

 廊下で遊んでいたのなら、チャイムが鳴り終えるまでに教室に戻ることもできただろうが、渡り廊下から教室までは、確か、少々遠かった。


 走って教室に戻った時には、チャイムは余韻もなく消えていて、さてどうしたものかと、どうやら怒られることになりそうだぞと、二人して緊張していたのを覚えている。

 しかし、このまま教室の前に突っ立って、中に入らないわけにもいかない。


 と、ここで、次の授業が道徳であったことに気付いた。

 道徳は、担任の先生が担当していて、そして、彼女はとても優しい先生だった。

 俺たちは教室に入った。

 教室の前方には担任の女教師が、教科書を持って立っている。20人と少しの、他のクラスメートたちは、座って話を聞いているようだった。


 みんな、本当は教科書になんて興味は無かったが、先生の話は大好きだ。

 全てを覚えてはいないが、喋る犬だったり、アメリカの珍事件だったり、ゲームの海底洞窟といった、独特のたとえで道徳を説くのだ。

 俺は今でも偶に、その話を思い出す。今回もそうだ。


「あら、二人とも、遅刻はいけませんよ。早く席に着きなさい」

「ご、ごめんなさい」

 優しい彼女も当然遅刻は嫌う。


 いや、彼女自体は遅刻に関してどう思っているということもないが、自身が教師であることと、子供達の将来を考えて、そういう態度を取っていたのだろう。

 とにかく、俺たちも謝って、席に着いた。


「ほら、あなた達も早く、教科書開いて」

 ××ページよ、と続いたが、何ページだったかは覚えていない。

 どうせ、建前として言っていただけで、教科書通りに授業を進める気など、先生には無いのだ。

 案の定、俺の中には、教科書の内容など残っておらず、ただ、彼女の声だけが残っている。それが、先生が教科書を使わなかった証拠だろう。


「みなさんは、運命というものを信じますか?」


 しばらく教科書を読んで体裁を整えた後、先生は言った。

 教室が静まり返った。

 その沈黙は、とても心地の良いものだった。


 彼女の授業中に度々舞い降りるその沈黙は、俺にとって理想の沈黙として刷り込まれている。

 教室にいる全員が、いわゆる答えの無い問題に対して、頭を悩ませる。算数や理科と違って、その考えのほとんどは、不毛なものだ。ましてや俺を含めて、彼らは小学生である。

 それでも、俺はその時間が割と好きだった。


 嫌いなものだらけの俺だ。「割と好き」と思えるものは少ない。

 当時、俺はどんなことを考えていたのだろう。


「私たちが、みんな生まれてきて、この教室にいるから、運命はあるんだと思います」

「私たちの出会いは約束されたものだったのですね。そう考えると、一つ一つの出会いは、とても大きくて、素敵なものです」


 真面目な生徒がいかにも模範的な回答を示すと、先生は静かにそう返した。

 なるほど、確かにそうかもしれない。

 先生が言うと、みんなそれを信じそうになる。


「僕たちが、生まれて、出会ったのは、単にそういう選択をした結果というだけで、どんなものも突き詰めたらそういうもので、だから、運命なんて無いんだと思います」

「みんながみんな、自分の意思で選択して、歩いて、その結果がこの出会いなのですね。そう考えると、一つ一つの出会いは、とても大きくて、素敵なものです」


 クラスメートの中でもとりわけ頭の良い男子が対抗意見を出すと、先生は静かにそう返した。

 なるほど、確かにそうかもしれない。

 みんながそれを信じそうになった。

 そうだ、俺は確か、こう言ったんだった。


「運命を信じる時は運命はあるし、運命を信じない時は運命は無いんだと思います。だから、うまく行った時は運命なんて無いと思って、失敗をした時は運命を信じたらいいんだと思います」


 今の俺とそこまで考えが変わっていないのが、苦笑ものだ。しかし、今の俺はそれを真面目に口に出すことはしないだろう。その辺りの違いが、今と昔の違いで、それは俺にとってとても大きなものだ。

 先生も、さすがに苦笑いを浮かべていた。


「ヨウ君にとって、運命というのはあまり特別な意味を持たないものなのですね。運命というものを一つの手段のように捉えるのは、可能性を広げるという意味では、素晴らしい考え方だと思いますよ」


 正直、俺が虐めを受けなかったのは彼女の力が大きいように思う。

 口下手な子供達の言葉は、必要以上に冷たく聞こえたり、熱く伝わったりする。その誤解を上手く解消して、冷たいだけの言葉では無いと、熱いだけの言葉では無いと、伝え直してくれるのだ。

 だからこそ、彼女の授業で、俺たちは本気で考えて、本気で発言することができた。当時は意識しなかったが、よくよく考えるとあれは、保険があることに安心していたんだろう。


 さて、そんな感じで幾つかの意見が出て、それに対して先生や他の生徒が何かを言って、授業は進んでいった。

 その中に、俺の心に残っている、あの問答もあった。

 俺が覚えているのだ。もちろん、発言者はウミである。


「運命って、道を指し示してくれるものなんだと思います。こういう道があるよって。それで、結局選ぶのは私たち自身だから、だから、その、えっと……」


 シュビっと手を挙げて、ウミはそんなことを言った。

 最初はハキハキしていた言葉が徐々に小さくなっていく様子は、最後まで考えていなかったのが丸分かりだった。

 最終的に、「あははのは」みたいな照れ笑いを残して、席に着く。そして沈黙。

 

「だから、運命って、あっち向いてホイみたいなものなの!」

 かと思いきや、ガタリと立ち上がって、大声で続けた。


「?」クラスメートたちは首を傾げた。

 俺も、何を訳の分からないことを、と思った。

 しかし先生は、普段と変わらない微笑を浮かべて、静かに、ウミへ言葉を返す。


「ウミちゃんは、あっち向いてホイが本当に好きなのね」

「うん! …………はい!」

「運命をあっち向いてホイに例えた人は初めてですね。そうね……さしずめ、神様の指先と言ったところでしょうか。神様が指をふるって、その先を見るも見ないも自分次第。もちろん、進むも進まないも」


「?」

 ウミは「?」となった。あまりにも分かってなさそうな表情だった。

 でも、うんうん、と頷いていた。

 

 俺とて、先生の言ったことの意味は分かっていなかった。

 それは今だって分からない。

 ただ、『神様の指先』という言葉の響きが、強烈に印象に残っただけだ。

 ウミの死を知った時、真っ先に思い浮かんだのが、その言葉だっただけだ。









 ▼









 授業が終わって、先生が教室を出る。

 その後ろを、ウミと、ウミに引っ張られた俺は追った。


「先生!」

「はい、なんですか?」


 追いつくと同時に、ウミは呼びかけた。

 先生は立ち止まって、振り向いてくれる。


「ヨウは、あっち向いてホイで、いっつも、わたしの指と違う方向ばっかり向いちゃうの。だから、きっと運命とも向き合えないの!」

「うるさいな。お前が弱いからいけないんだろ」


 ウミは、俺を心配するようだったが、俺にとっては余計な御世話である。

 大体、先生が言ったのは『神様の指先』であって、ウミの指先とは何にも関係がない話だ。

 しかし、そんなバカとも丁寧に話すのが、先生なのだ。


「私はね。運命が示されて、進むも進まないも自分次第だって言われても、大体の人は、その方向に進んでいっちゃうと思うんです」

「うん、わたしもそう思う」

「だから、ヨウくんみたいに、それを選ばないってことは、実はすごいことなのかもしれませんよ」

「でも、バチが当たるかも」

「その時は、ウミちゃんが守ってあげれば良いじゃない」


 先生がウインクとともに言うと、ウミはキラキラと目を輝かせた。

「わたしが守る? わたしが守る!」


 ウミが俺を守る?

 そんなシーン、今でも想像できないな。



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