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『再会』

今月中に、第1章までを投稿しようと思っています。頑張ります。

 

 あっち向いてホイという遊びがある。

 かつて、俺たちは毎日のように、これに興じていた。


 まずジャンケンをする。それに勝ったほうが、上下左右の方向に指を向ける。受け手が、その指と同じ方向に顔を向けてしまえば負け。違ったならジャンケンからやり直し。

 わかりやすいルールで、子供達に人気の遊びだ。


 中学3年の初めまで、俺たちの遊びはもっぱらこれだった。

 中学生にもなって、と言う人もいるかもしれない。だけど俺たちにとってそれは、スポーツなんかよりもずっと楽しいことだったんだ。




 ▼




 始まりは、まだ幼稚園の頃だったかな。

 初めて、ウミと遊んだんだ。

 ウミは明るい性格だったがスポーツは苦手で、活発に室内にいるという、当時の俺からすると一風変わった女の子だった。

 対して、俺は外遊びが好きだったので、彼女との接点はほとんどなかった。


 確か、雨の日だった。


 具体的な記憶があるわけではない。ただ、当時の俺が室内での遊びを選んだということは、そういうことかなと思っただけだ。

 とにかく、俺とウミはその日、初めて一緒に遊んだ。


 空模様は曖昧でも、内容はハッキリと思い出すことができる。

 あっち向いてホイだった。

 その日、俺は彼女に全勝し、ウミは泣き喚いた。

 何も悪いことはしていないはずなのに、保母さんにこっぴどく叱られた。

 女の子を泣かせちゃダメ、と言っていた。勝手に泣いただけなのに。

 世の中の理不尽さというものを初めて味わったよ。


 それにしても、あっち向いてホイで全敗とは、と今になっても俺は思ってしまう。

 ウミは、あっち向いてホイがありえないほどに弱かった。


 その日から、ことあるごとに俺に勝負を挑んでくるようになった彼女だが、結局、最期まで負けた覚えは無い。

 幼稚園時代、俺たちの関係は、そういう始まり方をした。

 運命とか、そういうものを無邪気に信じられるような、そんな年頃だった。



 ▼



 小学校も、ウミとは一緒だった。

 俺は相変わらず外で遊ぶのが好きだったが、彼女があっち向いてホイを挑んできた時は、付き合ってやっていた。いつしか、校庭でサッカーボールを蹴り転がすことの次くらいには、その時間を気に入っていた。


 振られる指、軽快で楽しげな掛け声。

 俺はウミの指先からそっぽを向き続け、

 ウミは俺の指先に何度も何度も釣られていた。


 思えば、俺が運命のようなものを直視できなくなったのは、その頃からのことだったのかもしれない。

 運命とは、いうなれば、神様の指先のようなものだからだ。



 ▼



 中学になった頃には、昼休みにサッカーをする連中もそれなりの数に落ち着いていた。

 若干、温度が下がったのだ。

 恒星の色が青から白、白からオレンジと変わるように、俺たちは少し年をとった。

 星に例えるなら“青”の終わり。大人と子供の境目にある一瞬。青春と呼ばれる時間だ。


 少し落ち着いて、少しだけ大人ぶりたくなる。

 俺も、校庭に出る頻度は減っていた。

 あっち向いてホイをする日が、反比例するように増えた。

 これじゃあもう、大人ぶりたいんだかどうだか分からない。


 本当のことを言うと、思春期ということもあって、当時の俺は彼女に対して特別な感情を抱いていたんだ。だから、一緒に遊ぶ口実が欲しかったというのもあったんだろう。


 でも、ウミは俺を選ばなかった。

 俺たちには、中学に入ってからもう一人、遊び仲間ができた。

 ウミが選んだのは、そいつの方だ。


 そいつ、ツキは、病弱で物静かなやつだった。

 ツキは、俺たちの遊びに興味を持って、たびたび参加するようになったんだ。

 あっち向いてホイは、体が弱いとか関係なかったからな。

 そんな感じで始まった俺たちの交流は、しばらくするとより固くなって、二年生の頃にはツキも含めてすっかり『三人組』になった。

 親友と言ってもいい。


 あっち向いてホイでは、俺とツキは同じくらいの強さで、ウミとは相変わらず、全勝全敗の関係。

 しかし、ツキとウミは五分五分、といった感じだった。

 今考えても、どうして俺とウミの戦績はこうも偏っているのか、よくわからない。

 そんな不思議はありながらも、日々は順調に進んだ。


 ウミとツキが付き合い始めたのも、その順調の流れの中の話だ。

 あれは、二年生の夏休み前くらいだったか。

 二人が照れ笑いで、俺に報告してきたんだ。

 あの時以上に可愛らしいウミの表情を俺は見たことがなかったし、だから、どこか納得してしまった。

 もちろん、当時の俺には悔しい気持ちもあったと思う。



 でも、それを表に出さない程度には、俺はすでに捻くれていた。



 ウミとツキが付き合い始めても、関係は大きくは変わらなかった。

 休日に二人で遊んでいたのは知っているが、俺と別行動をとるのはその時くらいだ。

 昼休みのあっち向いてホイはもちろん、続いた。

 相変わらず、俺はそっぽを向くのが得意で、ウミの視線は、愚直に、指先に吸い込まれた。


 …………ツキは、まあ、平凡だったな。そういうやつだった。

 もしかしたら、無理をして俺に気を遣ってくれていたのかもしれない。

 年頃を考えたら、俺だったら、恋人と二人でいることを優先しようとしただろうな。

 でも、ツキやウミは、そうしないでくれた。


 そして、中三の初め。

 つかの間の幸せをぶち壊すような出来事があった。

 ウミが交通事故にあって、死んじまったんだ。



 ▼



 昼間に外に出たのは久々だった。

 そもそも、最近はこの時間に起きていることの方が珍しい。日差しを浴びるのに不慣れな眼が、ヒクヒクと痙攣しているのを感じる。

 そんな視線の先には砂場があり、砂場や滑り台を背景として、小さな子供がはしゃいでいた。


 さて、今日は何曜日だったか。

 昼間から子供たちが遊んでいるくらいだから、休日なのかもしれない。そんなことを思うくらいには、日付の感覚も薄れていた。

 ほとんど引きこもりのような生活を送っていると、常に頭に靄がかかったようになり、分かるはずのことが曖昧になってしまう。

 死も生もあったものではない。どれもこれも酷く混濁して思えた。


「あっち向いてホイ!」


 子供たちが笑っている。

 懐かしい遊びだ。

 俺は、こうして彼らを眺めながら、昔のことを幻視していた。

 俺の中にある、もっとも輝かしい頃の思い出だ。


 それを思い出すということは、悲しい『終わり』まで再上映されることと知っていながら、止められない。

 あの頃の俺が今の俺を見たら、一体何を言うだろう。

 誰から見ても情けないのだ。小さな自分から見ても情けないに違いなかった。


 ウミが死んで、葬式に出て、俺が変わったのはそれからだ。

 いや、変わったと言うよりは、もともと心に秘めていたものが表に出て来ざるを得なくなった、と言った方が正しいだろうか。この辺りは無意識的な部分が多く、俺としてもそこまで自覚があるわけではない。もしかすると、俺が感じているものは、上手くいかない現状に嫌気がさして作り上げた、単なる言い訳だということも有り得る。


 ただ言えることは、確かに変化はあったということだ。

 そしてその変化の結果が、今の俺だ。

 妥協して選んだ高校もほとんど通うことなく卒業し、惰性で進んだ大学にも行かなくなり、根城であるアパートの一室で怠惰に日々を浪費している。

 髪はだらしなく伸び、背は丸まり、『僕は引きこもりで〜す』と自己主張が激しい。

 

 子供たちよ。

 俺みたいにはなるなよ。

 視線の先の指を振り合う影に、そう思う。









 子供を見ていると時間の流れが速い。

 眺めていると無意識のうちに、怪我をしないかとか、喧嘩を始めやしないかとか、いろいろと気を張り巡らせてしまうからかもしれない。俺みたいな人間でもそうなる。


 スマートフォンを見ると、14時とあった。

 とすると、俺は2時間近くもここにいたことになるのか。

 腹が鳴った。

 まだ昼食を摂っていない。そもそも、公園を通ったのも飯を食べに行く道中の事だったではないか。

 腹が空いているのが感覚でわかる。


 多少時間は経ったが、ここは予定通り何かを腹に入れるべきだろう。大学の方へ出て牛丼でも食べるか、すぐ側のコンビニの弁当で済ませるか。


 大学周辺は、その他にも学生向けの飲食店が多く、一人暮らしの食事に不自由はない。金も、親からの仕送りと、続かないアルバイトの名残がいくらかはあった。仕送りを受け取る権利が今の俺にあるとは思えなかったが、ないと困る。なんだかんだいっても、俺は親に甘えている。

 親からの金を、後ろめたい気分で受け取るようになったらおしまいだろうに。


 足を引きずりながら、視線を地面に向けてできる限り日の光を避けて、街を歩く。

 オシャレな店などは入りたくもないし、昼間から居酒屋も好ましくない。結局、俺が選んだのは、牛丼屋だ。

 店に入る。若干昼時を逸しているためか、客はやや少なかった。腹は減ったが、その分落ち着けるので良い。ツユの濃い香りに覆われる店内を進んで、隅の席に着く。

 店員が水を持ってくる。


「ご注文はお決まりでしょうか」と聞いてくるので、

「牛丼大盛り、Bで」俺はいつものセットを注文した。何もしていないクセに、食事量だけは多い。それは無駄が多いということだ。


 料理が席に届けられるのを待ちながら、手元に携帯電話を。暇つぶしに幾つかのアプリを遊んでいるので、その一つを開いた。

 退屈に指を動かしていると、すぐに牛丼と味噌汁、サラダを載せた盆が運ばれてくる。簡潔で、無駄がないセットメニュー。

 やはり牛丼の香りが強く、食欲をそそった。


 箸を取り、まず味噌汁をすする。じっくりと味わってから、牛丼を掻き込む。肉と玉ねぎを濃いツユで味付けただけの単調なものだが、それがいい。

 何の変哲もないチェーン店で大味な牛丼を掻き込む時ほどに、無心になれる時間があるだろうか。

 つまり、俺は食事の時くらいは、小難しい思考から解放されたいのだ。


 サラダまでを食べ終えると、会計を終え、店を出る。

 まだ15時前だ。

 スーパーで酒とつまみ、それとカップ麺でも買い足しておこうか。

 横断歩道を渡り、カラオケ店や寿司屋の前を抜けて、四月に桜の花を散らせたばかりの大学の門を尻目に、スーパーマーケットへと向かう。


 自動ドアから中に入った。

 機械は、きちんと俺を認識してくれるから、ありがたい。

 そんな存在が、俺にとってはほとんど見つけ難いものになっているから。

 ウミやツキがそばにいてくれたらいいのに、と思う。

 でも、ウミはともかく、ツキとの繋がりは自ら手放したようなものだ。今更、都合のいいことばかりは言っていられない。

 どこまでも、俺は愚かだ。


 店内は閑散としていた。

 時間帯から、そうだろうとは思っていた。

 人ごみに紛れるのが苦手な俺としては、ちょうどいい。

 幾つかの酒とつまみ、カップ麺を籠に入れて、レジに並んだ。前に並んでいる学生風も、視線を下に向けがちで、髪は伸び放題になっている。

 この時間にこのスーパーに来るような人間は、皆どこか陰気だ。人の少ない時間を選んで、アルコール度数の高い酒ばかりを買っていく。


 まだ、俺みたいなやつはいっぱいいる。

 そんなことが、今の俺には救いになる。

 昔は、代わりがいないような優れた人間になろうと思っていたのに、今では代わりが溢れていることに安心する気持ちも浮かんでくる。俺はそんな人間じゃない。


 会計を終えると店を出て、アパートに帰る。帰って、今日の残りを酒で潰すのだ。

 テレビを見たり、ゲームをしたり、音楽を聴いたりするのもいい。とにかく気怠く、薄暗い一日が終わっていったらいい。


 再び大学前を通って、細道に入り、行きにも通った公園の辺りまで戻ってくる。

 植え込みの桜の樹は既に緑に覆われ、葉桜の時期を示している。

 大学に入学してから2年が経ち、3年生の春が終わろうとしていた。

 俺は、せっかく外に出たのだからと、葉桜を眺めておくことにした。

 公園内からは相変わらず子供たちのはしゃぎ回る声が聞こえてくる。

 元気の良いことだ。


 園内のベンチに腰掛けて缶ビールを一本開ける。

 花見ではないが、こうして桜を眺めるのは心地良い。度々喉を通る安い幸福感も、そんな風景を絵にしてくれた。

 滑り台を逆から登っていく子供、鉄棒にぶら下がってクルリと前回りを決める子供、そして、行きの時と同じく、砂場前であっち向いてホイをする子供。

 最後に目に入るのは、どうしてもそれだった。


「最初はグー、ジャン、ケン、ポン!」


 俺だって。


「あっち向いて、ホイ!」


 俺だって。


「最初はグー、ジャン、ケン、ポン!」


 俺だって。


「 「あっち向いて、ホイ!」 」






 突然、子供たちの声とは別に、俺のすぐ隣から掛け声が聞こえてきた。

 驚いて、反射的に顔を上げると、


「ありゃりゃ、やっぱダメかー」


 指を下に向けて、残念そうに漏らす少女の姿があった。

 俺は困惑しながらも、空の缶ビールをベンチに置いて、立ち上がる。

 そうして正面から少女を見ると、どうにもおかしな点があることに気付いた。


「…………?」


 透けているのだ。体が。

 服まで半透明で、存在感が希薄で。

 そして、風貌に見覚えがあって。


「ウ、ミ…………?」


 顔なんて、記憶の中にあるものそのままだった。

 何が起こっているのか分からない。ついに頭がおかしくなって、幻覚でも見るようになったのかもしれない。

 とにかく。


「久しぶり、ヨウ」


 そこには、中学の頃そのままのウミが、半透明の笑顔で立っていた。



 ▼



 これが、俺に訪れた、最後のチャンスだった。

 神様の指先を、運命のようなものを、見つめ直すための。

 彷徨っていた俺が、見るべきものを見定めるための。

 そして何より、ウミとのお別れのための、物語だ。





 

 〜神様の指先〜





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