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蛍の光  作者: みどー
4/7

3/蛍



「わあ! すっごーい!」


 蛍観賞スポットに着くと明里が感嘆の声を上げた。

 僕達は川を遡り、蛍が一番多く見られる場所までやってきていた。

 川を遡ったと言っても、道はちゃんと舗装されて整備されていて、ここまで来るのもそれほど大変なことではない。

 真っ暗で良く見えないが、川を挟んだ向こう岸は森になっていて、木々の枝や葉っぱの上、それに川の上に数えきれない程の光の粒が浮かんでいる。

 無数の蛍の光は、まるで夜空の星のようだった。暗闇のせいで周りの景色が分からないから一層そう思えた。そして、上を見上げれば星空。それは宇宙にでもいるような錯覚さえしてしまう。その光景はあまりにも幻想的で神秘的なものだった。


「綺麗だね、とっても」


 明里も僕と同じように感じているのだろうか、そう言って見入っている。


「ああ、本当に――」


 言い掛けて、僕は不可思議な感覚に襲われていた。

 デジャヴとでも言えばいいのだろうか。以前にも似たようなことがあった気がする。

 そう、それはずっと昔だ。まだ幼かった頃に、この場所で、この光景で、同じ台詞を聞いた気がする。そして、何か大切な事があった気がするのだ。


 一体何があったのか、思い出そうとしても思い出せない。


「……ん、こ……ん! ……ちゃん! コウちゃんってば!」

「え!? おわ!」


 思いっ切り名前を呼ばれ、我に返り、呼ばれた方に顔を向けると、明里のむすっとした顔が目の前にあった。


「もう! さっきからずっと呼んでるのに、コウちゃんったらゼンゼン気づいてくれないんだもん!」

「わ、わるいわるい……ちょっとぼーっとしてた」

「もう……ひどいなぁ。それじゃあ、私の話聞いてなかったんだね?」

「面目ない。で、何の話だ?」

「だから、蛍だよ。蛍はこんなにも綺麗に光るのに、どうして1、2週間しか見れないのか、コウちゃんは知ってる?」

「そりゃあ……寿命だろ?」

「それはそうなんだけど……もう、ホントにコウちゃんは夢がないなぁ」


 素直に答えたのに何故だか呆れられてしまった。


「蛍には亡くなった人の魂が宿ってるって話聞いたことない?」

「……聞いたことないな。なんだ? まさか心霊話でもして、僕を脅かそうしてるのか?」

「ちーがーうー! そんなこと私はしないよ! もっとちゃんとした話なの! 真面目に聞いてよ!」

「そ、そうか……」


 明里には珍しく本気で怒っている。どうやら、からかっていい話ではなさそうだ。


「蛍にはね、亡くなった人の魂が宿ってて、生前大切だった人に会いに来てるんだって」

「大切な人……に?」

「うん。家族とか友人とか恋人とか、そういった大切な人達に会いに来れる最後の機会を神様から与えられているの。もちろん、ずっとこっち側にいられるわけじゃなくて、短い間だけ。だから、その人達に気付いてもらえるように光ってるの。私はここにいるよーって」

「そう考えると、この光も見る目が変わるな。綺麗ってだけじゃなくて、なんだか感慨深いっていうか……」

「うん、そうだね。ロマンチックだよね」


 明里の言う通りロマンを感じる話だ。

 もし、大切に想ってくれている人が、死んだ後も大切に想い、会いたいとそこまで想ってくれる人が蛍となって会いに来てくれるなら、想われる側の人間はきっと幸せ者だ。そこまで愛されているのだから。けれど――


「でもね……」


 と、明里は続ける。

 明里の方に視線を移すと、暗くてはっきりと分からなかったが、彼女は哀しそうな表情をしていた。その憂いを帯びた表情に僕はドキリとした。


「ロマンチックだけど、それはとっても辛くて悲しいことだと私は思うの」

「……どうして?」

「だって、そんなに想ってるのにその人と、その人達と死に別れちゃったってことでしょ? それはとっても辛いよ、とっても悲しいよ」


 明里は本当に辛そうに、悲しそうに、絞り出すように告げる。

 ああ、確かに明里の言う通りだ。大切でずっと一緒にいたいとまで想う人と、もう二度と触れ合うことができないのだ。それほど悲しくて、辛いことはない。


「だからね、私は死んだ後、蛍にはなりたくないんだ」

「それって大切な人を残して死にたくないってことか?」

「それはもちろんそうだけど、そういう意味じゃないよ。だって、蛍になるってことは、大切な人への想いを、心残りを残して死んじゃったってことでしょ? 私ね、死ぬとしても、大切な人とは死ぬ前にちゃんとお別れして、心残りがないようにしたいって思ってるの。それにその人にも心残りがないようにしてあげたい。だから、蛍にはなりたくないし、させたくもない」

「それは……」


 それは難しい事じゃないかと思う。人と人との関係ができて、その心残りがなく別れをむかえるなど、不可能に近い。だって、どれほど別れを済ませていても、大切な人の永遠の別れはきっと辛い。そして、それを辛いと思っている時点で、心残りがあると言うことなのだから。

 僕はそれを告げる前にもう一度明里の表情を窺ったが、暗くてはっきりと分からなかった。けれど、僕には彼女が泣いているように思えた。


「明里……?」

「コウちゃん、あのね……」

「ど、どうしたんだよ?」

「わ、私ね……」


 明里はそこまで口にして、その先を中々言おうとしない。ただまっすぐこちらを見つめている。その瞳は潤んでいた。

 あれっと思う。こんなことが以前にもあったような気がする。同じようなシチュエーションが昔にもあった。あれは確か――。




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