1/幼馴染
「ねえ、コウちゃん。今夜、蛍を見に行こうよ」
6月頭、寝巻き姿でベッドから上半身だけを起こしている少女は僕にそう言ってきた。
「は? どうしたんだよ? 急に……」
「だって今見頃でしょ? せっかくこの時期に退院できたんだもん。見なきゃ損じゃない」
「なんだよそれ……そんな理由で外出できるわけないだろ。第一、おばさんが許すもんか」
「やだやだ! 絶対行きたいの!」
少女は長髪を振り乱して、まるで幼い子供のように駄々をこねだした。
こうなると昔からコイツは聞き訳がない。きっと何を言っても無駄だ。
僕は半ば呆れながらも、仕方がないので要求を受け入れることにした。
「分かった分かった。おばさんに連れてってもらえるか、聞いてやるよ」
「えー! やだよ! 私はコウちゃんと二人で行きたいの!」
「はあ!?」
思いも寄らない言葉に僕は変な声を出してしまった。
二人でってことは、もちろん二人っきりでって意味で。それってつまりデートということになるわけで。
「あー! コウちゃん、いま変な想像したでしょう?」
「し、してないしてない! するわけないだろ!」
「ホントにー?」
少女は意地悪そうにニヤニヤとしながら聞き返してくる。その凄く愉しそうな顔が、癪に障る。なので、こっちも反撃することにした。
「そんなこと言う悪い子は、連れて行ってやりません!」
「わー! ごめんごめん! 怒らないでよ、コウちゃん!」
少女は慌てて平謝りをしてくる。
謝るくらいなら最初からしなきゃいいのにと呆れながらも、そんな少女を見て口元がつい緩んでしまう。
少女はそんな僕に気づいて不思議そうな顔する。
「え? なに? どうしちゃったの?」
「ん? ああ、お前って表情豊かだよなぁって思ってさ」
「え……そ、そうかな……?」
少女は少し頬を赤く染めながら、右頬を人差し指で掻いている。
「あ、褒めてないからな。子供っぽいってことだぞ」
「な、なによそれー! コウちゃんのいじわるぅ!」
少女は頬を膨らませて、今度は怒りだした。それがまた子供っぽくて笑えてしまう。
この表情豊かな少女は、僕と家がお隣同士で、同い年で、子供の頃からいつも一緒だった所謂幼なじみだ。
少女の名前は明里。名前の通り、子供の頃から明るく、天真爛漫な少女だった。それは中学3年になった今でも変わらない。
けれど、明里はその性格に似合わず、身体が弱い。幼い時から病弱で、よく入退院を繰り返していた。今年も4月から体調を崩して入院して、つい3日前にやっと退院してきたばかりだ。
明里の母親からは、まだ体調が万全ではないと聞いているが――。
「ま、これだけ元気なら大丈夫、か……」
それに明里と二人っきりでってのも悪くない。
「ん? どうかしたの、コウちゃん?」
「い、いや、なんでもないよ。それじゃあ、おばさんが許しくれたら二人で蛍見に行ってやってもいいぞ」
「ホント!? やったー!」
明里は万歳して喜んでいる。喜び過ぎだし、喜ぶのはまだ早い。
「おいおい……おばさんが許してくれたらって言ってるだろ……」
「大丈夫だよ。お母さんなら絶対に許してくれるよ!」
「何を根拠に……」
自信満々な明里を見て呆れるしかなかったのだが――。
「いいですよ」
おばさんは即答だった。
「お前の母さん、何も考えてないんじゃないか?」
「あはは。そんな事ないよ。お母さんはしっかり者だよ?」
「そうかなぁ? 普通、年頃の娘が男と二人っきりで夜出掛けるって言ったら反対するだろ?」
「んー、それはコウちゃんだからじゃないかな?」
「……は? どういうことだよ?」
「コウちゃんなら、心配いらないってことだよ。信用してるんだよ?」
それは信用し過ぎってものじゃないだろうか。僕だって一応男なわけだから。
それに僕は――。
「だから、ちゃんと連れてってね、コウちゃん」
満面の笑みで信頼を寄せてくる明里。コイツ、僕が言っている意味が絶対分かってないと思う。
「はあ……分かったよ。お連れしましょう、お姫様」
「えへへー」
嬉しそうに微笑む明里に僕は複雑な気分になりながらも、この幸せそうな笑顔をずっと見ていたいと思った。
「それじゃあ、夜に迎えにくるからな」
「うん、支度して待ってるよー」
僕が部屋を出るとき、ベッドの上で手を振る明里は本当に嬉しそうに顔をしていた。その顔を見て、僕は夜が来るのが楽しみで、待ち遠しかった。




