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後編

 準備には二週間かかった。

 もう少しでドラゴン月間は終わる。

 「いらっしゃいませ、ドラゴンの皆さん。コモーナ温泉館へようこそ」

 館長のエミリアさんが、ドラゴン達を出迎える。

 「実は、本日はスペシャルメニューがございます。ドラゴン御一行様専用、垢すり体験でございます」

 エミリアさんの言葉の後に、ドミーさんが魔法で、イラストと文字を空中に映し出す。

 それは、ドラゴンが寝そべり、人間がドラゴンの肌を石のようなもので擦っているイラストだ。ドラゴンは気持ちよさそうに、目を閉じている。

 「なんだい?垢すりとは?」

 ドラゴンの一人が、興味を持ったように聞く。

 「マッサージのようなものです。私達人間のマッサージ師が、皆さまの体を石で擦ってマッサージします。これは、異世界のマッサージ方法で、血流を促進し、体から老廃物を取り出す効果があります。同時に鱗の角質取りも行いますので、終わったらお肌はつるつるのすべすべです」

 「まあ!」

 女性ドラゴンと思われるドラゴン達が、嬉しそうな声をあげる。

 「ご興味がおありの方はいらっしゃいますか?あ、料金は、石をお一つ頂きます。本日は専門のマッサージ師を大勢集めております」

 「やりたい!」

 「わたしも!」

 三分の一くらいのドラゴンが反応した。主に女性たちだ。

 「かしこまりました。それではまず、いつものように、お風呂に入ってください。体がよく温まりましたら、専用の垢すり場所へいらしてください。中に入っていただければ場所はすぐにわかります。鱗を落とすのは少し我慢なさっていてくださいね、マッサージの時に落とす方が、効果があります」

 ドラゴン達は、楽しそうに温泉館へ入って行った。

 お客は後からも来る。

 エミリアとドミーはその場に残って、次のお客を待つ。


 イツキが考えた作戦は、題して『垢すりで危険なモノを全部落としてしまおう』作戦だった。

 お湯の中や、洗い場でボロボロ落ちる鱗や爪が問題なら、落ちる前に、別の所で落としてしまえばいいのだ。

 ただ、問題はどうやって、ドラゴン達の体を触らせてもらうか。

 そして、そんなことができる人間がいるのか?しかも、ドラゴンの数を考えると、結構な人手がいる。

 という事だった。

 この問題は意外と早く片付いた。

 イツキのアイデアを聞いたデュークさんが、「心当たりがあります」と言って、魔法でどこかへ連絡を取った。

 「どこに連絡しているの?」

 という、エミリアさんの言葉に、デュークさんはにやりと笑って

 「平和維持機構です」

 と言った。

 エミリアさん達の説明によると、「平和維持機構」とは、警察と国際連盟を足したようなものらしい。しかし、イツキの世界とは違って、守るのは人間とその他の生き物たちとの間の平和だ。

 「どうして、そこに連絡を?」

 「うーん……たぶんだけど、そこにはいるのよ。ドラゴンの鱗をはぎ取る専門の職人が」

 「え、それってもしかして……」

 「そう。ドラゴンの鱗や爪に興奮する盗賊さんよ」

 エミリアさんがにやりと笑って、そう言った。


 風呂場の空いていたスペースに、急遽しつらえた垢すりベースで、今、元盗賊で刑務所に服役していた職人たちが、一斉にドラゴンの鱗を擦り取っていた。

 ドラゴンは説明通りに、まず風呂に入って古い鱗をふやかしてくれていたので、練習通りに鱗がボロボロと落ちている。

 「うわー、すごい……」

 元盗賊たちはさすがに手馴れており、おまけにドラゴンは生きていて、「背中を見せてください」とか、「右腕を上げてください」とか言うと、素直に動いてくれるので、やりやすいようだ。墓荒らしを見つかって、いつ、襲われるかと周りを気にすることも無い。

 ぶっつけ本番は怖いので、協力的なドラゴンさんに、実験台になって貰った。そのドラゴンさん達からも「気持ちがいい」、「またやりたい」等、いい感想を貰えたので、きっと上手くいくと思っていたが……

 とってもうまくいっている。

 「いや~、気持ちいいな」

 「ほれ、そこそこ。そのもう少し右の方を強く……」

 「やだー、お肌つるつる!」

 古い鱗が取れたおかげで、大分さっぱりしたらしく、垢すりを終えたドラゴンさん達は皆笑顔で風呂を出て行く。

 その感想を聞いた他のドラゴン達も、今度はやってみたいと、予約までしていく始末だ。

 「見た目はすんごい怖いけど、気持ちいいんですね」

 「だな」

 イツキと先輩は、ドラゴン達のマッサージ姿を見て、そう言った。

 なにせ、風呂場に使われているのと同じ石を、ヤスリのように仕立て上げ、それを使ってゴリゴリ、ごしごしとドラゴンの肌を擦っていくのだ。

 人間は力が弱いので、ドラゴン達にとっては肌を撫でられているようなものらしい。

 「もっと強くしていいぞ」

 と、何度も言われているが、元盗賊たちは、汗水たらして、これでもかとドラゴンを擦りまくっている。

 今日のお客が帰り終えると、元盗賊たちは足腰が立たなくなるくらい疲れ果てていた。

 「こりゃ、服役の仕事よりきつい……」

 「技術が活かせるのは楽しいが、きつい……」

 「ううう、こんなにお宝を前にしているってのに、くたびれすぎてもうだめだ……」

 大袋に五つ分にもなる鱗の山は現役時代なら垂涎ものだっただろうが、今は疲労のせいでうごけもしない。

 「ま、これは最初言っていた通り、ドラゴン達に返すからな」

 先輩が袋を纏めて、温泉館の倉庫にしまう。

 ドラゴンの爪も、それ専用の元盗賊がいたため、結構な数を取ることができた。

 全てまとめて、ドラゴン達に返す。

 「これを続けていって、ドラゴン達に信用してもらえたら、何とか言いくるめて、貰えるようにしましょう。武器じゃなくて、垢すり用の道具を作るって言えば大丈夫でしょう。爪や鱗を使って、もっと性能のいい垢すり道具を作れるでしょうね」

 デュークさんが、疲れ果てている元盗賊たちを見て、言った。

 エミリアさんがやって来た。

 「お疲れさま、これ、報酬よ」

 そう言って、持っていた石を元盗賊たちに差し出した。

 ドラゴンが住む場所にしかないと言われている、幻の鉱石だ。

 これを売れば、3代が遊んで暮らせると言われるほどだ。

 「刑務所で御役目を終えたら、ここに働きに来なさい。そのときに、纏めて報酬を支払ってあげるわよ」

 エミリアさんの言葉で、元盗賊たちは俄然やる気を見せた。

 盗賊として、命と隣り合わせで、ドラゴン達の鱗や爪を集めるより、こっちの方が断然安全で儲かる。

 このやりかたを広めれば、盗賊問題が一気に片付きそうだ。



 「お疲れー!」

 「かんぱーい‼」

 私達は、終業後、休憩室に集まり、ささやかなお疲れ会を開いた。

 こちらのお酒と簡単なおつまみを用意して、皆で食べる。

 「いやー、良かったわね~。イツキの作戦上手くいって」

 エミリアさんが、心底嬉しそうな笑顔で、そう言った。

 最近ずっと悩んでいたことが消え、すっきりしたのだろう。

 「これで、ドラゴンさん達も、他のお客さん達と仲良く温泉に入ってくれますよ」

 「良かったよな、本当に。下手したら、人類vsドラゴンの戦争再びだったぜ」

 「へ?なんですか?それ」

 私は先輩の言葉に驚いて、聞いた。

 「ああ、5年くらい前までな、仲が悪かったんだよ、人類とドラゴン」

 「昔から降り積もっていた色々が噴出しそうになっていたんですよ。人間が武器を持つ前は、ドラゴンに住処を追い立てられていましたし、人間が武器を持ってからは、ドラゴンが追い立てられたり…………人間が鱗や髭の有用性に気付いてからは、ドラゴンの墓を荒らすようなことをして、ドラゴンを怒らせていましたからね」

 「ドラゴンと全面戦争となれば、危険だと気づいた一部の人間が、対策を立てたけど、お互い譲らずだったからな」

 「……戦争を回避できたのは、どうしてなんですか?」

 「一応、この温泉館のおかげかな?」

 エミリアさんが言った。

 「この近くに、ドラゴンの長老さんが住んでいるのよね。私は昔、探検家やっていて、戦争に巻き込まれるのはごめんだったから、ドラゴンの長老さん探し出して、直談判しようと思っていたの。その途中でこの温泉見つけたのよ。その時は、お湯はちょろちょろしか湧き出てなくて、変な棒が刺さっていただけの場所だったんだけどね。ドラゴンって言ったら温泉好きだから、この温泉を気に入って貰えれば話を聞いてもらえるかなって、作ったのよ」

 「作った⁉ 一人でですか⁉」

 「私も手伝いました。この近くで、魔法の修業をしているところに、エミリアさんとばったり会ったんです」

 デュークさんがそう言った。

 「デュークがいてくれて助かったよ。魔法で石を切ってくれるから、大分楽できた」

 エミリアさんが笑いながら言った。

 楽できたって言ったって、温泉を一から作るのは大変だっただろう。

 イツキは「へええ……」と感心していた。

 「そんで、なんとか形だけ温泉作って、長老さんを探したのよ。良い温泉が出来たので、来てくださーいって。この辺で呼びかけたら、すぐに来てくれたわ。ドラゴンが使う自然にできた温泉って、大体、鱗目的の人間に見つかっているから、長老さん喜んでくれたわ。他の人間が近づかないように私達で護衛して、お風呂が終わったら掃除して鱗と髭を返したの。おかげで、話を聞いてくれて、戦争だ‼って息巻いていた同胞たちを止めてくれたのよ」

 エミリアさんはそう言って、お酒をあおる。

 「……それって、エミリアさん達、この世界の救世主じゃないですか‼」

 私は目をキラキラさせて言った。

 「ははは、そんな大したもんじゃないわよ。今も頑張って平和を維持しようとしている人たちがいるわ。その人達こそ、救世主よ」

 「いいえ!救世主です!だって、エミリアさん達の行動が無かったら、戦争間違いなしじゃないですか!」

 「救世主って言ったら、ライアンもよね?」

 「まあ、確かにそうだな」

 ライアン先輩が、笑って頷く。

 「何の話ですか?」

 私の問いに、エミリアさんが悪戯っぽく笑った。

 「温泉が一時止まったことがあったのよ。私もデュークも原因がわからなくて、困っていたところに、ライアンが来たの。風呂屋の息子だって聞いた時は嬉しかったわ~。長老さんが家族や親せきを連れてくるって時だったから、焦っていたのよね~。結局、温泉を引いているパイプのつなぎ目の問題だったけど……」

 「そう言えば、あの時は、俺もイツキみたいにいきなりここに来たんだよね。俺の家はここからかなり離れた場所にあるんだけど、どうも、異世界の人間を引っ張って来る力が変なふうに働いたらしくて……」

 ライアン先輩が、当時の事を思い出しながらそう言った。

 「救世主って言えば、ドワーフの爺さん達もそうじゃねえ?」

 「そうよね。ドラゴンが好きそうな石細工ができる爺さん達が来たおかげで、ここのお客も増えたしねえ」

 「おかげで、遠くに住むドラゴンも来るようになったから、あちこちで起きていた小競り合いも収まったんだよな。人間の泥棒が頻出する温泉に、ドラゴンが行かなくなったから、泥棒自体が出来なくなったし、ドラゴンも怒る理由がなくなって、ついでに良い温泉も見つけたから、ご機嫌になったのよね……いやあ、本当に運が良かったわ。こんなに次から次へと、力になってくれる人が来てくれるなんてね。イツキも来てくれたし。皆が救世主よ!」

 エミリアさんが嬉しそうに言った、

 その時、私は気付いた。

 (……違う……そうか……救世主は……この世界の勇者はエミリアさんだ。デュークさんも、ライアン先輩も、ドワーフのお爺さん達も、エミリアさんが必要だって思ったから、ここに来たんだ……)

 そして、イツキも……

 エミリアさんが、ドラゴンのお客さんの対応に困って、それを解消できるアイデアを持つイツキが呼び出されたのだ。

 異世界からイツキを召喚する程に、エミリアさんの影響力はすごい……という事だ。

 (でも、問題が解決したってことは……)

 「あれ?イツキ、体が……」

 私の体は、いつの間にか半透明になっていた。

 「……どうやら、帰る時間みたいですね」

 「ええ⁉もう⁉」

 エミリアさんが、驚いて叫んだ。

 「まだまだ、仕事手伝ってほしかったのにー‼」

 「これは……いったいどういう現象なんでしょうか?不思議ですねえ……」

 デュークさんが、私の肩に触れて言った。

 「お、おまえ、大丈夫なのか?痛かったりしないか?」

 ライアン先輩は、私の半透明の体を見て、心配してくれていた。

 「大丈夫、痛くもなんともないですよ」

 私は微笑んで、三人に頭を下げた。

 「短い間でしたが、お世話になりました。仕事とご飯と寝床をくれて、ありがとうございます」

 どんどん薄くなる私を見て、三人もこれが最後だと感じたらしい。

 「こちらこそ、助かったわ」

 「掃除手伝ってくれて、ありがとうございました」

 「元気でな」

 だんだん薄れゆく視界の中で、温泉館の三人は笑ってそう言った。

 私も笑顔でお別れを言った。




 朝日のまぶしさに目を開けると、そこはいつもの自分の部屋だった。

 窓の外を見ると、いつもの街の風景が広がり、車が走っている。

 「……変な夢を見たわねえ……」

 私は頭を掻きながら、呟く。

 その時、自分の髪の毛から、あの温泉の匂いがした。

 髪を掴んで、鼻先に持ってくると、その匂いは強く香った。

 「…………夢じゃない……のかな?」


 そして、その二週間後。

 私は、気が付けば、また、あの硫黄の匂いに囲まれていた。

 「…………」

 「イツキ!」

 聞き覚えのある声に振り向くと、エミリアさんがいた。

 「助かったわ!助けて!」

 エミリアさんは何をどうしたのか、地面に腰まで埋まっていた。

 「…………エミリアさん、奇跡を起こしすぎです」

 「奇跡?何言ってんのよ」

 エミリアさんは、自分が救世主だと全然わかっていない顔で、笑っていた。

 「もう、しょうがないですね……」

 私も苦笑して、エミリアさんに手を貸した。




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