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中編

 イツキがここへ来て三日目、ドラゴン月間はまだ続いていた。

 この温泉は銭湯のようなものらしく、お客は温泉に入るためにやって来て、帰って行く。この温泉は昼頃にオープンする。ドラゴン専用になるのは夕方からのようで、夕方までは他のお客もやって来る。

 イツキが来た次の日は、修理のため一旦お休みし、次の日からまた再開した。


 来るのは常連さんばかりのようで、館長のエミリアさんと親し気な人達だった。

 ちなみにエミリアさんは、人間ではなく、エルフ族だった。

 「イツキ、お客さんをじろじろ見ない!」

 「は‼ すみませんエミリアさん!」

 私は、もうこれで三回目の注意を受ける。

 しかし、どうしたって珍しさで見てしまう。

 お客の種類は様々で、河童に半魚人、エルフにピクシー、天狗に八咫烏と、地上暮らし海暮らし、西洋アジア関係なしだ。

 「あのーエミリアさん、この温泉ってどういう場所に建っているんですか?」

 「場所?」

 「半魚人さんって海で暮らす人たちですよね?でも、天狗さんとかは山暮らしですし……」

 「ああ、そういう事ね。なによ、珍しい珍しいって言いながら、結構知っているじゃない、彼らの事」

 「一応、私の世界では伝説上の生き物ってことで、情報はあったので」

 「ふうん……これが、この国の地図よ」

 そう言って、エミリアさんが見せてくれたのは、日本で言えば九州を横にして、大分・宮崎辺りを伸ばしたような大陸だった。右に点線で境界線が書かれているという事は、陸続きの隣国があるのだろう。

 「世界地図は無いんですか?」

 「あー……どこかにあったと思うけど……」

 「あ、それじゃあ、あとで探します。見ていいですか?」

 「いいわよ。ええと、この温泉があるのはこの辺」

 エミリアさんが指で示したのは、海に近い場所だった。しかし、等高線が混み合っているので、ここが山の上だとわかる。

 「ここって、山なんですか?」

 「そうよ。イツキなら下山するには3日かかる高さよ」

 「へえ⁉」

 丸3日かかるという事は、結構な高さだ。登山経験はそれほどないが、富士山よりも高いんじゃないか?ここ。

 「この国の名前はユタ。海にも近いから、海に住むお客さんも結構来るわね」

 「……どうやって来るんですか?」

 「色々よ。本当に歩いて登って来るお客もいれば、ドラゴンさんみたいに飛んでくる人もいるし、人間より脚力が優れている人もいるしね」

 「へえ……ってことは、儲かっているんですね、ここ」

 「まあ……昨日みたいなことが無ければね……」

 「う……すみません……」

 苦いものを噛んだような顔のエミリアに、樹は謝る。

 「まあ、イツキが悪いわけじゃないしね」

 気にしないで働いて、とエミリアさんは言った。

 「はい……そう言えば、どうしてドラゴン月間なんてあるんですか?皆さん、異種人とも仲良くお風呂に入ってらっしゃるようですけれど……」

 「まあ、あの巨体だからっていうのと、鱗や髭の問題ね。あとは……」

 「あとは?」

 「まあ、お客が来ればわかるわ……」

 エミリアはそう言って、口を閉じた。


 夕方、お客が来はじめて、イツキはエミリアさんの言ったことがよくわかった。


 ドラゴン達は、温泉館の前の広場に降り立つと、温泉館に入って来た。

 温泉館は人間サイズで言うと、少し大きめくらいで作ってあるが、ドラゴンがそのまま入ろうとすると、入れない。

 そのため、何度か来たことのあるドラゴン達は翼をたたんだり、人型に化けて入ってきたりするのだが、それを面倒がるドラゴンは直接露天風呂へ行き、そのままざぶんと湯に浸かった。

 それを見た子供ドラゴンが面白がって真似をする。

 これはこの世界でも、マナー違反というものだ。

 入り口から行儀よく入って来たドラゴン達の中の子供たちは、もの珍しさに走り回り、親ドラゴンも館内が珍しいらしく、子供ドラゴンを止めもしない。

 ドラゴン達にとっては、ちょっと興奮して遊んでいるだけなのだろうが、建物にとっては致命的だ。ドラゴン達の怪力であちこちの柱がえぐれ、手足の爪で壁に傷がつく。

 おまけに、その後に入って来た偉そうなドラゴンのおじさんが、館内の荒れた様子を見て、眉をひそめた。

 「ここは掃除もできないのか?」

 エミリアさんが、思わずモップの棒を握りしめ、振りかぶろうとしたのも頷ける。

 (……ドラゴンさん達は、共同浴場に慣れていないのね……)

 イツキはその様子を見ながら思った。

 昼間に来たお客たちは、公衆浴場のルールというものを良く知っていた。

 ここは公共の場であり、他のお客の事も考えてお風呂を楽しむものだ。

 お風呂場で走らないのは当然として、お湯に入る時は体の汚れを落とすとか、脱衣所は他のお客と分け合って使うとか、共同の休憩所は綺麗に使うとか、暗黙とされているルールは沢山ある。

 子供達にもそれを教えるべきなのだが、それをすべき親が慣れていないのだ。

 おまけに、ドラゴンは元来、気位が高い種のようだ。

 どうも、人間やエルフであるイツキ達を、召使くらいにしか見ていないようで、この温泉館はドラゴン達の為に作られたと勘違いしているようだ。

 「これは大変ですねえ……」

 お客たちが帰った後は、昨日よりはマシだったが、まさに、「嵐の過ぎ去った後」だった。

 「ね、大変でしょう?」

 エミリアさんはたっぷりストレスが溜まっているようで、腹立ちまぎれに掃除をしている。

 「これじゃあ、他のお客たちと一緒に、お風呂になんか入らせられないわ。中にはルールを知っているドラゴンもいるけれど、そういうドラゴンは空いている昼間に来るし……」

 「どうにかして、落ち着いてお風呂に入って貰わないと、大変です……」

 デュークさんも疲れた様子で言った。

 「でも、俺達の話は聞いてくれないしなあ……」

 「下手に注意すると、馬鹿にされたって思って、怒りだすのよね……殴るわけにはいかないし……」

 エミリアさんは殴りたそうに手のひらを握ったり開いたりしながら、言った。


 「……この世界の言語は、人間とドラゴンとでは違いますか?」

 藪から棒の、イツキの質問に、エミリアさん達は驚いたように顔を見合わせた。

 「一応、共通の言語もあるわよ。あんまり普及していないけれど……」

 「ドラゴン語、人間語、エルフ語とか、いろいろあるんですか?」

 「そうよ。エルフ語が一番流通しているかしらね……」

 「そうですか……となると、ちょっと大変……」

 イツキがぶつぶつと呟きながら、温泉館の入り口を見まわしはじめた。

 「どうしたの?何する気?」

 「ポスターとかどうでしょう?まずは、ここが沢山のお客さんが来る、公共の浴場であることをばーんと告知して、自然にできた浴場でも、誰かのための浴場でもないってことを知ってもらうんです。沢山のヒトが来る場所だから、皆で綺麗に使いましょうっていう文句を入れて」

 イツキの言葉に、エミリアは眉を寄せる。

 「そんなんで、効果あるかしら?」

 「どうでしょう?でも、それをお願いしていくしかないですよ。なんなら、壁に絵を描いて、色んな種族が仲良く温泉に入って寛いでいる姿を強調してみるのもいいんじゃないですか?あとは、走ると転んで怪我しますよーとか、お湯の中で暴れると他の人に迷惑ですよーとかは、ちゃんと注意すべきです。これは、温泉のマナーで、紳士の振る舞いですって言えば、気位の高い人達でも、ちゃんと守るんじゃないですか?」

 「……ふむ、一理あるわね……」

 「先日、河童の親子が石鹸で滑って転んで、頭の皿を割る事故があったので、館内では極力走らないようにしてください、とか、何とか言えば良いんですよ。教訓としてだったら、あの偉そうなドラゴンさんでも聞くでしょう」

 「たしかに……」

 イツキのアイデアに、三人は考え込む。

 「思いついたことからやってみましょうか。言語の違いについては、僕に案があります」

 「絵の上手い知り合いがいるぜ。頼んでみようか?」

 デュークさんと先輩の言葉に、エミリアさんは頷いた。

 「よし、やってみるか!」


 ポスターの効果は少なからずあった。

 温泉の入り方を絵と文字で説明したことで、少なくとも、外から露天風呂に直行するドラゴンはいなくなった。

 館内で子供たちが走ろうとすると、親が止める姿も見られるようになった。

 また、ドラゴンだけでなく、他のお客にもいい影響があったようだ。初めてのお客は特に説明書をじっくり読んでくれる。

 言語の問題は、ドミーさんが解決してくれた。

 デュークさんは魔法使いだったようで、魔法の力を使って、館の入り口の空中に文字を出したのだ。

 ドラゴン語、河童語、エルフ語……と、順番に言語が入れ替わり、温泉のマナーや注意事項を流してくれる。自分のわかる言語が出るまで、ちょっと待たなければいけないが、たいていの人はエルフ語が分かるようで、混乱は無かった。

 「よく使われる言語だけは、ポスターを作って張り付けても良いですね」

 「タッチパネルみたいに、言語を指定できればいいんでしょうけどね~……」

 「なんです?たっちぱねるって?」

 デュークさんに説明すると、「便利なものがあるんですね~」と感心していた。「でも、できなくはないか……」とも言っていた。


 だが、やはり問題はまだある。

 「鱗とか、爪がねえ……」

 エミリアさんが唸る。

 ドラゴン達が帰った後のお風呂場には、ドラゴンの鱗や爪がわんさか落ちている。

 温泉に使われている岩は、ドラゴンの爪でもおいそれと切れない物を使っているが、柱や扉はどうしたって、木や強度の落ちる石を使っている、

 ドラゴンの爪や鱗は簡単にそれらに傷をつけてしまう。

 「普通に歩いていても、こうなるからねえ……」

 「困りましたねえ……」

 「ううう……直しても、直しても、壊される……」

 そう言って泣いているのは、この温泉館専属の大工さんだ。

 小柄なガッチリとしたおじさん達で、ドワーフらしい。

 月に一度、館内の様子を見に来てくれるのだが、ドラゴン月間は毎日らしい。

 「こう毎日だと、さすがのドワーフも嫌になるわよね……」

 「これじゃあ、賽の河原の子供達ですね」

 「あら、イツキの所にもあるの?賽の河原の話」

 「こっちにもあるんですか?すごい!」

 私とエミリアさんが死後の考え方の話をはじめると、ドワーフのおじさん達は重い腰を上げ、修理を始めた。

 私達も掃除を開始する。

 「それにしても、毎日毎日、すごい量ですね。鱗」

 「爪もだよな。よく抜けるもんだ」

 「これって抜けているんですか?猫の爪とぎみたいに?」

 「そうだよ。温泉であったまって古い爪がふやけたところで、このドラゴンの爪をもはじく岩にひっかけて抜いているんだよ」

 「……へえ……鱗もそうなんですか?温泉であったまってこの岩にこすり付けて落とすとか?」

 「そうだよ。昔からそれがドラゴンの体の洗い方だってさ。鱗目当ての盗賊たちが出てくるまでは、自然にできた温泉で、そうやって落としていたらしいよ」

 「…………」

 私は、とある案がひらめいたが、ちょっと現実に難しそうだったので、言うのをためらった。

 「なに?何か思いついた顔ね、イツキ」

 エミリアさんが面白そうに寄って来た。

 「ええ、まあ……でも、ちょっと、無理かもです……」

 「いいわよ、言ってみて」

 「……皆さん、垢すりってご存知ですか?」

 私の言葉に、三人とも首を傾げた。


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