【3】
りんご飴。
お久しぶりです。
さてと。
何とかシャーロット様の屋敷を脱出できた。ただでさえつらい訪問だったのに、なぜレオンが悪化させなければならない……。
まぁ、良く考えれば、彼の行動で彼女への注意を外すことができたとも言えるのだが……。
それにしても、だ。
なぜ。なぜ屋敷に突進していく! アポ取らなきゃいけないって言ったよな、ちゃんと!!
しかし、それでも感情を全て押し隠し、無表情の仮面をかぶったままレオンに問う。
「レオン様、次の予定を言ってもよろしいでしょうか」
「必要ない」
即答来た。驚きが思わず仮面を突き抜けそうになってのけぞる。恐らく馬車の揺れで隠せたが、危なかった。側近としての姿を崩してはいけない。これが自分の立てた第一原則。
「なぜですか」
「もう花嫁は決まったからだ」
嘘だと言ってください……。まさかですけど……。
「シャーロット様になさるのですか?」
「あぁ。その通りだ」
何でよりによって!!!
彼女嫌がってましたよね、明らかに!!!!
「リアーナ様などが好印象に思えましたが」
「ほぅ、シリルが花嫁候補について口出しすると。そういうことか?」
黙りこける。確かに口出しすべきではない。だが、やはり理解できない……。
なぜよりによってあの家、彼女の家なのか。
……もう拷問だとしか思えない。
◇◆◇
「今回僕はここに行ってきたんだ」
ポンチョが床いっぱいに広げた地図の一点を指差す。身を乗り出すと、ここから相当離れているのがわかった。私は目を瞬く。
「そんな遠くまでどうやって行くの?」
「馬で何日も駆けるのさ。大変な旅だよ」
ここは私の部屋。隣に座っているのは良き友であるポンチョで、数日前まで行っていた旅について話してくれている。
こんな同い年の子がそこまで遠い旅を繰り返しているなんて、とてもじゃないが信じられない。
「荷物はバックパック一つだけ。それでも案外やってけるもんなんだ。ロティーもやってみたい?」
「いや、私は生き残れる自信がないから……」
「えー、そう? 僕が連れてってあげるよ?」
私がそれでも首を横に振ると、悲しそうに「そっかー」と呟いた。でも、すぐにパッと顔を輝かせ、例のバックパックをゴソゴソとやり始める。
「僕、ロティーが気に入りそうなものを見つけてきたんだ」
私はその言葉を聞いた瞬間、期待に胸を膨らませた。ポンチョがこう言うときは、素敵なものが出てくると決まっている。
待ち遠しく彼がバックパックに手を突っ込んでいる様子を見ていると、ついにその手が抜かれた。私の前でパッと開かれたその掌には、桃色に光るブローチがのっていた。魔法で加工されているらしく、傾きを変えると虹色に反射していた。
思わずうわぁと声を上げると、ポンチョが満足そうに笑うのが聞こえた。きれいすぎて、目が離せない。
……目が離せないはずだったが、さすがに『やつ』が来たら目を離せざるを得なかった。
ボフッという音と共に部屋の片隅に立ち上った煙。突然のことに目を点にしていると、中から出てきたのは懐かしくも何ともない人だった。
「なんでここにっ!?」
私が悲鳴に近い叫び声を上げると、その人は自慢げに言った。
「この前この屋敷に来た時にちょっとマークしといた。便利だろ? これでいつでも好きな時にここにこれるんだ」
「いきなり私の部屋に入る必要ないですよね!? 普通に玄関から入れますよねっ!?」
「いや、それじゃあ楽しくないじゃないか」
憎たらしい笑みを浮かべたレオン。何が楽しいのかは疑問だが、この人は楽しいことを最優先させる自己中心的な人らしい。うん。
「で、こいつは誰?」
レオンがすっと指差した先にはキョトンとしたポンチョの姿。
「あ、えっと、彼はポンチョで……」
「いや、紹介ではなく、こいつは君とどのような関係にあるのかを聞きたいのだが」
えーと……。
これはまずい展開なのだろうか。花嫁候補とはいえ、部屋の中に異性を連れていたらダメ、とか? いやいやいや、待て。これはむしろチャンスなのでは? 私はレオンに嫌われたい。で、レオンはこの状況をなぜか嫌っている(たぶん)。ということは。
ポンチョを恋人にでも仕立て上げちゃえば……?
ポンチョは私のことなんて何も思ってないはずだから、きっと許してくれる! この王子を追い出すには十分な口実よね? だって花嫁候補に恋人がいるなんて、完全にアウトでしょ??
よし、これでいこう。
「え、ポンチョは私の彼氏よ」
「は?」
間抜けな声を出すポンチョの口を塞ぎながら、私はにっこり笑った。よし、決まった! きっとこれで、あの自己中心王子は怒って帰る!
でも、なんだろう、あの凍りつくような冷たい目は。そして、背後からゴゴゴと燃え盛る炎は。いや比喩表現ではなく、本当に燃えてる……。
一秒も経たないうちに、私は土下座で謝っていた。
◇◆◇
あぁ、ビックリした。ビックリし過ぎてショックとか感じる暇もしばらくなかった。
僕がロティーの彼氏だとか言われた時は、体中に電撃が走ったみたいだったけれど、やっぱりそんなことはなかった。
それにしても、ロティーに王子からの縁談が来ているなんて……。まぁ、当然といえば当然か。あんな美人で、優しくて、お金持ちの家の生まれならおかしくない。
こういう日がいつか来るってことには気づいていた。だから、早くしろって自分を急かした。
でも何度彼女に向かって口を開いても、出てくるのは遠い地での土産話。この話をした方が彼女が喜ぶのは知っていたし、この関係を壊すのが怖かった。
振られたら?
嫌われたら?
僕は本当に臆病者だ。
と、いうことを、ずっと廊下でくよくよ悩んでいるわけだが。
ロティーの部屋から追い出されて20分ほどが経過。防音魔法で中の音が聞こえないから、盗み聞きをしているわけではないのだが、なんとなく居場所がなくて部屋の前で待っている。でも、まだ話は長くなりそうだから、いい加減宿屋に戻ろうか……。
ちらと横を見ると、同じく追い出されたグウェンと、ウサ耳の男性。
グウェンとは何度も話したことがあるし、同じ獣人ということで気が合うのだが、今は黙って背筋を伸ばしている。原因は横にいるウサギだろうか。
彼はつい先ほどドアが突然開いたと同時に中から投げ出され、見事に尻餅をつきながら着地してもめげずに立ち上がって直立不動を続けているツワモノである。
その彼が来たと同時にグウェンの表情が固まった気がする。主人に仕えるという身どうし、何か上下関係のようなものがあるのだろうか。
しかし、あったとしても僕には関係がない。僕は息を大きく吐き出し、ロティーの部屋から一歩ずつ離れて行った。いつもはそこまで気にならないはずのバックパックが、重く背中にのしかかる。
屋敷の外に出て、ちょうどロティーの部屋の真下に来た時、窓からヒョッコリとロティーが顔を出した。
「明日もまた来てね―――!!」
笑顔で僕は振り返し、また歩き続けた。
次の日、僕は屋敷には行かなかった。
ポンチョは羊の角と耳を持った獣人です。