第二章 第三話
そのまま私たち二人は銃器保管室へと飛び込んでいた。
案内された時は、どうせ入ることもないだろうなんて安易に構えていた私だったが……確かに仕事柄そういうのも必要になってくるらしい。
再度頭のメモリへとしっかり書き込むことにする。
しかし……
──凄いなぁ。
銃器保管庫に入った私は、ただ呆然と周囲を見渡すだけだった。
何しろ、周囲がレーザーガンや電磁スタナーなど見慣れた武器は一切なく、古のムービーで見たような、火薬を用いた骨董品のような銃ばかりだったのだ。
実際、電磁スタナーすら触ったこともなかった私には、それらの銃器に触れるのはちょっとばかり覚悟が必要だったくらいである。
「っと、こんなところか」
そうして隊長が私に手渡してきたのは、細長い形をした所謂、自動小銃という武器だった。
詳しい名前は分からないものの、手に持ってみるとズシリと重く……私が今日手にしていた旅行用バッグよりも遥かに重いんじゃないだろうか?
「これが、銃……」
古のムービーで見たことのある、火薬を使う銃を初めて手にした私は、呆然とそう呟くだけだった。
手触りを確かめるように、銃を構えあちこちに狙いをつけてみる。
確かに重いものの……私の細腕でも何とか扱うことは出来そうだった。
「……無意味に振り回すな。
それと、レーザー銃や電磁スタナーよりゃ弾が少ない。
無駄に撃つなよ?」
そう言って予備マガジンを手渡してくれるヴォルフラム隊長の声を聞きながら、私はその銃を……いや、銃を持ったことでさっきから震えが止まらない自分の手を眺めていた。
人殺しの武器を手にしたという事実は、自分で思っているよりも私の手に重く圧し掛かっているらしい。
──あれ?
その所為だろうか?
彼の呟いたそれらの銃器を何故使わないのかが気になってしまう。
「……あの、レーザー銃や電磁スタナーとかは?」
「前に言っただろう?
砂が入ってくればレーザーは乱反射して意味をなさない。
電磁スタナーは大気拡散して暴発する。
……自殺したいなら止めないが、俺のいないところでやってくれ」
私の素朴な問いに返ってきたのは、そんな素っ気ない言葉だった。
そのまま隊長はまた何処かへと走り出す。
「……えっと?」
隊長の素っ気ない言葉に、私は少しだけ違和感を覚えていた。
──レーザーや電磁スタナーが使えないのは分かったけれど……
その違和感が何だか分からない内に、隊長の背中はどんどんと離れていく。
その離れていく背中に慌てた私の脳裏から、そんな違和感などはあっさりと何処かへ旅立ってしまう。
そして私は隊長の背中を追いかけるべく走り出す。
走りながらも私は、ようやく汚名返上の機会を得たことに喜びを隠せなかった。
──これでも、射撃には自信があるんだ、から。
……そう。
失態は成果で取り戻せば良いだけだから。
……そうして数分ほど走った頃、だろうか。
第二師団の宿舎を抜け、すぐ近くにある『卵』の外壁近くまでたどり着いた、その時だった。
「ビンゴっ!」
珍しく感情的な隊長の叫びに私が視線を向けると……『卵』の隔壁には人が一人通れるくらいの、大きな穴が開いていた。
その穴の外側に、五人くらいの銀色の『卵』外活動服……簡易宇宙服を着た人達が見張っているかのように立っている。
周囲には外気と共に流れ込んだのだろう、砂が舞い……辺りの床が砂で埋もれ始めていた。
「……嘘っ?」
想像もしていなかったその光景に、思わず上げてしまった私の声は、幸いにして【死神】隊長には聞こえなかったらしい。
アレを聞かれていたら、さっき私が隊長の言葉を信じてなかったのがバレて……好感度がマイナスされるところだった。
「……援軍待ちか。
多分、別働隊ってところだな」
隊長は私には目もくれることなくそう呟きつつも、軍票を操作してウィンドウに何らかの指示を出していた。
恐らく、隊長として何処かに命令を下しているのだろう。
「ったく。
くそったれの『農場』連中め、またしても白兵戦なんざさせやがって……
第一の連中もストばっかりしてないで、もっとまじめに働きやがれ。
あの給料泥棒共がっ」
銃器を触りながらヴォルフラム隊長はそう愚痴る。
……第一ってのは、第一歩兵師団のことだろう。
今侵入してきている敵のように、『卵』外活動服を着て『卵』の外で戦う人たちのことである。
隊長の言葉を信じるならば……どうやらストライキ中らしい。
この『へび卵砦』が最前線の戦場とは言え、所詮は企業に雇われた傭兵たちの集まりである。
なら、ストライキするような事態もあるのだろう。
……戦場というと死にもの狂いで戦い続ける印象があった私には、どうにも納得し辛い単語ではあったけれど。
「じゃあ、行くぞっ!
援護しろっ!」
「……え?」
私は、返事をする暇すら与えられなかった。
隊長は叫ぶや否や、物陰から飛び出すと手にしていた銃器を敵目がけて発砲する。
──っ?
【死神】隊長が見せた銃の腕は素晴らしく、彼は白兵戦においても素晴らしい技能の持ち主なのだろう。
何しろ乱射したとは言え、彼の銃器から放たれた鉛弾は確実に三名の敵歩兵を穿っていたのだから。
とは言え、二体は撃ち漏らしている。
その二体の敵はゆっくりと彼に向けてその手に持っていた銃を……
「危ないっ!」
私は無我夢中で叫びながら、必死に引き金を引いていた。
耳を劈く轟音……と言うほど大げさではないけれど、至近距離で放たれた銃火は意外と大きな音で、私は思わず眉を顰めていた。
と、気付けば銃が腕から逃げ出しそうになっている。
それが反動というモノだと気付いた私は、慌てて銃をしっかりと掴み直すと、その銃口をもう一体の敵兵へと向ける。
幸いにして、敵兵は最初に飛び出した隊長に意識が向いていたのだろう。
私の放った銃弾は、敵がこちらを向くよりも早く、その白い『卵』外作業服と共にその敵兵の身体を穿っていた。
──撃った。
自分が引き金を引いて、そして飛んで行った銃弾が敵兵の胸を貫いた。
その光景を理解しながらも、私の指は引き金から離れない。
ただ手の中の小銃は延々と銃弾を放ち続け、それらの弾丸は敵兵の『卵』外作業服に幾つもの穴を穿ち続けて行く。
その内、マガジン内の銃弾を使い果たしたのだろう。
小銃はただ空回りをするような音のみを発するようになり……
身体中を撃ち抜かれた敵兵は、真っ赤な血を噴き出しながら地面へと倒れ込んでいた。
……私の撃った敵兵二人は、即死だったのか……床に積もった砂を赤く染めなながら、もう指先一本すら動かない。
──死んだ、の?
私は、その『事実』を理解した途端……頭の中が真っ白になってしまう。
──私が、殺した。
──この手に持った銃で、敵兵を。
──この、私が。
気付けば、私の手は震えていた。
小銃を握ったままの手は、未だに引き金を引いたままで……
──離さない、と。
そう思いつつも、震える腕は私の命令を聞こうともしない。
ただ、指が銃に張り付いたように離れず……
「おいっ!
しっかりしろ、アドリア=クリスティっ!」
人の命を奪ったという事実に折れかけた私の心を現実に叩き戻したのは、そんな隊長の叱咤だった。
私はハッと我に返る。
そして、気付く。
眼前に、本当に手を伸ばせば触れられるほどの距離に、ヴォルフラム隊長の顔があると言うことに。
──っ!
人を殺したという事実よりも、まず先に彼と私の唇が拳一つ分くらいしか離れていないという事実に私の鼓動は早くなる。
だけど、それもすぐに静まる。
……だって、この手で人を撃ち殺したのだ。
別に人体を刺殺したような、そんな感触があった訳でもないし、返り血を浴びた訳でもない。
……でも。
それでも、私の手にした小銃が、私の放った鉛弾が誰かの命を奪ったというのはれっきとした事実なのだ。
だったら……愛だの恋だの言う資格なんて、もう私には……
「こら、寝惚けるな」
「え?
……でも、私は……」
【死神】隊長の声に、またしても我に返る私だったが、すぐに冷静な判断力は命を奪った後悔の海へと沈んでしまう。
──私が、殺した。
その、自分の手で命を奪ったという事実が、私の思考を完全に停止させていたのだ。
……斃れたままの敵兵から流れ続ける、真紅の液体から目が離せない。
今まで、私は「命が大事」なんて世間で流行っている常識なんて「何を無駄なことを言っているのだろう」程度にしか思っていなかった。
事実、私の周囲には『死』は縁遠く、だからこそ『命を奪う』という禁忌に触れた、この嫌悪感なんて、考えたこともなかったけれど……
自分の口から聞こえてくる、呼気と吸気と……そして鳴り響き続ける心臓の鼓動がやかましい。
それが自分の生きている証だとしても、だからと言って……
──こんなことだったら、傭兵なんてならなきゃ……
私のネガティブな思考がそんな結論を出した、その時だった。
「まんまと敵の策に引っかかるなっ!
アドリア=クリスティっ!」
突如、耳元で放たれたヴォルフラム=ヴィルシュテッターの怒声に、私の思考は一瞬で吹き飛ばされていた。
「あれ、え、あれ、えっと……」
そして、我に返る私。
現状を未だに把握できないまま、周囲を見渡す私をヴォルフラム隊長はどう思ったのだろうか?
そのまま彼は私に目をまっすぐに見つめると……
「アレは人間じゃない。
アレは血じゃない。
自分の目でしっかりと見るんだっ!!」
隊長のその叫びを聞いても……私は彼が何を言っているのか分からなかった。
だって、人の形をしていて、人そっくりに動いて、人と同じ武器を持って、人を殺す銃弾で死ぬのだから……
──それは、人以外の何だと言うのだろう?
そんな私の内心が読めたのだろうか?
隊長は大きなため息を一つ吐くと、天を仰ぐ。
「訓練所の役立たず共がっ!
何でこんなことすら教えてないんだっ!」
彼はそう叫ぶと、足元に斃れたままだった死体を蹴飛ばす。
「……なっ!」
死者への尊厳や畏敬が全く感じられないその光景に私は息を呑む。
……だけど。
私が本当に驚いたのは、その次の瞬間だった。
「~~~~~~っっっ!」
ヴォルフラム隊長の無雑作な蹴りによって死体の『卵』外作業服のヘルメットが外され……その下から出て来たのは、変な植物だったのだ。
……いや、違う。
植物、だけじゃない。
植物に機械の基盤を植え込んだような、妙なチューブが繋がっている。
そして、その植物を保護していたかのように、真紅の液体がヘルメットの内側から流れ落ちてくる。
「アレは敵だ。
敵の開発した白兵戦用の人型をした自律行動戦闘人形。
通称『トリフィド』……向こうが使っている正式名称なんて分からないし、知りたいとも思わないがな」
隊長は唾を吐き捨てると、床に倒れたままの死体……いや、『トリフィド』とかいう敵兵の残骸に銃弾を数発叩き込む。
敵の身体から……銃弾によって『卵』外作業服に空いた穴からはまたしても真紅の液体が零れ出ていた。
「基本的に構造は水風船の詰め合わせに近い。
内部を流れている電流による浸透圧調整で、筋肉に相当する水風船の体積を調整。
それによって人間っぽい動きをしているらしい」
「……水、風船?」
知らず知らずの内に私の口から鸚鵡返しのような言葉が零れ出ていた。
何しろ……信じられなかったのだ。
クローンによる兵士創造が遥か遠くの惑星によって行われ問題化して数十年。
今ではクローン兵士は恒星間規模で定められた条約によって禁じられている。
それを承知した上で……その条約の隙間を縫うような、こんな変な兵士の造り方をするなんて……
「コイツらを破壊するには頭部のカメラを破壊して敵味方の認識を禁じれば自動的に停止することだ。
他にも、胸部のバッテリーか体液循環ポンプを破壊すれば自然と動かなくなる」
そう言いつつ、ヴォルフラム隊長はトドメを指すかのように倒れたままの『トリフィド』へと順番に数発銃弾を撃ち込み……
そこで銃弾が切れたのか、小銃からマガジンを取り外し、ベルトに差してあった予備マガジンを差し込む。
──そう言えば。
その隊長の仕草を見て、自分の小銃も弾切れしていたのを思い出した私は、彼の動きをなぞるように小銃のマガジンを交換する。
「取りあえず、『卵』外からの増援をここで叩く。
援護しろっ!」
「はいっ!」
そう言うと隊長は『へび卵砦』外壁に背中を預けると、敵の開けてくれたらしい大穴を覗き込み……小銃を構える。
私も彼の動きに倣い……彼とは穴を挟んだ反対側に立つ。
そして……外壁の外側に視線を移す。
「~~~っ?」
そこには……砂塵が舞う砂漠を埋め尽くすかのように、敵がウジャウジャと並んでいた。
全員が同じような白い『卵』外作業服を着こみ、少し変わった小銃らしき武器を手に持ち、規則正しくまっすぐに歩いてきている。
その連中をもっとじっくりと見ようと目を細めた、その時だった。
──っ、目が痛いっ!
どうやら砂塵が目に入ったらしい。
私は涙で前が見えなくなり、思わず目を押さえる。
……その時だった。
「馬鹿っ!
首を引っ込めろっ!」
隊長の叫びに、慌てて私は背後へと後ずさる。
それとほぼ同じタイミングで、隔壁にキンキンと金属音がぶつかるような音が聞こえてくる。
私は涙に滲む目を凝らしながら、その音を出した原因に視線を向ける。
隔壁外部の砂の上に、小さな音を立てて転がったソレは……
「……針?」
ソレは……吸盤の先に針がくっついたような、変な弾丸だった。
私の手のひらよりもまだ小さいだろうその針の先には、砂塵が丸く付着していて……針の先が濡れていたことを窺わせる。
「ああ、それが敵の使っていくる麻酔弾だ。
空気圧を使って撃ち出すタイプで、貫通力はそう高くない」
私の視線に気付いたのか、隊長はそう教えてくれた。
そう言いつつも彼は私を気遣う様子もなく、軍票を操作して鏡面状のウィンドゥを作り出し、窓の外を窺っていた。
私はそんなヴォルフラム隊長を真似て、ちょっとだけ操作に手こずりつつも隔壁外を窺って見る。
左右反転した視界では、砂塵の中に数十・何百・何千体もの軍勢がこちらへと一斉に進軍してきているのが見えた。
ちなみに砂塵の所為か、その鏡はあちこち不気味に歪んであまり長く見続けたい気分にはなれなかった。
「……あんなに、も」
「ああ。
アイツらは構造が単純で機械的な動きしか出来ない。
だけど、工業生産される兵隊だからな……物資が尽きるまでああして無限に作られる」
呆然とした私の呟きに答えながらも、隊長は隔壁外へと小銃を無雑作に放つ。
アレだけ大量に並んでいる所為か、特に狙った訳ではない隊長の乱射でも次から次へと敵兵は倒れていく。
「……脆っ」
その様子に思わず私は気が抜けたようにそう呟いていた。
事実……私が隊長の行動を真似て適当に銃を放ってみただけで、『トリフィド』とかいう敵兵たちは次から次へと倒れていくのだ。
……拍子抜けにもほどがある。
「ま、コイツらの装甲はビニル製の入れ物に、酷く薄い耐光学膜を張ってあるだけからな。
……レーザーをほぼ完全に弾く、鬱陶しい連中だ。
お蔭で『トリフィド』が導入された直後は、酷い敗戦続きだった」
ヴォルフラム隊長がまるで彼らを庇うかのようにそう告げたのを聞いて、私はようやくさっきの……武器を取った時の違和感が何であったかを完全に理解していた。
幾らレーザーが乱反射する砂塵が吹く【トレジャースター】とは言え、その砂塵の届かない『卵』の隔壁内ではレーザーは非常に有効な武器なのだ。
弾速が早く、狙った位置に直進し、そして何よりも軽い。
『卵』内を守るために歩兵が携行する兵器としては、レーザーに勝る武器はないだろう。
なのにこの『へび卵砦』ではこんな骨董品のような火器を利用している。
それは……この『トリフィド』とかいう敵が原因だったのだ。
「それは……」
私は思わず黙り込んでしまった。
あっさりと倒せたから、この『トリフィド』って連中を脆いとか弱いとか思っていたけれど……それはあくまでも火薬式の銃に弱いというだけで……
ここへ来たばかりの私みたいに、武器と言えばレーザーなんて考えていたら……
私はそう考えて……昔の自分に向けてこの手の小銃をぶっ放したい気分に陥っていた。
「で、そんな敗戦の最中に、だ。
傭兵の一人が錯乱してヘルメットを投げつけたんだ。
掴まるくらいなら「せめて一太刀」、ってな。
そうすると今までレーザー銃を幾ら撃っても斃れなかった敵兵があっさりと倒れたと……まぁ、ジョーク寸前の逸話だが。
それ以降だな、こんな『骨董品』が出回ったのは」
小銃のマガジンを交換しつつヴォルフラム隊長はそう呟く。
それは私に説明しているようにも聞こえたが……
──ううう、顔に出ていたかなぁ?
私がその小銃を「骨董品」と思っていたことへの皮肉のようにも思えてくる。
実際……火薬式の小銃なんかで、こうも簡単に敵を蹴散らすことが出来ていること自体が、兵器技術の進歩に対する皮肉ではあるのだろうけれど。
それでも……ヴォルフラム隊長の心象を悪くしてしまうような迂闊なこと、出来るだけ避けたい私ではある。
そう考えた私は、ヴォルフラム隊長がマガジン交換をし終わる寸前に隔壁の穴から腕を突出し……銃弾をばら撒く。
ろくに狙ってもいない銃弾だったが、凄まじい数の『トリフィド』の前には、当てない方が難しい有様だった。
銃弾を浴びた『トリフィド』は、真紅の液体をばら撒きながら砂漠へと倒れ込む。
「何であんな、悪趣味な……」
人間を撃ち殺した……例え事実は違うにしてもそう思ってしまう光景に、私は思わずそう呟いていた。
正直……自分の放った銃弾で人間型の動く物体が、真紅の液体を散らしながら斃れるその光景は、気持ちの良いものじゃない。
「心理戦だとさ。
その嫌悪感こそが、兵士を動揺させ侵攻が有利になるらしい。
だから血に見えるように、厭味ったらしく色を付けているんだよ、クソ共がっ」
【死神】隊長はそう吐き捨てながら、私と交代するかのように小銃をまき散らす。
「あ、あはははは……は……」
彼の声に、私は渇いた笑いを返すしかなかった。
事実、見事にその心理戦とやらにかかってしまった身としては、笑うしかないというのが実情だったのだ。
──アレは、人形。
──アレは、水風船。
私はそう呟きながらも、隔壁から銃弾を放つ。
特に狙った訳でもないにも関わらず、私の放った銃弾は敵兵を穿ち続けていた。
「ちぃっ」
……相変わらず砂塵が舞う所為か、目が痛い。
私は思わず舌打ちすると、目を閉じて砂塵を涙で洗い流す。
──だけど、休んではいられない。
これだけ撃ち続けているというのに、敵の行軍は全く衰えないのだ。
……倒れる仲間に怯まない、恐怖がない人形だからこそ、だろう。
そうして仲間の屍を踏み越え、次々に迫ってくる敵兵団を見ていると……
──まるで、ゾンビの群れ、みたいね。
違うとは分かっていても、私はそんな感想を抱いてしまい……どうも落ち着かない気分になってくる。
そうしてそろそろ予備マガジンが底を突きようとした、その時だった。
「すまん、【死神】っ!
遅くなったっ!」
そんな叫びに背後を振り返ってみれば、透明の盾を持った百人余りの兵士たちが小銃と全身黄土色の『卵』外作業服を身に付けて整然と並んでいた。
各員が胸に付けた軍票を見る限り……恐らく彼らは『第一歩兵師団』の人たちだろう。
一番前に立っているのが、向こうの隊長さんだろうか?
……生憎と『卵』外作業服の分厚いヘルメットの所為で、顔は窺えなかったけれど。
「遅すぎるぞっ!
第一のサボタージュ癖もいい加減にしやがれっ!」
ヴォルフラム隊長は援軍に向かってそう怒鳴りつける。
怒鳴りつけつつも……彼は安堵のため息を吐いていたから、別に援軍が来たことを嫌がっている訳じゃなくて。
……男性同士しか分からない、そんなやり取りなのだろう。
「そう言うなっ!
危険手当10%アップと装備更新費用と成果は出したっ!」
「はは、大成果じゃないか。
悪い……後は、任せる」
……結局。
相手の隊長らしき人と叫びあっていたヴォルフラム隊長は、静かな声でそれだけを告げると……隔壁の穴に背を向けていた。
「ああ。
これ以上は一兵たりとも通させやしないさ」
私は背後からかけられたそんな声を聞きつつ、先に走り出した隊長の背中を追いかけようと、走り出す。
「あ、そうそう」
そんな私たちに向けて、第一歩兵師団の一人が声を上げていた。
「アイツら、お前たちの格納庫にも入り込んでいたみたいだが……
こんなところにいて構わなかったのか?」
……その言葉を聞いても、私は全く意味が分からなかった。
ただ呆然とその言葉がどういう意味なのか、何度も何度も頭の中で繰り返していたし……恐らくヴォルフラム隊長自身もそうだったのだろう。
彼は何かを確かめるかのように軍票を操作し……
「それを、先に、言いやがれっ!」
弾かれたかのように突如走り出したのだった。