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第二章 第一話


 格納庫の隔壁を超えると、そこはすぐに戦場だった。

 砲弾が飛び交い、希少金属の細砂による砂漠に砂柱が立ち上っている。

 事実、開いた隔壁のすぐ外には、敵と思われる真っ黒な『歩砲』が十機以上、並んでこちらへと砲門を向けていたのだから、それは戦場と呼んでもおかしくはないだろう。

 そして、凄まじい爆音と共に『歩砲』の砲門が火を噴き……隔壁が大きく凹むのを、私はコクピットから眺めていた。

 何しろ、この『歩砲』は全天周囲モニターというシステムを採用しているらしく、コクピットにいながらも、外の様子が全て目視出来る仕組みになっっているのだ。

 自機の脚と外骨格フレームだけは映っているのは、『歩砲』に乗っている感覚を忘れさせないため、だろうか。

 『歩砲』とはそんな、科学技術の粋を結集した陸上兵器なのだ。

 ……だけど。


 ──今は、そんなの要らなかったのにっ!


 周囲の様子をばっちりと見てしまった私は、内心で悲鳴を上げていた。

 こちら目がけて敵『歩砲』の砲門が向けられ、しかも発砲されているという状況では、そんな高性能の全天周囲モニターなんて、下手に外が見えて怖いだけの無用の長物でしかなかったのだ。

 ……と言うか。


「何で、こんなに近くにっ!」


「だから、レーダーが使えないんだよ、この星はっ!」


 外へ飛び出た瞬間に戦場という、あまりにも不条理な我が身を呪う私の悲鳴にも、ヴォルフラム隊長は……私の正面に現れた彼の顔が映ったウィンドウは、律儀に答えを返してくれていた。

 ……そう。

 これこそが、この【トレジャースター】の戦争が長引いている理由の一つでもあった。

 砂塵として舞う希少金属の所為で、レーダーの類がほぼ使えないのである。

 だからこそ、夜討ち朝駆け夜襲に奇襲……人類が宇宙に出始めた頃に出回り始めた、衛星からのレーダーによりほぼ使えなくなっていたハズのそれらの戦法が、この惑星上に限り有効になっている。

 ……と、この『へび卵砦』に赴任する前の説明会で、聴いたような記憶がある。


 ──ってことは。


 ……つまり、敵はいつの間にか吹き荒れていたこの砂嵐の中を抜けてきた、らしい。

 正直、今日は風が強いのか、砂嵐が凄まじくてキラキラと太陽光が乱反射し……こちらに砲門を向けている敵『歩砲』部隊すら霞んで見えるほどだった。

 こうして現在一方的に撃たれているにも関わらず、未だに私たちの『歩砲』が直撃を喰らっていないのも、その砂嵐のお蔭もあるのだろう。

 敵自身もこちらの『卵』にあまり近づけば、外壁に設置されてある固定砲台からの射撃の的になる危険があり、だからこそ距離を詰められないに違いない。

 だと言うのに……


「このままじゃ的になるだけだっ!

 取りあえず、突っ込むっ!」


「ええええええええええぇぇぇぇ~~~~~っ?」


 状況についていけない私が何かを言うより早く、ヴォルフラム隊長は私たちの乗る『歩砲』を操縦し始めていた。

 ……敵のいる方向、へと。

 

「うそだぁぁぁああああああああぁぁぁぁあっっっ!」


 私の悲鳴は敵『歩砲』の砲撃によってかき消されていた。

 と言うか、私は完全に死を覚悟していた。

 こちらに砲門を向けている『歩砲』の群れに正面から突っ込んでいるのだ。

 幾ら砂塵によって視界が悪く、そして運良く数発躱せたとしても……近づいている限り、いつまでも避けられる訳がないのだから。

 ……だけど。

 覚悟した瞬間は、いつまで経っても訪れなかった。


「んっ、ぐっ、げっ、ぶっ、でっ、もぐっ?」


 ただ、右へ左へ後ろへ前へ、そして上下と……凄まじいまでのGが私にかかり、悲鳴すら上げられないほどに私は狭い歩砲の中で掻き回される。


 ──まさか、避けてる、の、コレ?


 そのカクテル・シェイカーに放り込まれたような気分の私でも、なかなか覚悟した瞬間が訪れない事実を前に、ヴォルフラム隊長の操縦技術が凄まじいというのは理解出来た。

 ……そして。


 ──これは、確かに、【死神】だ~~~っ!


 同時に私は、何故ヴォルフラム隊長が【死神】と呼ばれているのかを悟っていた。

 砂塵で姿が見えにくいとは言え、平然と十を超える敵機の射程内へと特攻し、同乗者に気を使うこともなく無茶苦茶な操縦を敢行する。

 四脚のタイヤによるランダムな加速と、鉤爪によるブレーキ、それらによってこの『歩砲』は無茶苦茶な旋回を続ける。

 その挙句、脚の曲げ具合を調整することによって自機を変幻自在に傾斜させるという……所謂三次元的な動きを延々と続けているのである。

 敵の練度がどれくらいなのかは知らないが、【死神】隊長の凄まじい操縦によって、敵の砲撃は全て明後日の方角へと通り過ぎていくばかりだった。

……とは言え。

 

 ──コレに耐えられる人間なんて、このヴォルフラム=ヴィルシュテッターその人以外にはあり得ないんじゃないだろうか?


 乗り物に酔うことなんてほとんどなく、絶叫系のマシンは大好物、運動神経も反射神経にも度胸にも自信があった私だけど……

 ほんの数秒で、もうこの地獄の乗り物から逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。

 だと言うのに……


「おいっ!

 主砲と副砲の管制をっ!

 牽制でも良いから、適当にぶっ放せっ!」


 ヴォルフラム隊長は、まだ私にそんなことを要求してくるのである。


 ──無茶だっ!


 彼の命令に、私は内心で悲鳴を上げていた。

 よくよく周囲を見渡してみれば、火器管制のためと思われるウィンドウが私の周りに四つも浮かんでいたし、シートの左右からは射撃用らしき操縦桿が突き出している。

 ……だけど。

 こんな無茶苦茶にシェイクされている状況で、射撃なんて出来る筈もないっ!


「何で大気圏から衛星で撃たないのよぉっ!

 テロを一撃で撲滅したとかってニュースでっ!」


「そんなの、砂塵で敵部隊すら確認できないから意味がないっ!

 そもそも飛行物体からの攻撃は【ライト条約】で禁止されているっ!

 無駄口を叩くなっ!

 舌を噛むぞっ!」


 私の泣き言を、隊長は一喝して封じ込める。

 ……そう。

 この恒星間航行が可能になった現代、大気圏の衛生からなるレールキャノンを使った超高度爆撃や、大気圏からのサテライトレーザーなどが戦争の基本になっている。

 なのに、この火器管制を信じる限り、この『歩砲』にはどう見ても……火薬を使った、酷く原始的な88mm主砲が一門と、火薬を使った非常に原始的な15mm口径のガトリングガンの二門しか載っていないのだ。

 私が泣き言を口にしたのも、別に不思議なことじゃない筈だ。


「レーザーはっ!

 レールガンはっ!」


 脳みそが揺らされて冷静に考えることも許されないまま、私は火器管制を見つめてそんな悲鳴を上げていた。

 事実、さっきから敵『歩砲』が撃ってくる度に喧しい音を立てていると思えば……どうやら彼らも火薬を使っているのだろう。

 基本、レーザーで焼き切るかレールガンで撃ち抜くか……どっちにしろ兵器の重量を極限まで抑えられるそれらを使わないなんて、現代戦では鉛のシューズを履いたままボクシングの試合をするような愚行に等しいのである。

 戦争モノのロマンスを求め、何本もの宇宙戦争モノのムービーに目を通した所為か、そういう現代戦争の知識があったからこそ……私はこの【トレジャースター】での戦争が、自殺行為としか思えなかったのだ。


「レーザーは砂塵で拡散して使い物にならないっ!

 レールガンは電磁拡散で爆散するっ!

 他に質問はっ?」


 隊長の叫びは大声ながらも、その言葉は冷静極まりないものだった。

 それでもこの『歩砲』の周囲に大小さまざまな砂柱が立っている辺り……今もこの機体周辺は狙われ続け、そしてヴォルフラム隊長はその類稀なる運転技術でその砲撃を全て回避し続けている、のだろう。

 ……いや、違う。

 さっきからガィンガィンと甲高い音がしているこれは……


「当たってるじゃないですかぁっ!」


「15mmの副砲なんざ、装甲で弾けるっ!

 いいから、撃てっ!

 牽制すりゃちっとは楽になるんだっ!」


 再度口から零れ出た私の悲鳴は、隊長の命令でかき消された。

 その命令を聞いた私は、左手の操縦桿を操り……取りあえず副砲の照準を敵機に向ける。

 ……だけど。

 その間にも、私たちが乗っているこの『歩砲』は縦横無尽に走り回っているのだ。


「こ、ん、なの、狙える、訳、がっ!」


 ……この無茶苦茶な運転の最中、狙いなんてつけられる筈もない。

 事実、そんな中ヤケクソで私が放った火線は無茶苦茶なラインを描くばかりで、まず前へ飛ぶことすら叶わない有様だったのだ。

 それでも、副砲はばら撒く兵装であり……乱射していれば……


 ──今、ちょっと、当たった、ような。


 何となく、そんな感覚に私は思わず口笛を吹こうと、乾き切った唇を舌で湿らそうとして……


「あがっ?」


 見事に舌を噛んでしまう。

 その痛みでふと気付いたが……敵の副砲がこちらの装甲を貫けないということは、こちらの15mm副砲も敵の装甲を貫けない、ということでもある。

 当たったことを喜んだところで、まさに牽制しかならないのだろう。

 かと言っても……


 ──こんな状態で主砲なんて、当たる訳ないっ!


 ばら撒いても効かず、だけど主砲の狙いがつけられる状況じゃない。

 その二律背反に歯噛みしつつ、それでも撃たない訳にはいかず……私はただ副砲を適当にばら撒き続ける。

 そうして必死に追い付こうとしていたお蔭だろう。

 私はその内に、ヴォルフラム隊長の癖というか、挙動が読めるようになってきていた。


 ──なんか、ダンスしているみたい。


 慣れてきた所為だろうか、私の頭はそんなことを考える余裕すら出て来ていた。

 正直、さっきから敵の副砲はちょこちょこ当たっていたし、自機の周囲に敵主砲が巨大な砂柱を立てていて、それに当たるだけであの世に直行という……もし今私がダンスをしているとするならば、これはまさに命がけのダンスに他ならなかった。

 それでも……ヴォルフラム隊長と二人で踊っているようなこの感覚は、故郷でのダンスの授業では、女の子をリードするばかりだった私にとってはまさに待ち望んでいた至福の時間だったのだ。


 ──っと、今っ!


 そんな要らないことを考えつつも、無茶苦茶な挙動を繰り返す隊長の動きに合わせ、私は主砲の照準を敵『歩砲』へと定めた。

 ……その時、だった。


「───ぇえっ?」


 突如、狙いを定めた筈の敵が、いきなり爆破炎上したのだ。

 私は自分の指と火器管制を見比べてみるが……事実、残弾は減っておらず、私は主砲を撃ってはいない。

 その砂塵を巻き上げる漆黒の煙と橙色の炎を見つめながら、私は必死に何が起こったかを考える。

 ……だけど。

 その答えはすぐに、私と同乗していた【死神】隊長の叫びが教えてくれたのだった。


「遅いぞ、【ハゲ】っ!

 もっと早く片つけろっ!」


「やか……しい、【死神】がっ!

 無茶……過ぎなん……よ、ク……がっ!」


 どうやら、さっきの一撃を加えたのは援軍……同じ部隊の【ハゲ】さんの主砲だったらしい。

 酷く乱れた画像と音声が、ウィンドウを通じて私の目の前に映し出されたところを見ると……この距離でなら通信は辛うじて可能、なのだろう。

 とは言え、お互いが視認できる距離でこれほど画像も音声も乱れるということは、ちょっと離れた場所との通信なんて、役に立たないのは容易に想像できる。


 ──でも、これで……


 状況を見る限り……私たちが乗っている『歩砲』が敵の注意を引いている間に、砂塵に紛れて側面を取った【ハゲ】さんたちが攻撃を開始した、らしい。

 そうしている間にも、敵『歩砲』は足が捥げたり、胴体を凹ませたり、主砲が吹き飛んだりと、次から次へと大破し続けていく。

 その大破した『歩砲』からは、慌てた様子の敵兵士が脱出していた。

 ……大勢はほぼ決したと考えても問題はないだろう。


「……こんな、あっさり」


 さっきまで延々と逃げ回っていたと言うのに……敵機が次々と大破していく姿に、私は呆然とそう呟くしかなかった。


「『歩砲』は側面からの攻撃に弱いからな。

 ……ああやってこちらばかりに意識を向けていたら、なおさらだ」


 ヴォルフラム隊長はそう静かに語ってくれた。

 ……だけど。

 私はその静かな呟きに唇を尖らせていた。

 そして……私たちを救ってくれたはずの【ハゲ】さんの機体に主砲をぶっ放す衝動を必死に押し留めていた。


 ──やっと【死神】隊長とのダンスを、踊れるようになってきたのに。

 ──あの【ハゲ】に邪魔をされた。


 私は何故か、そう、思ったのだ。

 そんな私の不機嫌を察したのか、それとも全く別の意図があったのか。

 ヴォルフラム隊長は軽く肩を竦めると……


「後はまぁ、適当にやってくれるだろう。

 『農場』の連中による攻撃がこれだけとは思えないが……取りあえず、補給に戻るか」


 さっきまでの怒声が嘘のような、落ち着いた穏やかな声でそう語りかけてくる。

 その一言で、私はふと我に返っていた。

 ……そう。

 こんなところでヴォルフラム隊長と戦火のリズムに合わせてダンスに興じるってのも確かに悪くない。

 悪くはないけれど……これからはあの愛の巣という名の会議室で同棲を始めるんだから、そっちの方が遥かに大事に違いないだろう。

 その事実に私は思わず生唾を飲み込むと……


「……了解、しました」


 そう頷く。

 事実、命を危険に晒して誰かの命を奪うような戦場にいるよりも、新たなる生命を授かるために頑張る方が女性としては遥かに建設的だし、私としても嬉しかったりする。


「さて、と」


 そうして、私たちの乗った『歩砲』はゆっくりと格納庫へと戻って行ったのだった。


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