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第一章 第五話


 味の分からない食事を終えた後。

 か、彼……もとい隊長の三歩後ろに突き従いつつ、私は基地内を次々に案内して貰っていた。

 と言っても、そう大きな基地ではない。

 個人の荷物が届く集配室、トイレ、更衣室に銃器保管庫。

 シャワー室が男女共用という事実を聞いて、流石に恥らった私だったが……暗黙の了解で奥の方が女性用と決まっている、とのことらしい。


 ──そう言えば、軍隊だったっけ。


 今更ながらに私はその事実を噛みしめる。

 ちなみにこの第二機甲師団には女性の数は圧倒的に少なく、それで問題が起こったことはない、らしい。

 それはそうと……


 ──何か、おかしい。


 さっきから同じ部隊の人たちだろう、男の人たちと何度も何度もすれ違っているというのに、誰もこちらに話しかけてこない。

 あの【ハゲ】さんと【タンポポ】さんの様子を見る限り、そこまでこの【死神】隊長が敬遠されている訳じゃないと思うんだけど。

 とは言え、この私、アドリア=クリスティはもうこの男性、ヴォルフラム=ヴィルシュテッターと結ばれる未来が決定しているんだから、下手な男性が寄って来ても邪魔なだけ、なんだけど……

 それでも、やっぱり色々な男性と話をしてみたい、なんて考えるのは、異性が殆どいなかった『プリムラ卵』出身者の(サガ)だろうか?

 そんなことを私が考えている間に、いつの間にかヴォルフラム隊長は歩みを止めていたらしい。


 ──っと。


 今度は吐息がかかる寸前まで近づいたものの、何とかぶつからずに済んだ。

 ……幾ら学業が苦手だった私でも、学習くらいはするのだ。


「ここが訓練室だ。

 右手に入れば身体能力を向上させるトレーニングルーム。

 左手には操縦技術を向上させるシミュレーターが置いてある」


「はい」


 ヴォルフラム隊長の真面目極まりない声に、私も真面目な口調で頷く。

 私が頷くのを見るや否や、彼はまっすぐに左手の……シミュレーターの方へと歩き始めた。

 そんな彼が一瞬見せた、こちらを値踏みするかのような視線。

 ……どうやら隊長は、私をテストするつもりらしい。


 ──ま、当たり前、よね。


 幾ら隊長が私との将来設計を必死に考えてくれているにしても……戦場に出るのにぶっつけ本番ということもないだろう。

 無論、私はこの『へび卵砦』に雇われる前に適性検査をして、その中にあった射撃シミュレーターでもかなりの高得点を弾き出している。

 何しろ、あまりの高得点に計測間違いと疑われて、何度か同じ検査をさせられたのだから、自分で言うのも何だけどかなり凄い方だと思っている。

 彼が今軍票(ドッグ・タグ)のウィンドゥを睨んでいるのは……恐らくはその時のデータだろう。

 疑うような視線が私の顔とウィンドゥを行き交っているので……私は何となくそう直感していた。


「……操縦は、流石に素人には無理か。

 このデータを見る限り……射撃は出来るんだよな?」


「はいっ!

 ゲーム……じゃなかった、シミュレーターで何度か」


 隊長の呟きに私は元気よく頷く。

 事実、私は運動能力や反射神経にはちょっとばかり自信がある。

 これでも『プリムラ卵』の同年代では、運動もゲームも桁外れに出来たのだ。

 そのお蔭でこの『へび卵砦』へと赴任出来て、こうして運命の相手と出会えたのだから、私と彼は出会うべくして出会ったとしか言いようがない。


「……ま、当たるなら問題ないか」


 ゲームという単語を聞いて眉を顰めたヴォルフラム隊長だったが、すぐに首を振ってそう呟いていた。

 事実、ゲームと言えば聞こえは悪いが……ゲームの技術も発展した今日、軍用のシミュレーターに勝るとも劣らないスペックのゲームが巷に幾つも溢れている時代なのだ。

 そして、彼もそんなゲーム事情を理解しているのだろう。


「よし、やってみろ」


 すぐにそう私を促してくれた。


「はいっ!」


 ヴォルフラム隊長の手招きするままに、近くのシミュレーターへと私は乗り込む。

 コクピットを模しているのだろうそのシミュレーターは酷く手狭で、座り心地もあまり良いモノとは思えなかった。

 取りあえず……何をして良いか分からなかった私は、目を閉じる。


 ──私なら、出来る。

 ──この出会いは、運命なんだからっ!


 静かにそう心の中で呟くことで、集中力を高めた私は、瞳を開く。

 次の瞬間、私の目に入ってきた光景は目を閉じる前とは全く異なっていた。

 黄銀に輝く一面の砂漠。

 その周囲を映し出すスクリーン上に浮かんである各種計器類のウィンドゥ。

 そして、自分の座っているシートと、自分の乗っている機体がそこにあることを示す、金属フレーム。

 ……どうやら、私が目を閉じている内に、【死神】隊長はシミュレーターを起動していたらしい。


 ──戦車と同じ、かな?


 私は昔やっていたゲームの記憶を頼りに、シートの頭部から照準器を引っ張り出す。

 それと同時に、シート脇から突き出て来た二本の射撃桿を握る。

 射撃管制ウィンドゥに視線を向けると、どうやら右手が主砲、左手が副砲の機関砲の操作が出来るらしい。

 軽く射撃桿を動かしてみると、それに合わせて照準が動く。

 そうして軽く数度動かすことで、大体の感覚は掴めてきた。


 ──あとは、慣れていくしかない、か。


 私は軽く息を吸い、吐いて……指先の感覚と眼前の景色に全神経を集中させる。


「では、始めるぞ?」


「はいっ!」


 と、そうして準備を整え終わると同時に、少しくぐもった感じの隊長の声が耳元から聞こえてきた。

 ……どうやら通信も現実っぽくしているらしく、臨場感がなかなか凄い。


 ──っと。


 いきなりシミュレーターが始まった。

 自機が前へ進みだすと同時に、シートが揺れる。

 その微細な揺れや、左右に曲がったところの反動まで現実に戦車に乗っているかのようなGを私の身体に与えてくる。

 ……その次の瞬間、だった。


 ──ブツン。

 

「へ?」


 突如としてシミュレーターが停止したらしく、私は砂漠の戦場から薄暗い箱の中へと叩き戻される。

 眼前の真っ暗なモニタには、ただ一行「データ全消去」という文字があり……


「あの、隊長?」


 突如現実に叩き戻された所為か、少しだけ酔いを自覚しつつも、私はシミュレーターから顔を出す。

 そこには……苛立ちを隠そうともしていない、ヴォルフラム隊長の姿があった。


「くそ、こんな時にっ!」


 隊長がそう叫ぶとほぼ同時だった。

 突如、訓練室全体が真っ赤に点滅し始めたかと思うと、大きなアラームが鳴り始める。


「第一種警報が発令されました。

 第二機甲師団は全員、自機に搭乗して下さい」


 その室内放送を聞いても、私は全く意味が理解出来なかった。

 ただ……その放送の言葉は理解できる。

 出来るけれど……今まで平和な『プリムラ卵』で育った私には、「これから戦場に出なければならない」という事実を『実感』出来なかったのだ。

 だから、ただ狼狽えるばかりで何をどうして良いかすら判断できなかった。

 ……だけど。


「ぶっつけ本番かよ、くそっ!

 アドリア=クリスティ。

 着いて来いっ!」


「は、はいっ!」


 戦い慣れているらしいヴォルフラム隊長は私に向けてそう叫ぶや否や、振り返ることもなく走り出した。

 未だに現実感がなかった私だったが、ただ彼に置いて行かれないように、必死にその背中を追いかけ始める。


 ──嘘?

 ──本当に、始まるの?


 そうして走りながらも、私は未だに実感が湧かなかった。

 この『へび卵砦』が最前線であり、私は傭兵として雇われていると言うのに……。

 異性と如何に付き合うかばかりを考えていた私は……傭兵として戦場に立たされることになる、という意味を全く理解していなかったのだ。

っと。

 そんなことを考えている間にも、ヴォルフラム隊長の背中はどんどん遠くなっていく。

 彼は軍票(ドッグ・タグ)を手にしつつ、誰かと話をしているというのに……

 

「……早いっ!」


 これでも私は『プリムラ卵』では誰もが叶わないほどの俊足だったと言うのに……男女差という現実を見せつけられてしまう。


 ──こんなに、差が、あるなんて。

 ──これじゃ……私なんかが戦場に出たって……


 必死に走っても全く追い付かないという事実と、ドンドン重くなっていく身体は、私のさっきまでの自信を完全に打ち砕いていた。

 ……だけど。

 

「この、程度でっ、諦めて、たまるかぁあああああああっっ!」


 叫ぶ。

 ……腹の底から魂を込めるかのように。

 走る。

 彼と離れれば離れるほど、ヴォルフラム隊長との関係が遠ざかるような気がしたから。

 ……そう思ってしまったからこそ、私の足は止まらなかった。

 

 ──こんな理想の相手、逃がしてなるものですかっ!


 私はただその一念だけで、必死に足を運び続ける。

 そうして私が必死に追いかけたのは無駄じゃなかったらしく、私たちはまだ案内して貰っていなかった第二機甲師団の施設……格納庫へとたどり着いたらしい。

 

「おい、【眼鏡】っ!

 整備はっ?」


「いつでも出せるよっ!

 補給は終えてあるっ!」


 私より先にたどり着いた隊長は、【眼鏡】ことヤマトさんと何か叫びあっている。

 ……だけど。

 私はそんなことよりも……格納庫に収められてある、私たちがこれから乗り込む機体に目を奪われていた。


 ──『歩砲』。


 文字通り、脚の生えた砲台が格納庫には五台並んでいた。

 脚と言っても四足で、それぞれの脚に鉤爪と車輪が装着されている。

 カラーリングは純白で酷く目立つ色だけど……この希少金属の砂塵が舞う砂漠では保護色になる、のかもしれない。

 そしてこれが……私の所属する第二機甲師団の、いやこの【トレジャースター】全域における主力兵器である、らしい。

 実物を見たのはこれが初めてだけど……確か入隊説明の時にちょっとくたびれた中年サラリーマンがそんなことを話していたような記憶が微かに残っていた。


「乗り込むぞ、着いて来いっ!」


「は、はいっ!」


 そうして、『歩砲』を見上げたままだった私は、隊長の叫びに大きな返事を返すと、さっきまでの葛藤も戦場への恐怖さえも忘れて、ただ彼の背中に向けて走り出した。

 そのまま私は彼の指示に従って、脚から突き出ているステップを踏むと、身体を上へと押し上げ、ハッチが開いてあった『歩砲』の操縦席へと、欠片の躊躇もなく身体を滑り込ませていた。

 いざ乗ってみると『歩砲』は複座式で……私はどっちに乗ってよいか分からず、少しだけ固まってしまう。


「上の席で砲手を担当しろ。

 俺は、機動全般を担当する」


 隊長はどうやら下部の席でこの『歩砲』の操縦を、そして私は上部の席に乗り込んで砲手を担当することになるらしい。


「通るぞ」


「はっ、はいぃっ」


 不意に耳元から聞こえて来た隊長の声に、私は思わず素っ頓狂な声を上げていた。


 ──近い、近い、近い、近いっ!


 ……そう。

 搭乗型兵器の宿命か、この『歩砲』も他の様々な兵器と同じように、デッドスペースを最小に抑えて機体の小型化を突き詰めているらしい。

 だから、こうして乗り込む時に、隊長は私の身体のすぐそこを通り抜けて行く訳で……


 ──あ。


 彼は欠片も意識をしていないんだろうけれど、彼の手が私の脚と脚の間の、椅子を掴んだまま下部座席へと降りていく。

 何と言うか……心臓に悪い。

 まだ戦場に出ていないというのに、私の鼓動は凄まじいまでの速度で脈打っているし。


「さて、機体の整備は悪くない、な。

 ……レスポンスも、先日と大差ない。

 これなら問題なさそうだ」

 

 隊長がそう呟いているのを聞いて、私はようやく「ヴォルフラム隊長が機動全般を担当する」という意味を理解していた。

 つまり……今私の足元のシートに座っている隊長の操縦に、私は命を……文字通り全てを委ねることになる訳だ。

 他人に命を預けるという事実を実感した私は、緊張で咽喉が渇いているにも関わらず、軽く咽喉を鳴らすと……


「じゃあ、行くぞ、アドリアっ!

 覚悟は良いなっ!」


「はいっ!

 どこまでもお供しますっ!」


 ……一切の躊躇もなくそう叫んでいた。

 ……そう。

 もう彼に全てを委ねると決めたのだ。

 上官としても、パートナーとしても、その、求められたらベッドの上でも吝かではないくらいには。


 ──今更、命一つくらいがなんだと言うのだろう。

 

「上等っ!

 いい返事だっ!」


 その【死神】隊長の叫びと共に、『歩砲』はゆっくりと走り出す。

 ……銃弾が飛び交い、当たれば命が奪われれるだろう、戦場へと。



 こうしてこの私、アドリア=クリスティは……生まれて初めて戦場へと足を踏み入れたのである。


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