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第一章 第四話


 そのまま私は、隊長の後ろについて歩いていく。

 ……会話はない。

 周囲に響く音と言えば、『卵』内の空調音と二人の靴音だけだった。

 

 ──何となく、世界で二人きりになった気分。


 別に私と隊長はただ並んで歩いているだけなんだけど、何となく二人の距離が縮まったような気がしていた。

 

 ──デートってこうして歩くのかな?

 ──それとも、やっぱり腕を組んだり、とか。

 ──でも、結婚して子供が出来たらそんな浮ついた感じじゃない筈。

 ──だったら、こうして後ろを傅くように歩くのも将来の予行演習と言える、かも。


「ここが、食堂……っと」


「たっ?」


 またしても要らないことを考えていた私は、隊長さんの背中に突っ込んでしまう。

 頭の中の私たちは確かにもう子供もお腹にいて、幸せに街中を歩いている最中だったんだけど、今の私たちはまだ出会って初日の、名前しか知らない相手だから。

 ……ほら。

 二度も追突した所為で、ヴォルフラム隊長は「コイツ、大丈夫か?」って感じの視線をこちらに向けて来ているし。


「しょ、食堂のお奨めメニューって何がありますか?」


 私は慌てて話題転換を図る。

 そうすれば自分を対象とした本気でどうしようもない問題以外は何処かへ去ってくれる場合が多い。

 これは祖母による男女交際への心構え……ではなくて、母さんとママの喧嘩を見て自然と覚えた子供の知識だ。

 ちなみに両親の喧嘩は日常茶飯事で……それこそ私が、男女交際に憧れる原点だったのかも知れなかった。


「……お奨めメニュー、ね」


 そんな私の話題転換に……隊長は気付くことなく乗ってくれた。

 ……だけど。


「取りあえず、ほとんど不味い」


「……は?」


 その話題転換は、私の名誉を一時的に守ってくれた代わりに、この職場での生活を灰色一色に染め上げてしまったのだった。

 ……そう。

 人はパンのみに生きるに非ずとは言うけれど、美味しい食べ物がないと……人生は荒む一方だと思う。

 ただ、食生活に対する全ての希望が失われた訳じゃない。

 隊長の言葉を聞く限り……まだ希望という一筋の光が残っている。


「……殆ど、ですか?」


 それを確認するべく、私は質問を続けた。


「ああ。

 上が用意したフードメーカーがジャンク寸前の安物で、味付けの調節というモノを理解しないポンコツなのさ。

 しかも予算がキツキツのうちの隊では、新規購入も難しい。

 ま、酒だけは……合成じゃないヤツが手に入るんだが」


「……は?」


 何気なく放たれた隊長の言葉に、私は絶句していた。

 何しろ、この【トレジャースター】は地表に水すら存在しない、言わば人間が住むのに適していない場所である。

 そもそも、『卵』に住む人類は、食料どころか飲料水に至るまで、全て『卵』内部にある工場で、化学合成で作られたモノを口にしている。

 勿論、農業用の『卵』もあって肥料と水と人口の光を与えて農作物を育てているが、そんなのは手間暇を無駄にかけるだけのお遊び……高級な嗜好品に過ぎない。

 要は悪趣味な大金持ちの道楽である。

 だと言うのに……今、ヴォルフラム隊長が口にした一言は……


「あの、それは……」


 私が隊長の言葉を確かめようと口を開いた、その時。


「おお、ソイツが新入りか?

 赤毛の可愛い娘じゃねぇか。

 俺にも紹介してくれよ、【死神】隊長さんよ」


 突如かけられた野太く下卑たそんな声が、私の質問を遮っていた。

 その声に振り向いた先には、二人の男性が立っていた。

 さっき話しかけてきた方の男性は、黒い肌にゴツゴツした筋肉質の大きな身体をした丸刈りの、恐らく二十代前半の男だった。

 軍服を着ているのはズボンだけ、上は白いシャツのみで、その黒光りする筋肉をまるで見せつけるかのように振る舞っている。

 だが、身体は兎も角……その口調や態度は見るからに粗野極まりなく、あまり好感が持てるタイプとは思えない。


「……10点」


 彼を見た私はボソッと呟く。

 正直、ヴォルフラム隊長と比べると……異性とすら思えず、どっかの動物園の生き物としか思えないレベルだったのだ。


「へへ。お前には無理だよ、【ハゲ】。

 こういう若い娘に、俺様みたいなダンディな魅力で攻めないと、な」


 そう口を開いたもう一人の男性は、三〇代後半くらいの、金髪碧眼の白い肌の男性だった。

 無精ひげを生やし、軍服をラフに着こなしているその姿は、ムービーならスパイ役なんかが似合いそうな、ちょっと格好良いおじさんだった。

 ……だけど。


「……四〇点」


 私の口からまたも零れた点数は、その程度だった。


 ──別に容姿は悪くないと思うけれど……何か、ダメかな?


 ……この男性は、どうも私と合わない気がする。

 と言うか、ヴォルフラム隊長を見る前だったら七〇点くらいつけていたかも知れないけれど、隊長を見た後だと……どうも軽薄な雰囲気が気に入らない。

 

 ──でも、悪い気はしない、かな?


 ……こうして異性に興味を持ってもらえる、なんて。

 今まで住んでいた『プリムラ卵』では、私に対する男性からの興味なんて……エピソードを思い出す必要が『全くない』有様だったのだ。

 そうして私が虚無としか言いようのない学生時代へと思いを馳せた時、だった。


「はっ。

 本性バレまくったらてめぇじゃ、もう女一人口説くことも無理だろうがっ!

 えぇ、こら、【タンポポ】がっ!」


 【ハゲ】と呼ばれていた男性が、吐き捨てるかのようにそう叫ぶ。 


 ──【タンポポ】って?


 その二つ名を聞いた私は首を傾げる。

 【ハゲ】はまぁ……言わずとも分かる。

 【死神】ってのも、多分、なんか謂れがあるのだろう。

 でも【タンポポ】って……もしかしてあの金髪の頭がタンポポの花に似ているとか、そういう理由なのだろうか?

 ……私の疑問は知らず知らずの内に顔に出ていたのかもしれない。


「ああ、このおっさんはなぁ、若いころ、あちこちで見境なく女を口説き回ったんだとよ。

 で、色んな『卵』に「種」が根付いてる。

 その養育費を稼ぐために泣く泣く傭兵なんぞやってるクズ、って訳だ」


 私が何かを尋ねるよりも早く、【ハゲ】という男性がそう答えてくれたのだ。

 つまり、タンポポってのは種をあちこちに飛ばす地球産の植物で……種ってのはこの場合、子供を意味するのだろう。

 ……種じゃなく胤ってこと、かもしれないけれど。

 要は……この【タンポポ】さんってそういう人らしい。


「……はぁ、気を付けます、【ハゲ】さん」


「クソがっ!

 俺をその『コード』で呼ぶなっ!

 ああ、クソ、この【死神】がっ!

 クソみたいな名前を人様につけやがってっ!」


 ……私のお礼は【ハゲ】さんの逆鱗に触れてしまったらしい。

 どうやらあまり好きじゃない『コード』……恐らくはコードネームと呼ばれるだろう、通称らしい。

 そして、どうやらあの名前をつけたのはヴォルフラム隊長その人らしい。

 激昂した【ハゲ】さんはヴォルフラム隊長を口汚く怒鳴りつけたものだから、私は隊長が殴られないかどうかハラハラしてその様子を窺っていた。

 ……だけど。


「だが『コード』で呼び合ってチームの連携を強化せよってのが本部からの通達だ。

 それに……分かりやすいだろう?」


 巨漢の男に凄まれても、ヴォルフラム隊長は平然とそう言葉を返していた。

 どうやら彼らはそういうやり取りに慣れているらしく、怒るのも怒鳴るのも日常茶飯事、なのだろう。

 ……男性文化というヤツかもしれない。


 ──なんか、良いな。


 遠慮ない彼らの様子を見て、私は何となくそう感じていた。

 うちの『プリムラ卵』は女性ばっかりなものだから、表面を取り繕いながら険悪な関係を維持する人達ばっかりで……こういう裏表のない関係というのは、少なかったのだ。

 だから、だろう。


「じゃ、私にも『コード』、つくんですか?」


 気付くと私は、ついそんなことを口走っていた。

 ま、正直な話、私は『コード』なんてどうでも良くて……ちょっとばかり変でも自分にも隊長がつけてくれた『愛称』が欲しい、というのが本音だったんだけど。


「おいおい、嬢ちゃん。

 やめておいた方が良いぜ?

 コレは実体験から出た忠告だ」


「ああ……あまり勧められないな。

 この【死神】隊長、戦闘技術と指揮能力は掛け値なしに一級品だが……それ以外は致命的にダメな奴なんだからな」


 二人の被害者……【ハゲ】さんと【タンポポ】さんは口を揃えてそう私を留めようとする。

 二人についた『コード』とやらを聞く限り、まぁ、良い二つ名なんて期待しちゃダメなのはあまり頭がよくない私にだって分かる。

 だけど私は……そんな隊長がつけてくれる『変な愛称』こそ欲しかったのだ。

 その私の願いが叶ったのだろうか?


「……【鬼火ウィル・オー・ウィスプ】だ」


 ヴォルフラム隊長はしばらく熟考していたかと思うと、突如そんな言葉を告げたのだ。


「……え?」


「おいおいっ!

 隊長、幾らなんでもそりゃねぇぜ、おいっ!

 【まな板】とか【血頭】とかじゃねぇのかよっ!」


「くそっ! 意外とマトモじゃないかっ!

 だったら何故、俺たちはっ!」


 隊長が告げた『コード』に、【ハゲ】と【タンポポ】は喚き散らしていた。

 が、私は【ハゲ】さんが口汚く叫んだ、彼が考えたらしき『蔑称』にも全く憤ることもなかった。


 ──鬼火ウィル・オー・ウィスプ


 私の記憶が正しければ……それは人類の故郷『地球』にあった迷信の一つ。

 夜道でキラキラと光り、旅人を迷わせて川や崖へと惑わす伝承のことだったと思う。


 ──あまり良い、『コード』じゃない、かなぁ?


 夜道で輝くのは綺麗な気がするけれど……

 もしかして、この第二機甲師団第三部隊の紅一点として輝いているってヴォルフラム隊長が必死に考えてくれた、のかもしれない。


 ──でもそれだったら、赤い稲妻とか彗星とか、紅の月とか、もうちょっと綺麗な言葉があると思うんだけど。


 ……そうして私が考え込んだ時だった。

 私は、何故彼がそんな『コード』をつけたのか……唐突に分かってしまったのだ。

 

 ──鬼火って、死神の周りに浮かんでいた、確かっ!


 ……そう。

 黒いローブで大きな鎌を持った死神の絵……それには確か、周囲に青白い鬼火が彷徨っていた、筈。


 ──つまり、この『コード』は所有宣言っ!


 早い話が、このヴォルフラム隊長が私のことを相棒だと認め、同室で暮らすこ、こ、恋人、だと認めてくれて。

 だから、その……彼なりの、分かりづらい、所有宣言と言うか、その……この女は俺のものだからお前らは近づくなという意思表示、と言うか。

 ……うへへ。


「っていうか、何で鬼火ウィル・オー・ウィスプなんだ?」


「確かそれ、旅人を惑わして殺す妖怪の名前じゃなかったか?」


 この【ハゲ】と【タンポポ】という二人は、どうやら頭があまり良くないらしい。

 ヴォルフラム隊長の真意も理解しないまま、そう呟きながら首を捻っている。


 ──しょうがない、なぁ。


 隊長は照れ臭いのか、そんな暗喩で遠回しに伝えていたみたいだけど……彼らの知能指数ではどうやらはっきりと言ってあげないと分からないんだろう。

 だったら、はっきりと言ってあげるべきだと思う。


 ──「私はもう彼のモノなんだから、色目を使っても無駄ですよ」って。


 そう私が口を開いた、その時だった。


「……ああ。

 だからお前らも油断していると、『墓場』に叩き込まれるぞ?」


 隊長は、堂々と彼ら二人にそう告げたのだ。

 彼は照れているのか、はっきりと私を自分のモノとは告げずに……そんな『墓場』を強調するかのような言葉で。

 

 ──これって、アレじゃないのかな?


 それでもその一言は、私の動悸を激しくさせるのに十分過ぎる破壊力を秘めていた。

 だって……「俺の女に手を出したら、墓場に叩き込むぞっ!」って意味だもん。

 『プリムラ卵』ではあまりなかったけれど……こういう独占される立場ってのも、悪くない、気がする、うん。

 そして、そのヴォルフラム隊長の決め台詞が決まったのだろう。


「お、おい。ってことは、もしかして……」


 さっきまで気取った様子だった【タンポポ】さんが、まるで流砂に足を取られたかのように、青褪(あおざ)めていた。


「……クソっ。

 つまり、この女……」


 同じく【ハゲ】さんも、眼前に敵部隊が迫っている状況で、手渡された拳銃が水鉄砲だと気付いたような、信じがたいモノを見てしまった表情をしている。

 ……ただ。

 何故か二人の視線が……二人を脅した筈のヴォルフラム隊長にではなく、私の方に向いているのが気になったけれど。


「分かったらとっとと飯でも食ってろ」


「ああ。分かった。

 ソイツ……【死神】の相棒には相応しいかもな」


「ははっ、確かに」


 【ハゲ】さんと【タンポポ】さんの二人は、そんな嬉しい言葉を告げて去って行く。

 ……どうやら、私にはちょっと遠回しに思えたヴォルフラム隊長の宣言も、同じ釜の飯を食べてきた彼らには十分に通じたらしい。

 その事実に……私はちょっと嬉しくなると共に、少しだけ緊張で手が震えるのを感じていた。


 ──これでも、もう隊長と私は公認の仲、か。


 しかも、これから一つの部屋で……あの会議室に住むのだ。

 ……二人っきりで。


「取りあえず、食堂の使い方を教える。

 ついでに何かを食べるか……そろそろ昼だ」


「あ、はい」


 隊長の言葉に頷きながらも、そしてそのまま向かい合って不味いと聞いていた食事を口に運びながらも……私は、はっきり言って上の空だった。


 ──下着、可愛いの、あったっけ?


 必死に頭はそればっかりが回っている。

 ベッドの上で、今晩から、その……色々とすることになるのだ。

 だけど、はっきり言って私は女性としての魅力を磨く努力は怠ってきた方で……可愛い下着そのものを、あまり持ってない、と思う。

 白、白、白、白、水色、ピンク、白のレース……どう思い出してみても、見られる時に備えられそうなデザインの下着なんて、一着しかないのが現実だった。

 ブラは、その……私のバストサイズでは、あまり必要ないこともあって、もっと暗澹たる有様だし。

 ついでに言えば……バッグに入っているパジャマは、無地の青色と灰色という色気のないモノだし。

 ……そうして。


 私はフードメーカーが吐き出した「不味いらしい」その食事を、味を一切感じないままに口に運びつつも、今晩のシミュレーションを延々と頭の中で繰り返していたのだった。


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