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第一章 第三話



 作戦会議室……通称・隊長室から五十歩ほど歩いたところだろうか。

 隊長は右手のドアに手をかけると……


「ここが、元俺の部屋だった場所で……今日からは君の部屋になる」


「……はい」


 隊長は何故か低く神妙な声をして、そう告げてきた。

 まるでその中にゲリラでも潜んでいるかのような、その静かな声を聞いた私の声も自ずと低く静かになってしまう。

 さっき隊長自身が「自分の部屋は生活に適さない」状態になっていると言っていたのをふと思い出すものの、静かな彼の声を聞いた今、そんな些事を口にするのも何となく躊躇われ……

 私はただ静かにヴォルフラム隊長の行動を見守ることにした。

 そんな私が見守る中、隊長はゆっくり慎重にそのドアに近づくと、ただの居室の扉を何故か恐る恐る、酷くゆっくりと開き……


「うげ」


「うわ」


 ドアを開いたところで、自動照明によって照らされたその部屋の中を見た瞬間、隊長と私はほぼ同じような声を同時に上げていた。

 その声が廊下に反響した途端に、我に返ったかのように隊長はドアをすぐに閉める。

 そして隊長がこちらに視線で訴えてきた。


 ──何も、見なかったことにしよう。


 ……と。

 私は一も二もなく頷くと……そして、同時に理解してしまっていた。

 

 ──このヴォルフラム隊長って……

 ──何と言うか、『生活無能力者』と呼ばれる存在なんじゃないだろうか?


 部屋の中身を見回してみたところ、彼の以前の居室であり『現在は居住に適さないらしい』その部屋は、別に危険な毒ガスに汚染されたとか、危険な宇宙生物が棲みついたとかではなく……単純に生活臭が溢れまくっていると一目で理解出来た。


 ──うわ、凄っ。


 酒瓶、つまみの残りらしき袋の山、脱ぎ捨てた制服に……何と言うか、色んな色をした小さめのズボンみたいな、ショートパンツとはちょっと違う、『プリムラ卵』ではあまり見かけなかった形の衣類で……多分、下着。

 そういう生活臭溢れる数々に、地球本星から人類についてきたのだろう菌類・微生物が繁殖したらしく……凄まじいことになってしまっている。

 まぁ、私の脳裏に浮かんだのは「見なかったことにしよう」という感想、ただ一つだけだったのだ。

 幸いにして人類が宇宙に出て結構な歳月が流れている。

 その人類が開発した技術の中には、全自動で掃除洗濯をこなしてくれる家庭用ボットも存在している。

 ……である以上、あまり掃除とか得意でない私でも、生活無能力者と結婚したとしても、主婦くらいはまぁ、出来るに違いないのだから。


 ──でも、掃除ボットがあっても、こうなっちゃったんだよね……。


 だからこそ、この部屋はこんな状態になっているのだろうけれど。

 そういう意味では、この惨状を招いたヴォルフラム隊長は……人類の技術発展をも嘲笑う、冒涜的な人物とも言えた。


「いや、まぁ、その。

 これは……人間の住める環境とは言い難い、な」


「……はい。

 出来れば勘弁して下さい」


 そして、私だって意味もなくこんな汚部屋に住みたいとは思わない。

 勿論、隊長みたいな彼氏と一緒に暮らせるというのなら、こんな汚部屋だろうと必死に掃除する覚悟はあるんだけれど。


「さて、どうしたものか……」

 

「……あの。

 他に空いている部屋は……」


 閉じたままのドアを睨み付けたまま呟くヴォルフラム隊長に、私はそう尋ねてみる。

 正直、困っているのは彼だけではなくて……私自身の安らかな寝床もかかっているのだから、こちらとしても必死だった。


「……ないんだな、これが。

 基本的にこの砦自体、二人一組の相部屋を使っている。

 しかも、機甲師団は格納庫ばかりがデカくて兵数が少ないから、生活には最低限の施設しか支給されていない」


 首を横に振りながらそう告げる隊長の口調は、話している内に段々厳しくなってきた。

 その視線は私ではなく、汚部屋のドアでもなく……東側にある壁の方を向いていた。

 ……いや、恐らく彼の視線は、壁の向こう側にあると思われる『へび卵砦』の司令部、もしくは会計部の方を向いているのだろう。


「そもそも戦場で最も戦果を上げているのは他でもない、俺たち第二機甲師団なんだながな。

 装備一式に金がかかるとかいう理由で、人員は最小限、施設は最低という訳の分からない状況に陥っているんだよ、ったく。

 第一歩兵師団とか第三機動師団とかは高いフードメーカーを備品にし、良いモノを喰っているとも聞くが……」


「……はぁ」


 隊長の口調は徐々に愚痴めいてきた。

 ……彼なりに今の処遇に不満があるのだろう。

 とは言え、私には彼の言葉の意味がさっぱり分からない。

 だけど……無視することも口を挟むことも出来ず、私はただ適当な相槌を打つことしか出来なかった。

 ……それに。


 ──男性と色々な付き合いをしていくのなら、こういう事態に耐え忍ぶことも必要かも。


 ……なんて思っていたのも事実だけど。

 そんな私に気付いたのだろう。

 ヴォルフラム隊長は大きなため息を一つ吐くと、こちらに視線を戻した。


「君には、三つの選択肢がある」


「……え?

 あ、はい」


 突然の彼の声に、私の口からはそんな軍人とは思えない声が零れていた。

 女の子としては間違ってないけれど、軍人としてはあまり適切じゃないその声を聞いた筈のヴォルフラム隊長は、それほど気にした様子もなく言葉を続ける。


「まず一つ。

 先ほどの部屋を掃除し、居住可能にして住むという選択肢だ」

 

「う……流石にそれは、ちょっと……」


 彼の提案を聞いた時、私はどんな顔をしていたのだろう。

 私の顔を一瞥したヴォルフラム隊長は軽く笑みを浮かべると、言葉を続ける。


「二つ目、ハンガーに住む。

 あそこには【眼鏡】のヤツがいるが……ま、アイツは女には無害だ」


「え、えっと……」


 彼の言う【眼鏡】とはさっき会ったヤマトさんのことだろうか?

 確かに彼と一緒に住むというのは、そう悪い話でも……


「最大の欠点は、アイツがたまに野郎を連れ込むから、その度に騒音が……」


「謹んで辞退させて下さい……」

 

 他に何を言えと言うのだろう?

 自分自身に彼氏が出来ないというのに、何故に男性が男性を連れ込むのを横で羨ましく眺めないといけないのか。

 この一幕で「ヤマトさんという選択肢」は完全に私の頭の中から消え去り、もう私が戦場に出る目的はこのヴォルフラム隊長一択という状況になっていた。

 そう私が心を決めた、その直後だった。


「三つ目。

 あまり勧めたくはないが……俺の部屋、もとい会議室のスペースは、まだ誰か一人くらいは住めるスペースがある」


 突然、隊長がそんな言葉を零したのだった。

 ……聞き間違い?

 そんなことなど、あり得ない。

 こんな大事なことを、この私が聞き逃す訳がない。


「君に与えられた選択肢はその三つしかない。

 だから、アドリア=クリスティ。

 君はさっきの部屋を掃除した方が……聞いているのか?」


 隊長はブツブツと何かを言っていたが……私の脳内では早くも第二機甲師団第三部隊会議室のスペースで暮らす私たち二人の未来像が描かれていた。

 ……二人で暮らすにはちょっと手狭だけど、まぁ、仕方ないと思う。

 でも、二人きりでいる時間が多ければ多いほど、親密度も増していくのが人間という生き物の基本だし。

 仕事に出た彼を、部屋で待つのもありかもしれない。

 

 ──お帰りなさい、貴方。

 ──ご飯にしますか? お風呂にしますか?

 ──それとも……。


「うひひ」


「……おい?」


 裸エプロンで彼の帰りを待つ自分と、そのままソファに押し倒される未来の私を思い浮かべていると、変な声が零れたような気がする。

 隊長の声も聴こえた、ような。

 ……でも、今はそれどころじゃない。

 輝かしい未来を描くので私は精いっぱいだったのだ。

 でも、手狭ってのはあまり良くない、かもしれない、よね?

 あ、でも……その内子供が出来たりなんかしたら、新しい部屋を貰わないといけないけれど……

 いや、まだしばらくは二人きりで十分じゃないかな?

 と、脳内の私が出産を終えて子供を抱いたまま、彼とキスをしていたところだった。


「おい、アドリア=クリスティ。

 聴いているのか、おい?」


 突然、肩を揺さぶられて私は我に返る。

 眼前にはヴォルフラム隊長が私の顔を見つめていて、その両手は私の肩に触れている。

 はっきり言って、その彼との接近と、その肩の温もりは、「このまま彼に決めても問題ないじゃないかな?」という確信にも似た直感を私にもたらしていた。

 そして……身体の奥から何もかも許してしまいそうな衝動を自覚しつつ、私は……


「ったく……だから、だな。

 お前はさっきの……」


「喜んで、会議室で、一緒に暮らさせて頂きますっ!」


 結局、彼が何かを呟く前に。

 彼の顔が近いという事実に完全に脳を焼かれいた私は、そんなとんでもない叫びを腹の底から上げていた。


 ──しまったっっ!


 その叫び声を上げた瞬間、私は自らの失策を悟っていた。

 ……「あくまでもさり気なく異性との距離を詰めて行かないと男性は逃げてしまう」という故郷の友人……男性と上手いコトやった本当に数少ない友人で、現在は一児の母である彼女の言葉を思い出したからだ。

 だからこそ、三歩後ろに下がるとか、慣れないことをしていたと言うのに……今までの努力が一瞬で水泡に帰した予感がある。

 

 ──だって、あんなの狡いって。


 私自身、ここまであからさまに彼との距離を詰めるつもりはなかったんだけど……いきなり目の前に金の卵を産む鳥が出て来て、自制できる人間なんて一体どれくらいいるのだろう?

 狙っていた……もとい、良いなって思っていた今日会ったばかりの隊長さんと同棲生活を始めるなんて事態、想像もしてなくて。


 ──いや、この惑星に来るまでの、暇な恒星間旅行の間、ちょっとは妄想してましたけど。


 それでも、実現するなんて思ってもみなかったと言うのに、突如目の前にその妄想を具現化する糸口が見えたものだから、つい。


「あ~、分かった。

 ま、他の二つが酷すぎたか。

 ……なら着いて来い」


 隊長さんは私の叫びをどう感じたのだろう?

 廊下中を響かせるような声量には眉を顰めたものの……彼はこれから同棲するという事態にも眉一つ動かさずに歩き始める。


 ──ちょっとは、動揺している、のかな?


 ……していて欲しい、いや、して貰わないと困るん、だけど。

 そうして歩いている彼の背中からは、全く動揺の欠片も見られない。

 歩幅も今までと変わらず……どう見てもいつも通りの有様だった。


 ──でも、冗談じゃない、みたい。


 一番怖かった「さっきのは冗談だった」という答えは返ってこない。

 そもそも彼の表情を見る限り、冗談なんてそうそう口にするタイプとは思えない。


 ──と言うことは……ひょっとして、いや、ひょっとしなくても……本気で私と彼との同棲生活が始まっちゃうんじゃないかな?


 私はその事実に、今さらながら心臓が激しく脈打ち始めたのを自覚していた。

 ……だって、しょうがないじゃない。

 

 ──私は、今まで異性と関係したことなんて、本当に毛先の欠片もなかったんだから。


 ……そう。

 考え得る限り、欠片もない。

 小学校の頃、データブック用のペンを拾って貰ったりとか、徒競走で張り合ったりとか、そういうのは記憶にある。

 ……だけど。

 色気付いてから……初等学校を終えてからは、本当に接触がゼロ。

 高等学校に至っては先生と親戚のおじさん以外、言葉を交わした記憶すらない有様なのだ。


 ──もしかしたら、お互いにもっと知り合うのが先、かもしれないけど。


 だからと言って、今のこのチャンスを捨てられる訳もない。

 今までの経験から言うと、私の容姿は捨てたモノじゃないし、それなりに自信もある。

 だけど……それは同性受けが良いというだけで、男性にとっては「近寄り難い」という印象の方が強いらしいのだ。

 

 ──だからこそ、ここは押しの一手、よね。


 祖母が語ってくれた、異性を射止めるためのアドバイス。

 それに加え、乙女ゲームなど幾つもの知識を織り交ぜることで、自分なりのアレンジを加え、私は恋愛技法を磨いて来た、つもりである。


 ──でも、順調すぎる、気もするんだけど。


 歩きながらそんな不安が頭を過る。

 幾らなんでも初日から同棲なんて、そんな夢みたいな、ゲームみたいな事態、そうそうあるものだろうか?

 ……だけど。


 ──現実は小説よりも奇なり、か。


 私は古より伝わる格言を内心で呟いてみる。

 それに……祖母はあの『プリムラ卵』で異性と結婚し、五人の子を産んだほど、「女性として優秀」だったのだ。

 

 ──その遺伝子と教えを受け継いだ私が、上手くいかない訳がない。

 

 私はそう自分に言い聞かせる。

 実際……祖母の五人の娘は全員が全員、異性とくっつくことはなかったんだけど……それを言っては御終いだろう。

 そのまま私は隊長と連れ立って先ほど歩いて来た道を戻って行った。

 会議室……隊長室、いや、私たちのあの巣へ。


 ──愛の巣なんて……うへへ。


「あいたっ」


「何をやっている、着いたぞ?

 道くらい、すぐに覚えろ」


 歩きながらもトリップしていた私は、目的地に到着した途端、彼の背中にぶつかってしまった。

 痛む鼻の頭を押さえながらも「彼の背中って意外と大きいな~」なんて考えつつ。


「荷物は適当に置いて構わない。

 ベッドはキミが使うように。

 俺は暫くの間、ソファで寝ることにする」


「え?

 その、良いんで……しょうか?」


 ──何故一つのベッドじゃないんですか?


 その疑問を口にしない程度の分別が残っていた自分を褒めたいくらいだった。

 ただ……どう見ても彼の態度は、私と同棲したいと思っている様子はなくて、ただのルームメイト扱いでしかない、ような。


 ──ま、そこから始まる恋もある、ってことで、うん。


 と言うより、いきなり一緒の部屋になっただけでも幸先が良すぎるくらいだろう。

 ……少なくとも、三年間の高等教育の間、異性と会話すらしたことのない私にとって。

 だから、これくらいのペースでもむしろ早すぎるくらいである。

 そう納得した私は荷物を置くために部屋の中に入り、ふと愛の巣になるだろう部屋の全貌を見渡そうと視線を脇に向け……


「なんじゃこりゃあああぁぁぁぁああああっっ!」


 ……思わずそう叫んでいた。

 先ほどは隊長の格好良さと……何より机とベッドとソファに隠れて見えなかったんだけど、この部屋も十分過ぎるほど酷い。

 さっきの部屋にはとても敵わないけれど、それはキノコやカビが生息しているかいないかの違いだけで……何の対策も取らない限り、この部屋もいずれあの惨状を迎えるだろう。

 酒瓶、つまみに制服、銃器や爆発物までもが転がっている有様である。


「何か、二十代後半独身女性、数年間は彼氏もしくは彼女無しの、汚部屋って感じですね、これ」


 その惨状を見た私は、ついそう零してしまっていた。

 私は『プリムラ卵』を飛び出すまでは親元で暮らしていたから「こういう事態」にはならなかったけれど、先述のプロフィールを持つ友人の姉の部屋がこんな感じの魔窟と化していると聞いたことが……


「正確には二十代前半独身男性、数年間は彼女無し。

 ついでに彼氏がいたことはなし、だ」


 私の呟きを真面目に訂正するように、ヴォルフラム隊長がそう呟いていた。

 そっぽを向いているのは……この惨状を少しは恥じているのだろう。

 それでも部屋を片付けられないのだから、この手の業病は根が深い。


 ──と言うか、可愛い、かも。


 冗談も苦手で格好良くて、【死神】なんて二つ名を持っていて、だけどこんな風に欠点も持っていて、それを恥らうなんて……

 私は眼前の男性にそんな感想を抱いていた。

 だから、だろう。


「あのっ!

 私、掃除、頑張りますっ!」

 

 つい、私がそんなことを叫んでしまったのは。

 ……実は私自身も親元から出て生活なんてしたことなくて、掃除もろくにしたことないんだけれど。

 でも、こんなに格好良い人とこれから一緒に暮らせるのだ。

 これくらいの障害には負けられない。

 ……ううん。

 

 ──負けたくない。


 気合を入れ直し、袖をまくって掃除を始めようとした私を、ヴォルフラム隊長は手で制すと……


「……それより、まずは案内を続ける。

 着いて来い」


 そう言ってまた歩き出した。


「はいっ。隊長っっ!」


 その声に私は元気よく返事をする。

 ……好感度が上がる基本は挨拶から。

 挨拶が出来ない人間は、異性に好かれる確率が下がる……と私は子供の頃、『男性に好かれる基礎』として祖母に教え込まれていたのである。


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